0113
第一篇 始計
戦は国の大事
孫子は言う。
戦争とは、国家の一大事である。人が生きるか死ぬかの分かれ目であり、国が存続するか滅びるかの道である。だから、深く見きわめないわけにはいかない。
そこで、五つの基本の事によって戦争の全体を測り、七つの問いによって彼我を比べ、実情を探る。五つの事とは、第一に道、第二に天、第三に地、第四に将、第五に法である。
五つの事、七つの計
道とは、民の心を君主とひとつにさせるものである。道があれば、民は君主とともに死ぬことも生きることもいとわず、危険を恐れない。天とは、陰と陽、寒さと暑さ、季節のめぐりである。地とは、距離の遠近、地勢の険しさとたやすさ、広さと狭さ、生地と死地である。将とは、知恵、信義、思いやり、勇気、厳しさである。法とは、軍の編成、指揮の系統、軍需の管理である。
この五つは、将たる者なら誰でも聞いたことがある。だが、深く理解している者は勝ち、理解していない者は勝てない。
そこでさらに、七つの問いで彼我を比べ、実情を探る。君主はどちらが道を得ているか。将はどちらが有能か。天の時と地の利はどちらにあるか。法令はどちらが行き届いているか。軍隊はどちらが強いか。兵士はどちらが訓練されているか。賞罰はどちらが公明か。わたしはこれらによって、戦う前から勝ち負けが分かるのである。
戦いはだまし合い
わたしのこの計を聴き入れて用いるなら、必ず勝つ。わたしはとどまろう。聴き入れずに用いるなら、必ず敗れる。わたしは去ろう。
計の利を聴き入れたなら、そのうえで「勢」をつくり、計の実行を外から支えさせる。勢とは、有利な状況に乗じて、その場その場で主導権を握ることである。
戦争とは、だまし合いである。だから、できるのにできないふりをし、必要なのに不要なふりをする。近くにいるのに遠くにいると見せかけ、遠くにいるのに近くにいると見せかける。利をちらつかせて敵を誘い出し、混乱させて奪い取る。敵が充実していれば備え、強ければ避ける。怒らせてかき乱し、へりくだって思い上がらせる。休んでいれば疲れさせ、団結していれば切り離す。敵の備えのないところを攻め、敵の思いもよらないところに出る。これが兵法家の勝ち方であって、あらかじめ漏らすことはできないのである。
戦う前の勝算
開戦の前、廟堂での見積もりで「勝てる」となるのは、勝ち目が多いからである。開戦の前の見積もりで「勝てない」となるのは、勝ち目が少ないからである。見積もりの多い者は勝ち、少ない者は勝てない。まして見積もりがまったくない者は、なおさらである。わたしはこの一点から見るだけで、勝敗を見通せるのである。
0213
第二篇 作戦
日に千金
孫子は言う。
およそ戦争を起こすには、快速の戦車千台、輸送の車千台、鎧をつけた兵十万を動かし、千里のかなたへ食糧を運ぶ。そうなると、前線と後方での出費、外交使節の接待、にかわや漆といった武具の材料、車や鎧の補給で、一日に千金を費やす。それだけの金があって、はじめて十万の軍は動くのである。
戦いは、勝つにしても長引けば軍は鈍り、鋭気はくじかれる。城を攻めれば力は尽き、軍を長く戦場にさらせば国の財政が足りなくなる。軍が鈍り、鋭気がくじかれ、力が尽き、財が底をつけば、諸侯がその弱みに乗じて立ち上がる。そうなれば、どれほど知恵のある者でも、後始末はできない。
だから戦争には、「拙くとも速い」例は聞いても、「巧みで長引く」例を見たことがない。そもそも戦争が長引いて国の利益になったためしはないのである。だから、戦争の害を知り尽くしていない者には、戦争の利を知り尽くすこともできない。
遠征は国を貧しくする
戦のうまい者は、二度と兵を徴発せず、三度と食糧を運ばせない。武具は自国でととのえるが、食糧は敵地でまかなう。だから軍の食糧は足りるのである。
国が軍のために貧しくなるのは、遠くへ物資を運ぶからである。遠くへ運べば民は貧しくなる。軍の駐屯地の近くでは物価が上がり、物価が上がれば民の財は尽きる。財が尽きれば、軍役の取り立てはいっそう厳しくなる。力は尽き、財は底をつき、国じゅうの家々は空になる。民の財は七割が失われ、公の財も、壊れた戦車、疲れ果てた馬、鎧や兜、矢や弩、戟や盾、輸送の牛や大車で、六割が失われる。
敵の糧を食む
だから智将は、敵の食糧を食むことに努める。敵の穀物ひとますを食べれば、自国から運ぶ二十ますに相当する。敵の飼葉ひと荷は、自国から運ぶ二十荷に相当する。
兵士が敵を殺すのは、怒りの力である。敵の物資を奪い取るのは、恩賞の力である。だから戦車戦で戦車十台以上を奪ったなら、最初に奪った者に賞を与え、旗を我が軍のものに立て替え、奪った戦車は自軍に組み入れて乗りこなし、捕虜はよく待遇して自軍の兵とする。これが「敵に勝って、さらに強くなる」ということである。
兵は勝つことを貴ぶ
だから戦争は、勝つことを貴び、長引くことを貴ばない。戦争の本質を知る将こそ、民の命運を握る者であり、国家の安危を左右する主なのである。
0313
第三篇 謀攻
戦わずして屈す
孫子は言う。
戦争の原則としては、敵の国を無傷のまま手に入れるのが上策で、敵の国を打ち破って手に入れるのはそれに劣る。敵の軍団を無傷のまま降すのが上策で、打ち破るのはそれに劣る。旅団についても、中隊についても、小隊についても同じである。だから、百たび戦って百たび勝つのは、最善の中の最善ではない。戦わずして敵の兵を屈服させることこそ、最善の中の最善である。
謀を伐つ
最上の戦い方は、敵の謀を未然に打ち破ることである。その次は、敵の同盟関係を断つこと。その次が、敵の軍と戦うこと。最も拙いのが、城を攻めることである。城攻めは、やむを得ないときの手段にすぎない。大盾や装甲車をととのえ、攻城の道具をそろえるのに三か月、城を見下ろす土塁を築くのにさらに三か月かかる。将が怒りに耐えかねて、時も熟さぬうちに兵を蟻のように城壁へ取りつかせれば、兵の三分の一を失い、それでも城は落ちない。これが城攻めの災いである。
だから戦のうまい者は、敵の兵を屈服させるが、戦闘によってではない。敵の城を落とすが、力攻めによってではない。敵の国を滅ぼすが、長期戦によってではない。必ず「全き」まま天下を争う。だから軍は疲弊せず、利益はまるごと手に入る。これが謀攻——謀による攻めの法である。
十なら囲み、五なら攻める
戦い方の原則は、敵の十倍の兵力なら包囲し、五倍なら攻め、二倍なら敵を分断する。互角なら力を尽くして戦い、劣るならうまく退き、かなわないなら戦いを避ける。少ない兵力で意地を張れば、大軍の捕虜になるだけである。
君主の三つの災い
そもそも将とは、国を支える添え木である。支えが隙間なく密であれば国は必ず強く、隙間があれば国は必ず弱い。
君主が軍に災いをもたらす道が三つある。軍が進めない状況を知らずに「進め」と命じ、軍が退けない状況を知らずに「退け」と命じる。これを「軍を縛る」という。軍の内情を知らないのに軍政に口を出せば、兵士は戸惑う。軍の臨機応変の指揮を知らないのに任務に口を出せば、兵士は疑いを抱く。全軍が戸惑い、疑いを抱けば、諸侯がその隙に攻め寄せる。これを「軍を乱して、勝ちを敵に引き渡す」というのである。
勝ちを知る五つ
勝ちを予見できる場合が五つある。戦ってよいときと戦ってはならないときを知る者は勝つ。大軍と小勢それぞれの使い方を知る者は勝つ。上下が同じ望みを抱く者は勝つ。備えを整えて、備えのない敵を待つ者は勝つ。将が有能で、君主が干渉しない者は勝つ。この五つが、勝ちを知る道である。
彼を知り、己を知る
だから言う。敵を知り、己を知れば、百たび戦っても危うくない。敵を知らずに己だけを知るなら、勝ったり負けたりする。敵も知らず、己も知らないなら、戦うたびに必ず危うい。
0413
第四篇 軍形
まず負けない形をつくる
孫子は言う。
昔の戦のうまい者は、まず誰にも負けない態勢をつくり、そのうえで敵が崩れて勝てるようになる瞬間を待った。負けない態勢は自分しだいでつくれるが、勝てる機会は敵しだいである。だから戦のうまい者は、負けない態勢をつくることはできても、敵を「必ず勝てる相手」にすることはできない。それゆえ「勝ちは予見できるが、無理につくり出すことはできない」と言うのである。
守りと攻め
勝てないうちは守り、勝てるようになったら攻める。守るのは力が足りないからであり、攻めるのは力が余っているからである。守りのうまい者は大地の底深くに潜むように守り、攻めのうまい者は天の高みから動くように攻める。だから、おのれを保ちながら、完全な勝利を収めることができるのである。
勝ちやすきに勝つ
誰の目にも分かる勝ちを見てとるのは、最善の中の最善ではない。戦いに勝って天下が「みごとだ」と讃えるのも、最善の中の最善ではない。細い毛を持ち上げても力持ちとは言われず、太陽や月が見えても目がよいとは言われず、雷鳴が聞こえても耳がよいとは言われないのと同じである。
昔の人が言う「戦のうまい者」とは、勝ちやすい相手に勝つ者のことである。だから戦のうまい者が勝っても、知恵者としての名声もなければ、武勇の手柄もない。その勝利には狂いがない。狂いがないのは、その打つ手が必ず勝つべくして勝つものであり、すでに敗れている敵に勝っているからである。戦のうまい者は、負けようのない場所に立ち、敵が敗れる機会を逃さない。勝つ軍はまず勝ちを固めてから戦いを求め、負ける軍はまず戦ってから勝ちを求める。戦をよく用いる者は、道を修めて法を守る。だから勝敗を思いのままにできるのである。
五つの計り
兵法には五つの段階がある。第一に国土の広さを測り、第二に資源の量を量り、第三に人の数を数え、第四に彼我の力を比べ、第五に勝敗を判断する。土地から広さの見積もりが生まれ、広さから量が生まれ、量から数が生まれ、数から比較が生まれ、比較から勝ちが生まれる。だから勝つ軍は、重い分銅で軽い分銅を量るような圧倒的な差をもって戦い、負ける軍は、軽い分銅で重い分銅に立ち向かうように戦う。勝者が民を戦わせるさまは、せき止めた水を千仞の谷へ一気に切って落とすようなもの。これが「形」である。
0513
第五篇 兵勢
正と奇
孫子は言う。
大軍を治めるのに小勢を治めるようにできるのは、部隊の編成があるからである。大軍を戦わせるのに小勢を戦わせるようにできるのは、旗印と太鼓の合図があるからである。全軍が敵の攻撃を受けても敗れずにいられるのは、正攻法と奇策の使い分けがあるからである。兵力を打ちつけるとき、砥石を卵にぶつけるようにできるのは、敵の虚を実で撃つからである。
奇正の循環
およそ戦いは、正攻法で敵と組み合い、奇策で勝つ。だから奇策を巧みに繰り出す者は、天地のように尽きることがなく、大河のように涸れることがない。終わってはまた始まる、太陽と月のように。死んではまた生まれる、四季のように。音は五つにすぎないが、その組み合わせは聞き尽くせない。色は五つにすぎないが、その混ぜ合わせは見尽くせない。味は五つにすぎないが、その調合は味わい尽くせない。戦いの勢も、正と奇の二つにすぎないが、その変化は極め尽くせない。正と奇は互いに生み合い、環がめぐるように果てがない。誰にこれを極め尽くせるだろうか。
勢と節
せき止められた水が激しく流れ、石をも押し流す。これが「勢」である。猛禽が一撃で獲物の骨を打ち砕く。これが「節」である。だから戦のうまい者は、その勢は険しく、その節は短い。勢は引き絞った弩のように、節は引き金を引く一瞬のように。
乱は治から生まれる
旗と兵が入り乱れて戦いがもつれても、味方を乱れさせない。陣形が渦を巻いて混沌としても、敗れない態勢を保つ。乱は治から生まれ、臆病は勇気から生まれ、弱さは強さから生まれる。治と乱を分けるのは編成であり、勇と怯を分けるのは勢であり、強と弱を分けるのは形である。
だから敵をうまく動かす者は、形を見せれば敵は必ずそれに従い、餌を与えれば敵は必ず食いつく。利で敵を動かしておいて、伏せた兵で待ち受けるのである。
勢に任せる
だから戦のうまい者は、勝ちを勢に求めて、一人ひとりの働きには求めない。それゆえ人を選んだうえで、あとは勢に任せることができる。勢に任せる者が人を戦わせるさまは、木や石を転がすようなものである。木や石は、平らな場所では動かないが、傾いた場所では動き出す。四角ければ止まり、丸ければ転がる。戦のうまい者が人を戦わせる勢は、丸い石を千仞の山から転がり落とすようなもの。これが「勢」である。
0613
第六篇 虚実
致して、致されず
孫子は言う。
先に戦場に着いて敵を待つ軍は楽であり、後から戦場に駆けつけて戦いに臨む軍は苦しい。だから戦のうまい者は、敵を思いどおりに動かして、敵に動かされることがない。
敵を自分から来させるには、利があると思わせる。敵を来させないようにするには、害があると思わせる。だから、敵が楽をしていれば疲れさせ、食糧が足りていれば飢えさせ、腰を据えていれば動かざるを得なくさせる。敵が駆けつけられない場所に出て、敵の思いもよらない場所へ急行するのである。
無形と無声
千里を行軍しても疲れないのは、敵のいない土地を行くからである。攻めれば必ず取れるのは、敵が守っていない場所を攻めるからである。守れば必ず堅いのは、敵が攻めようのない場所を守るからである。だから攻めのうまい者に対しては、敵はどこを守ればよいか分からず、守りのうまい者に対しては、敵はどこを攻めればよいか分からない。微妙の極み、ついには形がなくなる。神妙の極み、ついには音がなくなる。だからこそ、敵の命運を思いのままに握ることができるのである。
戦いの主導権
進撃を防げないのは、敵の手薄なところを突くからである。退却を追撃できないのは、速くて追いつけないからである。だから、こちらが戦いたいと思えば、敵が高い塁を築き深い堀をめぐらせていても、戦わざるを得なくさせられる。敵が必ず救援に出なければならない場所を攻めるからである。こちらが戦いたくないと思えば、地面に線を引いただけの陣地でも、敵は戦いを仕掛けられない。敵の向かう先を狂わせるからである。
専一と分散
敵には形をさらけ出させ、こちらは形を見せない。そうすればこちらは一点に集中でき、敵は分散する。こちらが一つにまとまり、敵が十に分かれれば、十の力で一を撃つことになる。こちらは多勢、敵は無勢。多勢で無勢を撃つのだから、こちらが実際に戦う相手は少なくてすむ。しかも、こちらがどこで戦うつもりかを、敵は知りようがない。知りようがなければ、敵は備える場所が多くなる。敵の備える場所が多ければ多いほど、こちらが実際に戦う相手は少なくなる。前に備えれば後ろが手薄になり、後ろに備えれば前が手薄になる。左に備えれば右が、右に備えれば左が手薄になる。どこにも備えようとすれば、どこもかしこも手薄になる。兵力が少なくなるのは敵に備えるからであり、多くなるのは敵に備えさせるからである。
戦う場所と日を知る
戦う場所を知り、戦う日を知っていれば、千里の道を行っても会戦できる。戦う場所も日も知らなければ、左翼は右翼を救えず、右翼は左翼を救えず、前衛は後衛を救えず、後衛は前衛を救えない。まして数十里、近くても数里も離れていればなおさらである。わたしの見立てでは、越の兵がどれほど多くても、それが勝敗の役に立つだろうか。だから「勝ちは自らつくり出せる」と言うのである。敵がどれほど多勢でも、戦えないようにさせればよいのだ。
形の極みは無形
敵情を見積もって、利害の計算を知る。揺さぶりをかけて、敵の動き方の型を知る。形を見せて、敵の急所となる土地を知る。小競り合いで探って、手厚い場所と手薄な場所を知る。だから軍の形の極みは、無形に至る。無形であれば、深く入り込んだ間者も見抜けず、知恵者も謀りようがない。敵の形に応じて勝ちを皆にもたらしても、皆にはその仕組みが分からない。人はみな、わたしが勝ったときの形は知っているが、わたしがどのようにしてその勝ちを組み立てたのか、その形は知らない。だから、その勝ち方は二度と繰り返されず、敵の形に応じて限りなく変わり続けるのである。
兵の形は水のよう
軍の形は、水のようなものだ。水の流れが高きを避けて低きへ向かうように、軍の勝ち方は敵の充実したところを避けて手薄なところを撃つ。水が地形に従って流れを決めるように、軍は敵に応じて勝ち方を決める。だから軍には決まった勢がなく、変わらない形がない。敵に応じて変化しながら勝ちをつかむ者は、「神」と呼ばれる。五行にいつも勝つものはなく、四季はとどまらず、日は短くも長くもなり、月は欠けては満ちるのだから。
0713
第七篇 軍争
迂直の計
孫子は言う。
戦争の原則として、将が君命を受け、軍を編成して兵を集め、敵と向かい合って陣を敷くまでの間で、機動戦——敵と有利な位置を争うことほど難しいものはない。機動戦の難しさは、遠回りの道をまっすぐな道に変え、不利を有利に変えることにある。あえて道を遠回りし、利で敵を誘って足止めしておいて、敵より後に発ちながら敵より先に着く。これが「迂直の計」——遠回りこそ近道と知る者である。
軍争の危うさ
機動戦は利益にもなれば、危険にもなる。全軍を挙げて有利な位置を争えば間に合わず、輜重を置き去りにして争えば補給を失う。鎧を脱いで駆け、昼も夜も休まず、行程を倍にした強行軍で百里のかなたの利を争えば、全軍の将が捕らえられる。強い兵が先に着き、疲れた兵は遅れ、着くのは十人に一人。五十里で利を争えば先鋒の将が倒れ、着くのは半分。三十里で利を争えば、着くのは三分の二である。だから軍は、輜重を失えば滅び、食糧がなければ滅び、蓄えがなければ滅びる。
諸侯の腹の内を知らなければ、同盟は結べない。山林や険しい地形、湿地のありさまを知らなければ、行軍はできない。土地の案内人を使わなければ、地の利は得られない。
風林火山
戦争は、敵を欺くことで成り立ち、利によって動き、分散と集合で変化するものである。だから、速いときは風のように、静かなときは林のように、侵し掠めるときは火のように、動かないときは山のように。知られないことは陰のように、動き出せば雷鳴のように。村里から奪うときは兵を分け、土地を広げたらその利を分け、すべてを秤にかけてから動く。遠回りとまっすぐの計を先に知る者が勝つ。これが機動戦の法である。
鐘と太鼓と旗
古い兵書には「声が届かないから鐘や太鼓を使い、姿が見えないから旗やのぼりを使う」とある。鐘・太鼓・旗・のぼりは、全軍の耳と目を一つにするためのものである。全軍がひとつにまとまれば、勇者もひとりで進めず、臆病者もひとりで退けない。これが大軍を動かす法である。だから夜戦にはかがり火と太鼓を多く使い、昼戦には旗やのぼりを多く使う。敵の耳目を惑わすためである。
気と心と力と変を治める
敵の全軍からは気力を奪うことができ、敵の将からは心を奪うことができる。朝の気力は鋭く、昼の気力はだれ、夕方の気力は帰ることばかり考える。だから戦のうまい者は、敵の鋭い気を避け、だれて帰りたがるところを撃つ。これが「気を治める」ということである。整った態勢で敵の乱れを待ち、静けさで敵の騒がしさを待つ。これが「心を治める」。近い戦場で遠来の敵を待ち、休んだ兵で疲れた敵を待ち、満腹の兵で飢えた敵を待つ。これが「力を治める」。旗印の整然たる敵を迎え撃たず、堂々たる陣立ての敵を攻めない。これが「変に応じる力を治める」ということである。
用兵の戒め
だから用兵の原則として——高い丘の敵に向かって攻め上るな。丘を背にして下ってくる敵に逆らうな。偽りの敗走を追うな。鋭気の兵を攻めるな。餌として差し出された兵に食いつくな。帰ろうとする軍の道をふさぐな。敵を包囲したら、必ず逃げ口を空けておけ。追いつめられた敵に迫るな。これが用兵の法である。
0813
第八篇 九変
受けてはならない君命
孫子は言う。
戦争の原則として、将は君命を受けて軍を編成し兵を集めるが——崩れやすい土地に宿営してはならない。四方に道の通じる土地では諸侯と結べ。孤立する土地にとどまるな。囲まれた土地では計略をめぐらせ。死地では戦え。道には通ってはならない道があり、敵には撃ってはならない敵があり、城には攻めてはならない城があり、土地には争ってはならない土地があり、君命には受けてはならない君命がある。
だから、九つの変化の利に通じた将は、戦争を知る者である。通じていない将は、地形を知っていても地の利を得られない。軍を治めていても九変の術を知らなければ、五つの利を知っていても兵を使いこなせないのである。
利と害をあわせ考える
知恵ある者の思慮は、必ず利と害の両面をあわせて考える。利のあるときに害をあわせて考えるから、事はうまく運ぶ。害のあるときに利をあわせて考えるから、憂いは解ける。諸侯を屈服させるには害を示し、諸侯を使役するには面倒な事業を負わせ、諸侯を奔走させるには利で誘うのである。
備えを頼みとする
だから戦争の原則は、敵が来ないだろうことを頼みにするのではなく、いつ来てもよいこちらの備えを頼みにする。敵が攻めてこないだろうことを頼みにするのではなく、敵が攻めようのない態勢を頼みにするのである。
将の五つの危険
将には五つの危険がある。決死一辺倒の者は、殺される。生き延びること一辺倒の者は、捕らえられる。短気で怒りやすい者は、挑発に乗せられる。清廉で名を惜しみすぎる者は、辱められて動かされる。兵をいつくしみすぎる者は、兵を守る苦労に追われて疲れ果てる。この五つは将の過ちであり、戦争の災いである。軍を滅ぼし、将が討たれるのは、必ずこの五つの危険による。深く見きわめなければならない。
0913
第九篇 行軍
四つの地の軍法
孫子は言う。
軍を進めて敵と対するには——山を越えるときは谷に沿って進み、見晴らしのよい高みに拠り、高所の敵に攻め上ってはならない。これが山地での軍の処し方である。川を渡ったら、必ず川から遠ざかる。敵が川を渡って来るときは、水の中で迎え撃たず、半分渡らせてから撃てば有利である。戦おうとするなら、川際に張りついて敵を迎え撃ってはならない。見晴らしのよい高みに拠り、流れに逆らう下流に陣取ってはならない。これが川辺での軍の処し方である。塩気のある湿地は、すみやかに通り過ぎてとどまらない。やむを得ず湿地の中で戦うときは、水草のそばに拠り、木立を背にせよ。これが湿地での軍の処し方である。平地では平坦な場所に陣取り、高地を右後ろに置き、低い土地を前に、高い土地を後ろにする。これが平地での軍の処し方である。この四つの処し方の利こそ、黄帝が四方の帝に勝った理由である。
高きを好み、陽を貴ぶ
およそ軍は、高い場所を好んで低い場所を嫌い、日の当たる場所を貴んで日陰を避け、兵の健康を養って水や草の豊かな場所に拠る。そうすれば軍に病が出ない。これを「必勝の備え」という。丘や堤では、必ず日の当たる側に陣取り、それを右後ろに置く。これが兵の利であり、地形の助けである。上流で雨が降って水が泡立ち流れてきたら、渡ろうとせず、水が静まるのを待て。
近づいてはならない地
険しい絶壁にはさまれた谷川、深い井戸のような窪地、抜け出せない袋の地、草木の絡み合う網の地、泥に沈む落とし穴の地、狭くえぐれた切り通し——このような土地からは、すみやかに離れ、近づいてはならない。こちらはこれらから遠ざかり、敵にはこれらに近づかせる。こちらはこれらに向かい合い、敵にはこれらを背にさせる。軍の近くに、険しい地形や水たまり、葦の茂み、草木の生い茂る山林があれば、必ず念入りに、繰り返し捜索せよ。そこは伏兵と間者の潜む場所である。
敵を読む兆し
敵が近くにいるのに静かなのは、地形の険しさを頼みにしている。遠くにいるのに戦いを挑んでくるのは、こちらを進ませたいのである。敵がわざわざ平坦な場所に陣取っているのは、そこに利があるからである。
多くの木々が動くのは、敵が来る。草を結んで仕掛けが多いのは、こちらを疑わせるため。鳥が飛び立つのは、伏兵がいる。獣が驚き走るのは、奇襲が来る。砂ぼこりが高く鋭く立つのは、戦車が来る。低く広がるのは、歩兵が来る。あちこちに細く立つのは、薪を集めている。少しずつ行き来するのは、宿営の支度である。
使者の言葉がへりくだっているのに備えを増しているのは、進攻の前ぶれ。言葉が強気で、攻めかかる構えを見せるのは、退却の前ぶれ。軽戦車が先に出て側面に並ぶのは、陣立てをしている。取り決めもないのに講和を願い出るのは、謀がある。慌ただしく駆け回って兵を並べるのは、決戦を期している。半ば進み、半ば退くのは、誘いである。
兵が武器にすがって立つのは、飢えている。水汲みの兵が汲むより先に自分が飲むのは、渇いている。利を見ても進まないのは、疲れている。鳥が群がるのは、陣がもぬけの殻。夜に呼び交わす声がするのは、怯えている。軍が乱れ騒ぐのは、将に重みがない。旗やのぼりが揺れ動くのは、隊伍が乱れている。役人が怒鳴り散らすのは、軍がうんざりしている。馬に穀物を食わせ、兵は肉を食らい、炊事の甕を捨てて宿営に戻らないのは、追いつめられて決死の敵である。ひそひそと寄り集まって兵たちに語りかけているのは、将が人心を失っている。やたらに賞を与えるのは、行きづまっている。やたらに罰するのは、苦しんでいる。乱暴にふるまった後で兵の離反を恐れるのは、思慮の浅さの極みである。使者が贈り物を携えて詫びに来るのは、休息を欲している。敵が怒り立って向かい合いながら、いつまでも戦いを仕掛けず、去りもしないときは、必ず入念に観察せよ。
多いだけでは勝てない
兵は多ければよいというものではない。猛進しさえしなければよい。力を合わせ、敵情を読み、人材を得る。それで十分である。深い考えもなく敵を侮る者は、必ず敵に捕らえられる。
文で命じ、武で斉える
兵がまだなついていないうちに罰すれば、心服しない。心服しなければ、使いにくい。兵がなついているのに罰を行わなければ、これもまた使えない。だから、恩徳をもって命じ、軍規をもって統率する。これを「必ず勝つ軍」という。命令がふだんから行われている中で兵を教えれば、兵は従う。命令がふだんから行われていない中で教えても、兵は従わない。命令がふだんから行き届いているのは、将と兵が信頼で結ばれているからである。
1013
第十篇 地形
六つの地形
孫子は言う。
地形には、通じる地、掛かる地、こう着の地、狭い地、険しい地、遠い地がある。こちらも行けて、敵も来られるのが「通じる地」。ここでは先に日当たりのよい高みに拠り、糧道を確保して戦えば有利である。行くのはたやすいが、戻るのが難しいのが「掛かる地」。ここでは敵に備えがなければ出て勝てるが、敵に備えがあれば、出ても勝てず、戻ることもできず、不利である。こちらが出ても不利、敵が出ても不利なのが「こう着の地」。ここでは敵が利をちらつかせても出てはならない。軍を引いて去るふりをし、敵が半ば出たところで撃てば有利である。「狭い地」では、先に着いたなら隘路を兵で満たして敵を待つ。敵が先に着いて満たしていれば従うな。満たしていなければ進んでよい。「険しい地」では、先に着いたなら必ず日当たりのよい高みに拠って敵を待つ。敵が先に着いていたら、軍を引いて去り、従ってはならない。「遠い地」では、勢力が互角なら戦いを挑みにくく、戦っても不利である。この六つが、地形の道理である。将の重い務めであり、見きわめなければならない。
敗北の六つの型
軍には、逃げる軍、たるむ軍、落ち込む軍、崩れる軍、乱れる軍、敗走する軍がある。この六つは天災ではなく、将の過ちである。勢力が互角なのに、一の兵力で十を撃てば、逃げる。兵が強くて指揮官が弱ければ、たるむ。指揮官が強くて兵が弱ければ、落ち込む。上級の指揮官が怒りにまかせて従わず、敵に会うと恨みから勝手に戦い、将もその力量を知らないなら、崩れる。将が弱くて厳しさがなく、教え方があいまいで、指揮官にも兵にも決まりがなく、陣立てがでたらめなら、乱れる。将が敵情を読めず、少数で多数に当たり、弱兵で強兵を撃ち、精鋭の先鋒を持たなければ、敗走する。この六つが、敗北の道である。将の重い務めであり、見きわめなければならない。
地形は兵の助け
地形は、兵の助けである。敵情を読んで勝ちを組み立て、地形の険しさと距離を計るのは、上に立つ将の道である。これを知って戦う者は必ず勝ち、知らずに戦う者は必ず敗れる。だから、戦の道理からして必ず勝てるなら、君主が「戦うな」と言っても、戦ってよい。戦の道理からして勝てないなら、君主が「必ず戦え」と言っても、戦わなくてよい。進んでも名誉を求めず、退いても罪を避けず、ただ民を守り、君主の利にかなうことだけを思う。このような将こそ、国の宝である。
兵はわが子、されど
兵を赤ん坊のように見守る。だからこそ、兵はともに深い谷底まで行く。兵をわが子のようにいつくしむ。だからこそ、兵はともに死んでくれる。だが、手厚くするだけで働かせることができず、かわいがるだけで命じることができず、乱れても正すことができないなら、兵は驕った子と同じで、使いものにならない。
天を知り、地を知る
わが兵が撃って出られる状態だと知っていても、敵に撃てる隙がないことを知らなければ、勝算は半分である。敵に撃てる隙があると知っていても、わが兵が撃って出られる状態にないことを知らなければ、勝算は半分である。敵に撃てる隙があると知り、わが兵が撃てる状態だと知っていても、地形が戦いに向かないことを知らなければ、勝算は半分である。だから戦争を知る者は、動いて迷わず、事を起こして行きづまらない。それゆえ言う。敵を知り、己を知れば、勝利は危うくない。天を知り、地を知れば、勝利は完全なものになる。
1113
第十一篇 九地
九つの地
孫子は言う。
用兵の原則から見ると、土地には、散じる地、軽い地、争う地、交わる地、四方に通じる地、重い地、崩れやすい地、囲まれた地、死地の九つがある。諸侯が自分の領内で戦うのが「散じる地」。敵地に入ってまだ浅いのが「軽い地」。こちらが取れば有利、敵が取っても有利なのが「争う地」。こちらも行けて、敵も来られるのが「交わる地」。三つの国に接し、先に着けば天下の民を味方にできるのが「四方に通じる地」。敵地に深く入り、多くの城邑を背にするのが「重い地」。山林や険しい地形、湿地など、行軍しにくい道が続くのが「崩れやすい地」。入り口が狭く、帰り道は遠回りで、敵の小勢がこちらの大軍を撃てるのが「囲まれた地」。すみやかに戦えば生き残り、ぐずぐずすれば滅びるのが「死地」である。だから——散じる地では戦うな。軽い地では立ち止まるな。争う地では攻めるな。交わる地では隊列を断つな。四方に通じる地では諸侯と結べ。重い地では食糧を奪え。崩れやすい地では進み続けよ。囲まれた地では計略をめぐらせ。死地では戦え。
先んじて奪う
昔の戦のうまい者は、敵の前衛と後衛の連絡を断ち、大部隊と小部隊が頼り合えないようにし、身分の高い者と低い者が助け合えないようにし、上官と部下が支え合えないようにし、兵を散り散りにして集まれないようにし、集まっても足並みがそろわないようにした。そして、利にかなえば動き、かなわなければとどまった。
「敵が整然たる大軍で攻めて来ようとしているときは、どう迎えるか」と問われれば、こう答える。「敵が大切にしているものを先に奪え。そうすれば敵は、こちらの言うことを聞くようになる」。
戦争の本質はスピードである。敵の態勢が間に合わないうちに乗じ、敵の思いもよらない道を通って、敵の警戒していないところを攻めるのである。
行き場のない兵は強い
敵地に攻め入る側の道理として、深く入れば兵は結束し、迎え撃つ側は勝てなくなる。豊かな田野を奪えば、全軍の食糧は満ちる。兵をよく養って疲れさせず、士気をひとつにして力を蓄える。兵を動かし、計をめぐらせるときは、敵に測らせない。そして軍を、どこにも行き場のない場所へ投げ込む。そうなれば兵は、死んでも逃げない。死ぬ気になった兵から、力を出し尽くさない者など出るはずがない。兵は絶体絶命の窮地に落ちれば、かえって恐れを忘れる。行き場がなければ心は固まり、深く入れば結束し、やむを得なければ戦う。だからこの軍は、戒めなくても自ら警戒し、求めなくても力を尽くし、縛らなくても親しみ合い、命じなくても信頼に応える。占いを禁じ、疑念を取り除けば、兵は死ぬまで動揺しない。
わが兵に財の余分がないのは、財を憎むからではない。命を惜しまないのは、長生きを憎むからではない。出撃の命令が下る日、兵たちは、座っている者は涙で襟をぬらし、横たわる者は涙で頬をぬらす。だが、行き場のない場所に投げ込まれれば、いにしえの勇士たちの勇気を奮うのである。
常山の蛇
だから戦のうまい者は、たとえて言えば「率然」である。率然とは、常山の蛇である。頭を撃てば尾が襲いかかり、尾を撃てば頭が襲いかかり、胴を撃てば頭と尾がともに襲いかかる。「軍を率然のようにできるか」と問われれば、「できる」と答える。呉の人と越の人は憎み合っているが、同じ舟に乗り合わせて川を渡り、嵐にあえば、左右の手のように助け合う。馬をつなぎ、車輪を埋めて退路を断ってみせても、それだけでは頼みにならない。全軍を一人のように勇敢にそろえるのは、軍政の力である。剛の者にも柔の者にも力を発揮させるのは、地の理である。だから戦のうまい者が、手を取り合うように軍を一人のように動かせるのは、そうせざるを得ない状況に兵を置くからである。
はしごを外す
将軍の仕事は、静かで底知れず、公正で乱れがない。兵の耳目をくらませ、作戦を知らせない。やり方を変え、計を改めて、人に見抜かせない。陣営を移し、道を遠回りして、人に悟らせない。軍を率いて決戦を期するときは、高いところに登らせて、はしごを外すようなものである。軍を率いて諸侯の地へ深く入り、引き金を引いてはじめて意図を明かす。舟を焼き、釜を壊し、羊の群れを追うように、追い立てて行き、追い立てて来て、誰もどこへ向かうのかを知らない。全軍の兵を集めて険地に投げ込む。これが将軍の仕事である。九つの地の変化、退くことと進むことの利、人の心の道理は、見きわめなければならない。
九地の処し方
敵地に攻め入る側の道理は、深く入れば結束し、浅ければ散じる。国を出て国境を越えて戦うのが「孤立の地」。四方に道が通じるのが「四方に通じる地」。深く入ったのが「重い地」。浅く入ったのが「軽い地」。背後が険しく、前が狭いのが「囲まれた地」。行き場がないのが「死地」である。だから——散じる地では、兵の心をひとつにする。軽い地では、隊列を密につなぐ。争う地では、敵の後ろに回り込む。交わる地では、守りを固める。四方に通じる地では、諸侯との結びを固める。重い地では、食糧の補給を絶やさない。崩れやすい地では、ひたすら道を進む。囲まれた地では、自ら逃げ口をふさいでみせる。死地では、生きる道がないことを兵に示す。兵の心とは、囲まれれば自ら防ぎ、やむを得なければ戦い、危機が極まれば従うものなのである。
覇王の兵
諸侯の腹の内を知らなければ、同盟は結べない。山林や険しい地形、湿地のありさまを知らなければ、行軍はできない。土地の案内人を使わなければ、地の利は得られない。これらの一つでも知らなければ、覇王の兵ではない。そもそも覇王の兵が大国を攻めれば、その国は兵を集めることすらできない。威力が敵にのしかかれば、その国の同盟は成り立たない。だから覇王は、天下の諸侯との外交を争わず、天下に自分の勢力を養おうともせず、おのれの力だけを頼みとして、威力を敵に加える。それゆえ、その城は抜け、その国は崩せるのである。
決まりを超えた恩賞を与え、慣例にない命令を掲げれば、全軍の兵を、まるで一人を使うように動かせる。兵は任務で動かし、理由を言葉で説明するな。利を示して動かし、害は告げるな。滅びの地に投げ込まれてこそ生き残り、死地に陥ってこそ生きる。兵は危険に陥ってはじめて、勝敗を自らの手でつかむものだ。だから戦争の要諦は、敵の意図に沿うふりをしてその狙いを見きわめ、力を敵の一点に集中し、千里のかなたで敵将を討つことにある。これを「巧みに事を成す」というのである。
始めは処女、後は脱兎
開戦と決した日には、関所を閉ざし、通行の割符を廃し、敵の使者を通さない。廟堂で厳しく議して、事を決する。敵に隙が開けば、必ずすばやく入り込む。敵の大切にするものを先に奪い、決戦の期日は悟らせない。定石にとらわれず、敵に応じて戦いを決する。だから、始めは処女のように静かにして敵に戸を開かせ、後には逃げるうさぎのように素早く動く。敵は防ぎようがない。
1213
第十二篇 火攻
五つの火攻め
孫子は言う。
火攻めには五つある。第一に敵の兵を焼く。第二に食糧の蓄えを焼く。第三に輜重を焼く。第四に倉庫を焼く。第五に部隊と輸送の列を焼く。火攻めを行うには条件があり、火をつける道具は、ふだんから備えておかなければならない。火を放つには適した時があり、火の手を上げるには適した日がある。時とは、空気の乾いたときである。日とは、月が風を呼ぶとされる四つの星宿にかかる日である。この星宿の日は、風の立つ日とされる。
火の変化に応じる
火攻めは、五つの火の変化に応じて対応する。火の手が敵陣の内側で上がったら、すばやく外から呼応して攻める。火が出ても敵兵が静かなら、待って攻めるな。火勢が極まるのを見て、攻められるなら攻め、攻められないならやめる。外から火を放てるなら、内応を待たず、時を見て放て。風上で火の手が上がったら、風下から攻めるな。昼の風は長く続き、夜の風はやむ。軍たる者、必ずこの五つの火の変化を知り、暦を数えて、わが身にも備えなければならない。だから、火で攻めを助ける者は明察であり、水で攻めを助ける者は強力である。ただし水は、敵を断ち切ることはできても、奪い尽くすことはできない。
怒りで戦を起こさない
戦いに勝ち、攻め取っても、その成果を固めて修めない者は凶である。これは「費えの垂れ流し」と呼ばれる。だから言う。聡明な君主はよく慮り、良将はよく成果を修める。利がなければ動かず、得るものがなければ兵を用いず、危機でなければ戦わない。君主は、怒りにまかせて軍を起こしてはならない。将は、憤りにまかせて戦いを交えてはならない。利にかなえば動き、かなわなければやめる。怒りはまた喜びに変わり、憤りはまた楽しみに変わる。だが、滅びた国は二度と存立せず、死んだ者は二度と生き返らない。だから聡明な君主は戦争を慎み、良将は戦争を戒める。これが、国を安らかにし、軍を全うする道である。
1313
第十三篇 用間
先知は人に取る
孫子は言う。
およそ十万の軍を起こして千里のかなたへ出征すれば、民の出費と国の支出は一日に千金にのぼり、国の内外は騒然とし、人々は道路の輸送に疲れ果て、生業につけない家は七十万戸に及ぶ。そうして数年ものあいだ対峙を続けるのは、たった一日の勝利を争うためである。それなのに、爵位や俸禄やわずかな金を出し惜しんで敵情を知ろうとしないのは、不仁の極みである。そのような者は、人の将ではなく、君主の補佐ではなく、勝利の主でもない。聡明な君主とすぐれた将が、動けば敵に勝ち、人並み外れた成功を収めるのは、先に知るからである。先に知るとは、鬼神から得るものではない。過去の事例から類推するものでもなく、天体の運行から占い出すものでもない。必ず人から得て、敵の実情を知るのである。
五つの間者
間者の使い方には五つある。郷間、内間、反間、死間、生間である。五種の間者がともに動きながら、誰にもその仕組みが分からない。これは「神わざの網」と呼ばれ、君主の宝である。郷間とは、敵国の土地の人を使うもの。内間とは、敵の役人を使うもの。反間とは、敵の間者を寝返らせて使うもの。死間とは、偽りの事をわざと外に流し、わが間者にそれを信じさせて、敵の間者に伝えさせるもの。生間とは、生きて帰って報告するものである。
最も親しく、最も密か
だから全軍の中で、間者ほど将に親しい者はなく、恩賞は間者より厚い者はなく、任務は間者のものより秘密のものはない。すぐれた知恵の持ち主でなければ間者は使えず、仁義の人でなければ間者を働かせることはできず、細心の妙がなければ間者のもたらす情報から真実はつかめない。微妙、また微妙。戦争に間者を使わない場面はない。間者の任務が動き出す前に外へ漏れたなら、その間者も、告げられた相手も、みな殺される。
鍵は反間
撃ちたい軍、攻めたい城、殺したい人物があれば、必ずまず、その守将、側近、取り次ぎ、門番、従者の名を突きとめる。わが間者に命じて、必ず探り出させるのである。敵の間者が入り込んでこちらを探っていれば、必ず見つけ出し、利益で誘い、手引きして抱き込む。こうして反間が得られ、使えるようになる。反間から敵情を知るから、郷間も内間も使えるようになる。反間から知るから、死間に偽りの事を持たせて敵に告げさせることができる。反間から知るから、生間を期日どおりに働かせることができる。五種の間者の情報は、君主が必ず把握していなければならない。それを知る鍵は反間にある。だから反間は、厚遇しないわけにはいかないのである。
建国を支えた間者
昔、殷が興ったのは、伊摯が夏にいたからである。周が興ったのは、呂牙が殷にいたからである。聡明な君主とすぐれた将だけが、最高の知恵者を間者として使い、必ず大きな功を成す。これこそ戦争の要であり、全軍はこれを頼りにして動くのである。
