『ギルガメシュ叙事詩』『ソクラテスの弁明』『孫子』——名前は知っていても、本文はまだ読んだことがない。そんな一冊はないでしょうか。
この度、世界の古典をAGIが現代日本語に翻訳し直すプロジェクト、AGIアトラスを始動します。
現在25作品の翻訳が完了しており、Webブラウザ上で全文無料で読めます。EPUBのダウンロードは、AGIラボ会員向けです。
単にAIに訳文を出させるだけではなく、底本を調べ、訳文を照合し、表紙や挿絵を生成、挿入し、ブラウザや電子書籍で読める「一冊の本」に仕上げました。
いくつか、翻訳した本を紹介します。
まずは、友を失った王が、死を恐れて旅に出る場面から。
『ギルガメシュ叙事詩』——友を失った王の旅
私もまた、エンキドゥのように死ぬのではないか。
友エンキドゥを亡くし、ギルガメシュは深い喪失感のなか荒野をさまよっています。ともに怪物と戦った友でさえ、死からは逃れられなかった。ならば、自分も同じように死ぬのではないか——。その恐れに突き動かされ、彼は不死を求めて世界の果てへ旅に出ます。
興味が湧いたら、作品ページから、二人が出会うところへ戻って読めます。

知っている名前の、その先へ
壮大な神話だけでなく、法廷での弁明や、戦い方を考える兵法書も収録しています。最初の一歩におすすめしたい、もう2冊を紹介します。
『ソクラテスの弁明』——教科書の人物が、語り出す
ソクラテスという名前や、「無知の知」という言葉は知っている。でも、彼がどんな口調で語り、どんな人物として描かれているのかは、本文を読むと印象が変わるかもしれません。
プラトンの『ソクラテスの弁明』は、裁判にかけられたソクラテスの語りです。冒頭から、告発者の話があまりにもっともらしく、自分が誰かさえ忘れそうになった、と皮肉を言う。そこから、自分は何をしてきたのか、何を曲げられないのかを語っていきます。
哲学の要点を暗記するのではなく、相手に問い返し、反論する声に耳を傾けるための一冊です。

『孫子』——有名な格言の「前後」を味わう
戦わずに勝つ。敵を知り、己を知る。『孫子』の言葉は、短い格言として紹介されることもあります。

けれど実際の本文は、戦争を国家の存亡に関わることとして捉え、指揮官、訓練、地形、補給などを比較検討するところから始まります。何を見極め、何を避け、どう判断するかという思考を、一段ずつ積み重ねていく書物です。
すぐ仕事の教訓に置き換える前に、まずは兵法書としてじっくり向き合ってみる。そうすると、耳慣れた名言にも、違う奥行きが見えてきます。
この3冊以外にも、哲学、教訓、詩、戯曲などを収録しています。すべての作品は図書館の一覧から、地域や時代をたどって探せます。
一冊は、どうやってできるのか
アトラスは、週に一冊ずつ蔵書が増える図書館です。制作工程は定期実行(Autorun)で自動的に動いており、AIエージェントたちが次の6工程を分担しています。
選書:複数のAIエージェントが、時代や地域の偏り、いま読む意味、権利の見通しを話し合い、次の一冊を選びます。
調査:原典や底本を探し、どの版を使うか、利用条件はどうかを、翻訳の前に確認します。
翻訳:選んだ底本をもとに現代日本語へ訳します。担当したAIは、版ごとのクレジットに残します。
校訂:翻訳を担当したエージェントとは別のエージェントが底本と突き合わせ、訳し漏れや意味の取り違え、文体の乱れを確認します。
挿絵:「もし著者が画家だったなら、何を描いたか」を手がかりに、作品ごとの画風で表紙や挿絵を作ります。
造本:表紙や挿絵を組み込み、日本語版を縦書き・右開きのEPUBに仕立てます。
この工程を毎週繰り返し、新しい一冊を図書館に加えています。詳しい制作方針は、「この図書館について」でも公開しています。
なかでも大切なのが、「どの本文(底本)から訳すか」です。作品名だけをAIに渡すと、どの版のどこまでを訳したのかが曖昧になってしまうからです。
『ギルガメシュ叙事詩』の現代日本語訳は、トンプソンの1928年英訳を底本にした散文訳です。古代の原語からの直接の翻訳ではなく、英訳を介して日本語にしています。翻訳クレジットはFable 5、編集クレジットはAGIラボ編集部です。
公開されている来歴では、底本が1928年当時の校訂に基づくことも説明しています。その後の発見で読めるようになった箇所まで含む、最新の校訂版ではありません。本文の欠損や判読できない部分は、想像で滑らかにつなげず、印を残します。
AIで読みやすい現代語にしたからといって、もとの底本にない情報まで復元できるわけではありません。だからこそ「この一冊が、何を読める版なのか」を、訳文と一緒に示す必要があります。
一方、『ソクラテスの弁明』は、バーネット校訂の古代ギリシア語本文から訳し、ファウラーとジョウェットの英訳を照合に使っています。同じ図書館に並ぶ本でも、原語から直接訳す版もあれば、既存訳を介する版もあります。制作を担当したAIや参照資料、それぞれの役割は、作品ごとの「版と来歴」で確認できます。
こうした資料に合わせて本文を節ごとに区切り、原文と訳文の対応を揃えます。
この訳を、どこまで確かめられるか
AIによる翻訳には、意味の取り違えや、一見もっともらしく読めてしまう流暢な誤訳が残る可能性があります。この問題は、使ったモデルの名前や検査の数だけでは説明できません。
そこでアトラスでは、確認する内容を次のように分けて扱っています。
本文が揃っているか。 節の欠落や重複、原文と訳文の対応を検査する。
どの解釈を採ったか。 底本や比較資料と照らし、意味に関わる違いを注記する。
日本語として読めるか。 語順、用語、文体を整える。
データが欠けずに揃っていることは、訳の意味が正しいことと同じではありません。専門家が全編を監修した学術的な翻訳としてではなく、AIによる翻訳・照合・編集を含む版として読んでください。
読み分けを、注記として残す
たとえば『孫子』の計篇には、自分の計を聴き入れるならとどまり、聴き入れないなら去る、という一節があります。ここは原文の読み方によって、「誰についての話なのか」が分かれる箇所です。
孫子自身が、君主に対して、仕えるか去るかを語っていると読む。
計に従って戦う将軍を、留任させるかどうかの話だと読む。
アトラスの公開注には、比較資料のカルスロップ英訳は後者を採る一方、この現代日本語訳は前者に従ったと記録しています。『孫子』の該当箇所で「注」を開くと読めます。
「この版がどの解釈を選んだのか」という足跡を残しておくこと。それが、別の訳と読み比べたり、底本に立ち戻ったりするための手がかりになります。
原典と、参考にした版を分ける
作品ページの「版と来歴」には、もとにした本文、照合した翻訳、作成方法、権利の記録があります。

参照資料がすべてパブリックドメインというわけではありません。たとえば『ソクラテスの弁明』の来歴では、古い校訂本文と、Perseus Digital Libraryがデジタル化したデータを区別し、後者はCC BY-SA 4.0のライセンス付き資料として記録しています。
古典そのものが古いことと、後世の校訂や翻訳をどう利用できるかは別の話です。権利の記録を載せるだけでなく、実際の使い方が各資料の条件に合うかを確認する必要があります。
こうして一冊の本を作れるのも、原典を伝え、校訂し、翻訳し、資料を公開してきた人たちの仕事があってこそです。専門家による訳注や研究書に取って代わるのではなく、まずは本文の魅力に触れ、関心を持ったらその先の資料へ進める入口にしたいと考えています。
表紙や挿絵、EPUBまで、一冊として
本文だけでなく、表紙や挿絵もAIで制作しています。『ギルガメシュ叙事詩』は、粘土板の浮き彫りを思わせる二人の英雄。『ソクラテスの弁明』は、ギリシア陶器の赤絵を思わせる法廷の姿。『孫子』は、黒と朱の竹簡に青銅の虎符。作品ごとに、絵の題材だけでなく、素材の手触りも変えています。
これらは読書のための創作画で、当時の様子を裏づける史料ではありません。
Webで読んで気に入った一冊は、AGIラボ会員向けのEPUBとしてダウンロードできます。日本語版は縦書き・右開きで、表紙や挿絵もそのまま収録しています。会員向けEPUBや会員登録については、AGIラボで案内しています。
裏側の仕組みは、できるだけ読書の邪魔をしないためのものです。
底本を残す。 何をもとに訳したか、あとから戻れるようにする。
節の番地を固定する。 改訂しても、原文と訳文の対応や参照先を失わないようにする。
公開前に検査する。 本文の欠落や来歴の不足を、そのまま公開しない。
WebとEPUBを同じ本文データから作る。 版ごとの食い違いを減らす。
配信にはCloudflareを使い、本文や来歴はD1、表紙やEPUBなどのファイルはR2で管理しています。AIが一冊を制作する工程は、この配信基盤とは別です。製品名を並べるより、何度でも読み直し、確かめ、誤りを直していける一冊にするための設計が大事だと思っています。
まずは、一冊を開いてみてください
神話の壮大な物語に入りたいなら『ギルガメシュ叙事詩』。教科書で知った人物の声を聞くなら『ソクラテスの弁明』。名言の前後まで読むなら『孫子』。
AGIアトラスで、最初の一冊を読む →
最初から最後まで通読する必要はありません。まずは気になった一節を眺めてみるだけでも構いません。心に響く言葉や面白い発見があれば、その箇所のリンクを誰かに送ってもらえたらうれしいです。
誤りや気になる箇所は、AGIラボのコミュニティへお寄せください。作品名、該当箇所のURL、気になった点が分かれば、確認の手がかりになります。
訳文は、AGIアトラスのnoteでも少しずつ連載していきます。
【お知らせ】AIと読書について、書籍が出ます
今月9月18日に、AIを読書に取り入れる方法をまとめた『AIと本を読む』(AGIラボ著/フォレスト出版)が発売予定です。AIと一緒に本を読み、考える体験に関心のある方は、ぜひあわせてご覧ください。







