第1話 善いものと悪いもの
善いものたちは、弱い者だというので悪いものたちに追い立てられ、天へと昇っていった。そして善いものたちはゼウスに、どうすれば人間たちとともにいられるのかと尋ねた。ゼウスは、皆で連れ立ってではなく、一つずつ人間のもとへ行くように、と告げた。こういうわけで、悪いものは人間のすぐ近くにいるから絶え間なく襲いかかるが、善いものは天から降りて来るために、なかなかやって来ないのである。
善いものにはだれもすぐには巡り会えないが、悪いものにはだれもが日ごとに打たれている、ということである。
第2話 像売り
ある男が木のヘルメス像をこしらえ、広場へ持って行って売ろうとした。だが買い手が一人も寄りつかないので、人を呼び寄せようと、恵みを与え利益を授けてくれる神を売るぞ、と呼ばわった。すると居合わせた一人が男に言った。「おいおい、そんなにありがたい神だというなら、なぜ売るのだ? 自分でその恵みにあずかればよいだろうに。」男は答えた。「わたしにはすぐに役立つ助けが要るのだ。ところがこの神ときたら、利益をもたらすのがいつも遅いのでね。」
恥ずべき利得を求め、神々のことなど顧みない人に向けた話である。
第3話 鷲と狐
鷲と狐が互いに友情を結び、親しく行き来すれば友情も固くなると考えて、近くに住むことに決めた。そこで鷲は高くそびえる木に上って巣をかけ、狐はその下の茂みに入って子を産んだ。ところがある日、狐が餌をあさりに出たすきに、食べ物に困っていた鷲は茂みに舞い降り、子狐たちをさらって、自分の雛たちと一緒に食らってしまった。戻ってきた狐は事の次第を知ると、子の死そのものよりも、仕返しのかなわないことを悲しんだ。地を歩む獣の身では、翼あるものを追うことができなかったからである。そこで狐は遠く離れて立ち、力なく弱い者にただ一つ残された手立てとして、敵を呪った。だが鷲が友情を踏みにじった不敬の報いを受けるまでに、長くはかからなかった。ある人々が野で山羊を犠牲に捧げていたとき、鷲は舞い降りて、祭壇から火のついた臓物をさらっていったのである。それが巣に運ばれると、強い風が吹きつけて、細くて古い枯れ枝からまばゆい炎が燃え上がった。雛たちはまだ飛べない未熟な体だったから、焼かれて地面に落ちた。すると狐が駆け寄って、鷲の見ている前で、雛を一羽残らず食べてしまった。
この話は、友情を裏切る者は、傷つけられた側が弱いためにその罰を逃れたとしても、神からの報いだけは免れられない、ということを教えている。
第4話 鷲とフンコロガシ
鷲が野ウサギを追っていた。野ウサギは助けてくれる者もない心細さの中で、そのとき折よく現れたただ一匹の相手、フンコロガシの姿を見て、これに救いを求めた。フンコロガシは野ウサギを力づけ、鷲が近くまで来るのを見ると、自分に助けを求めた者を連れ去らないでほしいと頼んだ。しかし鷲はその小ささをあなどり、フンコロガシの目の前で野ウサギを食らってしまった。それからというもの、フンコロガシは恨みを忘れず、鷲の巣を見張り続け、鷲が卵を産むたびに高く舞い上がっては卵を転がして割った。ついに鷲はどこにいても追い立てられ、ゼウスのもとへ逃げ込んで――鷲はゼウスの聖鳥なのである――雛を安心してかえせる場所を与えてくださいと願った。ゼウスが自分の懐で産むことを許すと、フンコロガシはそれを見て、糞を丸めて玉を作り、舞い上がってゼウスの懐の真上まで来ると、そこへ落とした。ゼウスは糞を払い落とそうと立ち上がった拍子に、うっかり卵をほうり出してしまった。それ以来、フンコロガシの現れる季節には、鷲は巣ごもりをしないと言われている。
この話は、どんなに無力な者でも侮辱されればいつか仕返しができるのだと心に留めて、だれのことも侮ってはならない、ということを教えている。
第5話 鷲とコクマルガラスと羊飼い
鷲が高い岩から舞い降りて、子羊をさらっていった。それを見たコクマルガラスは、うらやましさからまねをしてみたくなり、大きな羽音を立てて舞い降り、雄羊に飛びかかった。ところが爪が羊毛にからんで抜けなくなり、羽をばたつかせるばかりだった。やがて羊飼いが事に気づいて駆けつけ、これを捕らえて風切り羽を切り落とし、夕方になると子供たちのところへ持ち帰った。子供たちが、これは何という鳥かと尋ねると、羊飼いは言った。「わたしのはっきり知る限りではコクマルガラスだが、当人の思いでは鷲なのだ。」
同じように、すぐれた者との張り合いは、何一つ実らないばかりか、災難の上に物笑いまで買い足すことになる。
第6話 羽をむしられた鷲と狐
あるとき、鷲が人間に捕らえられた。その男は鷲の羽を切り、家で鶏たちと一緒に放しておいた。鷲はうなだれて、悲しみのあまり何も食べようとせず、その姿はさながら囚われの王だった。やがて別の男がこの鷲を買い取り、切られた羽を抜いて香油を塗り、羽が生えそろうようにしてやった。鷲は飛び立つと、爪で野ウサギをつかまえ、贈り物としてその男のもとへ運んだ。それを見た狐が言った。「その人にではなく、初めの男におやり。その人は生まれつき善い人だから。初めの男のほうこそ機嫌をとっておくことだ。さもないと、またお前を捕らえて、羽を奪ってしまいかねないよ。」
恩人にはよい報いを返し、悪人は思慮をもってあしらわなければならない、ということである。
第7話 矢で射られた鷲
岩の上高く鷲がとまり、野ウサギを狩ろうとうかがっていた。これをある男が弓で射た。矢は体に深く食い込み、羽根のついた矢筈が目の前に立った。鷲はそれを見て言った。「これがまたもう一つの悲しみだ。自分の羽根のせいで死んでいくとは。」
自分自身のものが元で危険な目にあうとき、悲しみの棘はいっそう深く刺さる、ということである。
第8話 ナイチンゲールと鷹
ナイチンゲールが高い樫の木にとまり、いつものように歌っていた。食べ物に困っていた鷹がその姿を見つけ、飛びかかって捕らえた。ナイチンゲールは、いままさに殺されようとして、放してほしいと鷹に頼んだ。自分ごときでは鷹の腹を満たすには足りない、食べ物に困っているのなら、もっと大きな鳥に向かうべきだ、と言うのである。すると鷹がさえぎって言った。「手の中にある出来合いの餌を捨てて、まだ姿も見えないものを追いかけるようなら、わたしはよほどの間抜けだろう。」
同じように、人間の中でも、より大きなものへの望みにつられて、手の中にあるものを手放す者は愚かである。
第9話 ナイチンゲールとツバメ
ツバメがナイチンゲールに、自分と同じように、人間と同じ屋根の下に住まいをともにしてはどうかと勧めた。ナイチンゲールは言った。「昔の不幸の悲しみを思い出したくない。だからわたしは人里離れた所に住んでいるのだ。」
不運によって悲しみを負った者は、その悲しみの起きた場所からも逃れたいと願うものだ、ということである。
第10話 借金を負ったアテナイ人
アテナイで、借金を負った男が金貸しから返済を迫られていた。男ははじめ、金がないからと言って猶予を願った。だが聞き入れてもらえないとなると、一頭だけ持っていた雌豚を引いてきて、金貸しの見ている前で売りに出した。買い手が近づいてきて、この豚は子を産むのかと尋ねると、男は、産むどころか並外れた産み方をする、秘儀祭には雌の子を、パンアテナイア祭には雄の子を産むのだ、と言った。買い手がこの言葉に目を丸くしていると、金貸しが言った。「驚くことはない。この豚は、ディオニュシア祭にはあなたに子山羊まで産んでくれますよ。」
この話は、多くの人が自分の利益のためなら、ありえないことについてさえ偽りの証言をしてはばからない、ということを教えている。
第11話 エチオピア人
ある男がエチオピア人の奴隷を買った。その肌の色は、前の主人の手入れが悪かったせいでそうなったのだと思ったのである。家に連れ帰ると、ありとあらゆる洗い粉を持ち出し、あらゆる沐浴で洗い清めようとした。だが肌の色は変えられず、その苦しみのせいで病気にさせてしまった。
この話は、生まれついた性質は、初めに現れ出たとおりのままにとどまる、ということを教えている。
第12話 猫と雄鶏
猫が雄鶏を捕らえ、もっともらしい口実をつけてこれを食ってやろうと考えた。そこでまず、夜中に鳴き立てて人間たちを眠らせない迷惑者だ、と責め立てた。雄鶏が、あれは人間のためにしていることだ、いつもの仕事に間に合うよう起こしているのだ、と弁明すると、猫は今度は別の咎を持ち出し、母や姉妹たちと交わるとは自然に背く不届き者だ、と責めた。雄鶏が、それも主人たちの利益のためにしていることで、おかげで卵がたくさん産まれるのだ、と言うと、猫は「お前がいくら体裁のいい言い訳に事欠かないからといって、こちらは食わずにいるつもりはないぞ」と言って、雄鶏を食らってしまった。
この話は、悪事を働くと決めた邪悪な性質は、もっともらしい口実を得られなければ、あからさまに悪事をなす、ということを教えている。
第13話 猫とネズミ
ある家にネズミがたくさんいた。それを知った猫がやって来ては、一匹また一匹と捕らえて食べていった。ネズミたちは、次々に命を落とすので穴の奥へ潜り込み、猫はもう届かなくなった。そこで猫は、策を使っておびき出さねばならぬと考えた。杭によじ登り、そこからぶら下がって、死んだふりをしたのである。だがネズミの一匹が顔をのぞかせて猫を見つけると、こう言った。「おい、お前さん、たとえ袋に化けたところで、こちらは近寄りやしないよ。」
この話は、思慮深い人は、ある者たちの性悪ぶりを一度思い知れば、もはやその見せかけにはだまされない、ということを教えている。
第14話 猫と雌鶏
猫は、ある農場で雌鶏たちが病気にかかっていると聞き、医者に成りすまして、その道にふさわしい道具一式をたずさえ、出かけて行った。そして小屋の前に立ち、具合はどうかと尋ねた。雌鶏たちは答えて言った。「元気そのものさ、あんたがここから立ち去ってくれさえすればね。」
同じように、人間の中でも悪人は、どれほど親切をよそおって見せても、思慮深い人の目を逃れることはない。
第15話 山羊と山羊飼い
山羊飼いが山羊たちを囲いへ呼び集めていた。ところが一頭だけ、うまい草を食べるのに気を取られて居残っていた。山羊飼いが石を投げつけると、狙いたがわず角に当たり、折ってしまった。山羊飼いは、このことを主人に言わないでくれ、と山羊に頼み込んだ。山羊は言った。「わたしが黙っていたところで、どうして隠せよう? 角が折れているのは、だれの目にも明らかなのに。」
事の次第が明白なときには、それを覆い隠すことはできない、ということである。
第16話 山羊とロバ
ある人が山羊とロバを飼っていた。山羊は、ロバの餌がたっぷりあるのをねたみ、粉をひかされたかと思えば荷を負わされて、お前は際限なくこき使われている、と言い立て、てんかんの発作を装って穴に落ち、休みをもらうがいい、と勧めた。ロバはこれを信じて落ち、体じゅうを打ち砕いてしまった。主人は医者を呼んで、助けてやってほしいと頼んだ。医者は、山羊の肺の汁を注ぎこんでやれば元気を取り戻す、と告げた。そこで人々は山羊を屠って、ロバの手当てをした。
他人に向けてたくらみを巡らす者は、みずからの災いの張本人となる、ということである。
第17話 山羊飼いと野生の山羊
山羊飼いが山羊たちを牧草地へ追って行ったところ、野生の山羊たちが群れに混じっているのに気づき、夕方になると、まとめて全部を自分の洞穴へ追い込んだ。翌日はひどい嵐になり、いつもの牧草地へ連れて行けなかったので、洞穴の中で世話をした。そのとき自分の山羊たちには、飢えない程度のほどほどの餌しか与えず、よそ者の山羊たちには、自分のものにしてしまおうと、餌を多めに積んでやった。嵐がやんで、全部を牧草地へ連れ出すと、野生の山羊たちは山にとりついて逃げて行った。山羊飼いが、あれほど手厚く世話をしてやったのに見捨てるとは恩知らずだ、となじると、野生の山羊たちは振り返って言った。「いや、まさにそれゆえに、わたしたちはいっそう用心するのだ。昨日やって来たばかりのわたしたちを、昔から一緒にいる山羊たちより大事にしたからには、この先ほかの山羊たちが寄って来れば、今度はそちらをわたしたちより大事にするに決まっているのだから。」
この話は、古い友より新参の自分たちを重んじる者の友情を喜んではならない、ということを教えている。自分たちとの付き合いが古くなったころ、別の者たちと親しくなれば、今度はそちらが選ばれるのだと考えるべきだからである。
第18話 醜い女奴隷とアプロディーテー
醜くて性根の悪い女奴隷に、その主人が恋をしていた。彼女は主人から金をもらっては、まばゆく着飾り、自分の女主人にけんかを仕掛けた。そしてアプロディーテーには、自分を美しくしてくれる神として、絶えず犠牲を捧げて祈っていた。だがアプロディーテーは夢の中でその女奴隷に現れて言った。「お前を美しくしてやっているなどと、わたしに感謝してもらういわれはない。お前が美しく見える、あの男にこそ、わたしは腹を立て、憤っているのだ。」
恥ずべきことによって富を得た者は思い上がってはならない、まして生まれが卑しく姿の醜い者は、いっそう大きな恥となるのだから、なおのことである。
第19話 造船所のイソップ
寓話作者のイソップが、暇にまかせて造船所へ入って行った。船大工たちが彼をからかい、言い返してみろとけしかけると、イソップは語り出した。大昔、世界には混沌と水とがあった。ゼウスは大地という元素をも世に現したいと思い、大地に向かって、海を三度すすり込むようにと勧めた。そこで大地は取りかかり、一度目には山々を現し、二度目にすすり込むと平野をもあらわにした。「そして大地がその気になって三度目の水を飲み干したなら、お前たちの技は用なしになるだろうよ。」
この話は、自分よりすぐれた者をあざける者は、気づかぬうちに、その相手からいっそう大きな苦しみをおのれに招き寄せている、ということを教えている。
第20話 二羽の雄鶏と鷲
二羽の雄鶏が雌鶏たちをめぐって争い、一方が他方を打ち負かした。負けたほうは暗い物陰へ退いて身を隠した。勝ったほうは高く舞い上がり、高い塀の上に立って、声を張り上げて鳴き立てた。するとたちまち鷲が舞い降りてきて、これをさらっていった。暗がりに隠れていたほうは、それからは何はばかることなく雌鶏たちのもとへ通った。
この話は、主は高ぶる者には立ち向かい、へりくだる者には恵みを与える、ということを教えている。
第21話 雄鶏とヤマウズラ
ある人が家で雄鶏を飼っていたが、飼いならされたヤマウズラが売りに出ているのに出くわし、これを買って家へ持ち帰り、一緒に飼うことにした。ところが雄鶏たちがつついては追い回すので、ヤマウズラは、自分がよそ者だから見下されるのだと思い込み、ふさぎ込んでいた。だがしばらくして、雄鶏たちが仲間どうしで争い、互いに血を流すまでやめないのを見て、ひとりごとを言った。「私はもう、彼らにつつかれても腹を立てない。彼らが身内にさえ容赦しないのが分かったのだから。」
この話は、思慮ある者は、隣人たちが身内にさえ容赦しないのを見れば、彼らからの狼藉をたやすく耐え忍ぶ、ということを教えている。
第22話 漁師たちとマグロ
漁師たちが漁に出て、長いあいだ苦労したが、何ひとつ捕れなかった。舟の中に座り込んで気を落としていると、そこへ、追われて凄まじい勢いで突き進んできたマグロが、いつのまにか舟の中へ跳び込んでいた。漁師たちはこれを捕らえ、町へ運んで売り払った。
このように、技術が与えてくれなかったものを、運がしばしば授けてくれるのである。
第23話 石を引き上げた漁師たち
漁師たちが地引き網を引いていた。網が重いので、大漁だと思って喜び、踊り出した。ところが浜辺へ引き上げてみると、魚はわずかしか見つからず、網は石やほかのがらくたで満ちていた。彼らはひどくふさぎ込んだが、それは起きたこと自体が辛いというより、まるで反対の結果を先に思い描いていたからだった。すると仲間のうちの一人の老人が言った。「もうよそう、諸君。どうやら悲しみは喜びの姉妹であるらしい。あれほど先に喜んでしまった我々は、何かしら辛い目にも必ず遭うはずだったのだ。」
だから我々もまた、人生の移ろいやすさに目を向け、同じ事柄にいつまでも浮かれていてはならない。上天気が長く続けば、必ず嵐も来ると心得ておくべきである。
第24話 笛を吹く漁師
笛の心得のある漁師が、笛と網を携えて海へ行き、突き出た岩の上に立って、まずは笛を奏でた。その快い音色につられて、魚がひとりでに自分のほうへ跳び出してくると思ったのである。だが、いくら長く続けても何の成果も上がらないので、笛を置いて投網を取り上げ、水をめがけて打つと、多くの魚が捕れた。網から魚を浜辺へ放り出し、ぴちぴちと跳ねるさまを見て言った。「このうえなくたちの悪い生き物どもめ。私が笛を吹いていたときには踊らなかったくせに、やめた今になって踊るのか。」
この話は、時をわきまえずに事を行う人に当てはまる。
第25話 漁師と大小の魚
漁師が漁の網を海から引き上げ、大きな魚を捕らえて地面に広げた。だが小さな魚たちは、網目をすり抜けて海の中へ逃げおおせた。
大きな幸運に恵まれない者は、身の安全もたやすく手に入る。だが名声の大きな者が危険を逃れおおせるのは、めったに見られないことである。
第26話 漁師と小魚
漁師が海に網を下ろし、一匹の小魚を引き上げた。小魚は、自分は小さいのだからと、今は捕らずに見逃してくれるよう懇願して言った。「大きく育ってから捕まえてくれれば、あなたの得もそのぶん大きくなるのだから。」すると漁師は言った。「手の中にある儲けを、たとえ小さくても手放して、当てにするだけの儲けを、たとえ大きくても期待するようなら、私はよほどの間抜けだろう。」
この話は、より大きなものへの望みにつられて、手の中の小さなものを手放す者は思慮を欠く、ということを教えている。
第27話 水を叩く漁師
漁師が、とある川で漁をしていた。網を張り渡して流れを両側から囲い込むと、亜麻の綱に石を結びつけて水を叩き始めた。逃げまどう魚が、うっかり網の目に飛び込むようにするためである。近くに住む者の一人がそのさまを見て、川を濁らせて澄んだ水を飲めなくするではないか、と咎めた。すると漁師は答えた。「だが、こうして川をかき乱さなければ、私は飢えて死ぬほかないのだ。」
同じように、都市の扇動政治家たちも、祖国を内紛に引きずり込んだときにこそ、最も潤うのである。
第28話 カワセミ
カワセミは人けのない所を好む鳥で、いつも海の上で暮らしている。人間の狩りを警戒して、海辺の岩場に巣を作るのだと言われている。あるとき、卵を産もうとした一羽が、とある岬にやって来て、海に臨む岩を見つけ、そこに巣を作った。ところが、餌を求めて出かけた留守のあいだに、激しい風にあおられて波立った海が巣の高さまでせり上がり、巣を呑み込んで雛たちを死なせてしまった。戻ってきたカワセミは、事の次第を知って言った。「なんと哀れな私。陸をたくらみ深いものと警戒して、この海へ逃げ込んだのに、海のほうがはるかに信用ならないものだったとは。」
同じように、人間の中にも、敵を警戒しながら、気づかぬうちに、敵よりはるかに恐ろしい友人の手に落ちる者がいる。
第29話 マイアンドロス川の狐たち
あるとき、狐たちがマイアンドロス川のほとりに集まった。その水を飲みたかったのである。だが水が轟々と音を立てて流れ下るので、互いにけしかけ合うばかりで、誰もあえて入ろうとしなかった。すると一匹が進み出て、ほかの狐たちをこき下ろし、その臆病ぶりをあざ笑うと、自分こそ誰より勇ましいと誇って、思い切りよく水へ跳び込んだ。流れが彼女を川の真ん中まで押し流すと、残りの狐たちは川岸に立ったまま呼びかけた。「私たちを見捨てないで、戻ってきておくれ。危なげなく水を飲める入り口を教えてほしいのだ。」流されてゆく狐は言った。「ミレトスへ届ける返事を預かっていて、まずそれをあちらまで運びたい。帰りに教えてあげよう。」
これは、大言壮語によって自分に危険を招く人に向けた話である。
第30話 腹のふくれた狐
腹をすかせた狐が、樫のうろの中に、羊飼いたちが残していったパンと肉を見つけ、入り込んで平らげた。ところが腹がふくれて出られなくなり、うめき声を上げて嘆いていた。別の狐が通りかかって、そのうめき声を聞きつけ、近寄ってわけを尋ねた。事の次第を知ると、その狐は言った。「なに、入ったときの体つきに戻るまで、そこでじっとしていることだ。そうすれば楽に出られるさ。」
この話は、厄介な事態も時が解決してくれる、ということを教えている。
第31話 狐と茨
垣根を登っていた狐が、足を滑らせて落ちそうになり、助けにしようと茨につかまった。棘で足を血まみれにし、その痛さに茨へ言った。「ああ、ひどい。助け手と頼ってすがったのに、お前はかえって私をひどい目に遭わせた。」すると茨が言った。「見込み違いだよ、お前さん。誰かれかまわず引っかけるのが習いのこの私に、つかまろうとしたのだから。」
この話は、悪事を働くほうが生まれつき性に合っている相手を、助け手と頼んで駆け寄る人間も同じように愚かだ、ということを教えている。
第32話 狐と葡萄
腹をすかせた狐が、木に這わせた葡萄の蔓から房の垂れ下がっているのを見て、なんとか手に入れようとしたが、できなかった。立ち去りぎわに、狐はひとりごとを言った。「あれはまだ熟れていない。」
同じように、人間の中にも、力が足りずに事を成し遂げられないと、時機のせいにする者がいる。
第33話 狐と大蛇
道端に無花果の木があった。狐は、大蛇が眠っているのを見て、その体の長さを羨んだ。自分も同じ長さになろうと、傍らに身を横たえて体を伸ばそうと試みたが、無理を重ねたすえ、いつのまにか体が張り裂けてしまった。
自分よりすぐれた者に張り合う者は、この目に遭う。相手に届くより先に、自分のほうが裂けてしまうのである。
第34話 狐と木こり
狩人たちに追われた狐が、一人の木こりを見つけて、匿ってくれるよう懇願した。木こりは、自分の小屋に入って隠れるよう勧めた。ほどなく狩人たちがやって来て、このあたりを狐が通るのを見なかったかと木こりに尋ねた。木こりは、口では見ていないと言いながら、手ぶりで隠れ場所を指し示した。だが狩人たちは、合図には目を留めず、言葉のほうを信じた。狐は彼らが立ち去ったのを見届けると、外へ出て、ものも言わずに歩き出した。自分のおかげで助かったのに、声に出して礼ひとつ言わないのかと木こりが咎めると、狐は言った。「言葉と、手の仕業と心根とが釣り合っていたなら、お礼を言っていたさ。」
この話は、口では立派なことをはっきり請け合いながら、行いでは卑劣なことをする人間に対して使えるだろう。
第35話 狐とワニ
狐とワニが、家柄の高さをめぐって言い争っていた。ワニは先祖の輝かしさを長々と並べ立て、しまいには、父祖は代々体育場の長を務めたと言った。すると狐が言った。「あなたが言わなくても、その皮を見れば、長年鍛え込んできたことはひと目で分かる。」
同じように、嘘を語る人間も、事実によって暴かれるのである。
第36話 狐と犬
狐が羊の群れに入り込み、乳を吸っていた子羊を一匹抱き上げて、口づけしてかわいがるふりをした。犬に何をしているのかと尋ねられると、狐は言った。「あやして、遊んでやっているのさ。」すると犬は言った。「今すぐその子羊を放さないなら、犬のかわいがり方をお目にかけるぞ。」
これは、悪だくみをする間抜けな盗人に向けた話である。
第37話 狐と豹
狐と豹が、美しさをめぐって言い争っていた。豹が事あるごとに体の模様の多彩さを誇ってみせるので、狐がすかさず言い返した。「私のほうがどれほどあなたより美しいことか。私が多彩に飾っているのは体ではなく、心なのだから。」
この話は、体の美しさよりも、知性の装いのほうがすぐれている、ということを教えている。
第38話 狐と王に選ばれたサル
もの言わぬ獣たちの集会で、サルが踊りを披露して喝采を博し、彼らの手で王に選ばれた。それを妬んだ狐は、とある罠に肉が置かれているのを見つけると、サルをそこへ連れて行き、宝物を見つけたが自分では使わず、王の位にふさわしい捧げ物として取っておいたのだと言って、受け取るように勧めた。サルがうかつに近づいて罠に捕らえられ、嵌めたなと狐を責めると、狐は言った。「サルよ、その程度の愚かさで、もの言わぬ獣たちの王が務まるのか?」
同じように、深い考えもなしに物事に手を出す者は、不幸な目に遭ううえに、物笑いの種にもなるのである。
第39話 家柄を争う狐とサル
狐とサルが連れ立って旅をしながら、家柄の高さをめぐって言い争っていた。互いにあれこれと並べ立てるうち、とある場所に差しかかると、サルはそちらへ目をやって、深いため息をついた。狐がわけを尋ねると、サルは並んだ墓を指し示して言った。「これが泣かずにいられようか? 我が父祖に仕えた解放奴隷や奴隷たちの墓石を目にしているのだぞ。」すると狐が言った。「好きなだけ嘘をつくがいい。この中の誰も起き上がって、お前の嘘を暴きはしないのだから。」
同じように、人間の中でも嘘を語る者たちは、暴き立てる相手がいないときにこそ、最も大きくほらを吹くのである。
第40話 狐と雄山羊
狐が井戸に落ちて、やむなくそこにとどまっていた。喉の渇きに苦しむ雄山羊が同じ井戸へやって来て、狐を見つけると、水はうまいかと尋ねた。狐はこの巡り合わせを喜び、水を褒めることに力を尽くして、実に良い水だと言い、下りて来るように勧めた。雄山羊は飲みたい一心で、後先も考えずに下りて行った。そして渇きを癒すとすぐ、狐と一緒に上がる手立てを思案し始めた。すると狐がすかさず言った。「役に立つ手を知っている。あなたが、二匹とも助かることを望みさえすればの話だが。前足を壁に突っ張って、角をまっすぐ立ててほしい。私が駆け上がって、あなたも引き上げてあげよう。」雄山羊が快くこの勧めに従うと、狐は雄山羊の脚から肩、角へと跳んで井戸の口まで達し、外へ出るとそのまま立ち去ろうとした。約束を破ったなと雄山羊が咎めると、狐は振り返って言った。「おいおい、あなたの顎ひげの毛の数ほどの知恵があったなら、上がる道を確かめないうちに、下りたりはしなかっただろうに。」
同じように、思慮ある人間も、まず事の行き着く先を見きわめ、そのうえで取りかかるべきである。
第41話 尾を切られた狐
罠にかかって尾を切り落とされた狐が、恥ずかしさのあまり生きていくかいもないと思いつめ、ほかの狐たちも同じ目に遭わせて、みなに共通の不幸で自分の欠点を覆い隠そうと心に決めた。そこで狐を残らず集めると、尾を切り落とすように勧め、尾はみっともないばかりか、余計な重荷までぶら下げているのだと言った。すると、そのうちの一匹が口をはさんで言った。「ちょっと、あなた。それが自分の得になるのでなければ、わたしたちにそんな忠告はしなかったでしょうに。」
この話は、隣人に忠告をするのが善意からではなく、自分の利益のためである人たちに当てはまる。
第42話 ライオンを見たことのない狐
ライオンを一度も見たことのない狐が、ふとした巡り合わせでライオンに出くわした。初めて見たときは、すっかり動転して危うく死ぬところだった。二度目に出会ったときも恐ろしかったが、最初ほどではなかった。三度目に見たときにはすっかり大胆になり、近寄って言葉を交わすまでになった。
この話は、慣れというものは、恐ろしい物事さえも和らげるということを教えている。
第43話 狐とお化けの面
狐が役者の家に入り込み、その道具をひとつひとつ物色するうちに、みごとにこしらえられたお化けの面を見つけた。狐はそれを前足に取り上げて言った。「なんとりっぱな頭だろう! それなのに、脳みそが入っていないとは。」
これは、体つきは堂々としていながら、魂は思慮を欠いた人たちに向けた話である。
第44話 神々について言い争う二人の男
二人の男が、神々のうちではテセウスとヘラクレスのどちらが偉大かをめぐって言い争っていた。すると神々は二人に腹を立て、それぞれが相手の神の国に報復を加えた。
この話は、配下の者たちの争いは、主人たちを臣下に対して怒りっぽくさせるということを教えている。
第45話 人殺し
ある男が人を殺し、殺された者の親族に追われていた。ナイル川のほとりまで来たところで狼に出くわし、恐ろしくなって、川辺に立つ木によじ登って隠れた。ところが今度は、そこで大蛇が自分めがけて鎌首をもたげるのを見て、川へ身を投げた。すると川の中では、ワニが男を食らってしまった。
この話は、血の穢れを負った人間には、大地も空も水も、いずれの世界も安全ではないということを教えている。
第46話 できないことを約束する男
貧しい男が病の床につき、容態が悪くなって医者たちにも見放されると、神々に祈って、もし起き上がることができたなら、百頭の牛のいけにえを捧げ、奉納物も納めますと約束した。ちょうどそばに付き添っていた妻が「その払いは、いったいどこから出すのです?」と尋ねると、男は言った。「おまえは、わたしが起き上がって、神々にその取り立てまでされると思っているのかい。」
この話は、人間は、実際に果たすことになるとは思ってもいないことこそ、たやすく約束するものだということを教えている。
第47話 臆病な男とワタリガラス
臆病な男が戦に出かけて行った。ワタリガラスが鳴くと、男は武器を置いてじっと動かずにいたが、やがてまた武器を取り上げて出発した。ふたたび鳴き声がすると、男は立ち止まり、しまいにこう言った。「おまえたちは、せいぜい力の限り大声で鳴くがいい。だが、わたしの肉を味わうことはできないぞ。」
これは、ひどく臆病な人たちについての話である。
第48話 アリにかまれた男とヘルメス
あるとき、船が乗組員もろとも海に沈むのを見た男が、神々の裁きは不正だと言い立てた。不敬な者がひとり乗っていたために、罪のない人々までもろともに滅んだからだ、というのである。男がそう語っていると、立っていた場所にはたくさんのアリがいて、男はその一匹にかまれてしまった。すると男は、一匹にかまれただけなのに、アリをことごとく踏みつぶした。そこへヘルメスが立ち現れ、杖で男を打って言った。「おまえがアリの裁き手であるのと同じように、神々が人間の裁き手であることを、おまえは認めないのか?」
この話は、災難が降りかかったときに神を謗ってはならず、むしろ自分自身の過ちを顧みるべきだということを教えている。
第49話 夫と気むずかしい妻
家の者みなに対してひどく気むずかしい性分の妻を持つ男が、妻は父の家の使用人たちにも同じようにふるまうのだろうかと知りたくなり、もっともらしい口実を設けて妻を父親のもとへ送り出した。数日たって妻が帰ってくると、男は、向こうの者たちにどう迎えられたかと尋ねた。妻が「牛飼いと羊飼いたちは、わたしを白い目で見ました」と答えると、男は言った。「なあ、おまえ。夜明けに群れを追って出て行き、日が暮れてから戻る者たちにさえ嫌われたのなら、一日じゅうともに過ごした者たちにどう思われていたかは、推して知るべしだろう。」
同じように、小さな事柄から大きな事柄が、明らかな事柄から隠れた事柄が知られることは多いのである。
第50話 悪だくみをする男
悪だくみをする男が、ある者を相手に、デルポイの神託が偽りであることを証明してみせると約束を交わした。約束の日が来ると、男は雀を一羽、手の中に握って上着で覆い隠し、神殿へやって来ると、正面に立って、手の中に持っているものは息のあるものか、それとも命のないものか、と尋ねた。神が「命のないもの」と言えば生きた雀を見せ、「息のあるもの」と言えば絞め殺してから差し出すつもりだったのである。しかし神はその悪賢いたくらみを見抜いて言った。「おい、おまえ、もうやめておけ。おまえの持っているものが死んでいるか生きているかは、おまえしだいなのだから。」
この話は、神を出し抜くことはできないということを教えている。
第51話 ほら吹きの男
五種競技の選手が、意気地なしだといって、ことあるごとに市民たちからそしられていた。あるとき男はよそへ出かけ、しばらくして帰ってくると、ほらを吹いて言った。ほかの町々でも数々の勇ましい手柄を立てたが、とりわけロドスでは、オリュンピア競技の勝者の誰も及ばないほどの大跳躍をしてのけた。その場に居合わせた者たちが、いつかこの町へ来ることがあれば、証人として立ててみせよう、と。すると、そこにいた一人が口をはさんで言った。「おい、あんた。それが本当なら、証人などいらないだろう。ロドスも跳躍も、ここにあるのだから。」
この話は、行いでたやすく証明できる事柄については、どんな言葉も余計だということを教えている。
第52話 白髪まじりの男と愛人たち
白髪まじりの男に二人の愛人がいて、一人は若く、もう一人は年増だった。年かさの女は、自分より若い男と親しむのを恥じて、男が訪ねてくるたびに、その黒い髪を抜き続けた。若いほうの女は、年寄りの恋人を持つのがきまり悪くて、男の白い髪を抜いた。こうして男は、二人からかわるがわる髪を抜かれて、とうとうはげ頭になってしまった。
同じように、釣り合いを欠いたものは、どこにあっても害をもたらすのである。
第53話 難破した男
アテナイの裕福な男が、ほかの人々とともに船旅をしていた。激しい嵐が起こって船が転覆すると、ほかの者はみな泳いで逃れようとしたが、アテナイの男だけは、事あるごとにアテナに呼びかけては、助かった暁には数えきれないほどの捧げ物をしますと約束していた。すると、ともに難破した者の一人が泳ぎ寄って言った。「アテナに祈るなら、おまえも手を動かせ。」
それゆえ、わたしたちも、神々に助けを祈り求めるとともに、自分でも自分のために思案して行動しなければならない。
自ら力を尽くしたうえで神々の好意にあずかるほうが、自分を顧みないまま神頼みで救われようと望むよりも、望ましいのである。
災難に陥った者は、まず自分でも自分のために労苦を惜しまず、そのうえで神に助けを求めるべきである。
第54話 目の見えない男
目の見えない男は、手に載せられた動物にさわっては、それがどんな動物かを言い当てるのを常としていた。あるとき狼の子を手渡されると、なでまわしたうえで判じかねて言った。「狼の子か、狐の子か、それともその類いの獣の生まれか、わたしには分からない。だが、これだけははっきりと分かる。この動物は、羊の群れに連れて入ってよいものではない。」
同じように、邪悪な者の性分は、その体からおのずと現れることが多いのである。
第55話 ぺてん師
貧しい男が病の床につき、容態も悪かったので、もし救ってくださったなら牛を百頭捧げますと神々に誓った。神々は男を試してみようと、たちどころに回復させてやった。起き上がった男は、本物の牛の持ち合わせがなかったので、獣脂で牛を百頭こしらえ、祭壇の上で焼いて言った。「神々よ、これで誓いの捧げ物をお受け取りください。」すると神々は、今度はこちらが男を欺き返してやろうと、夢を送って、浜辺へ行くように勧めた。そこへ行けば千ドラクマが見つかるだろう、と。男は大喜びで浜辺へ駆けつけた。ところがそこで海賊の手に落ちてさらわれ、彼らに売り飛ばされて、千ドラクマの値がついたのだった。
これは、嘘をつく人に向けた話である。
第56話 炭焼きと洗濯屋
炭焼きが、ある家に住んで仕事をしていたが、洗濯屋が近くに越してきたのを見ると、出向いて行って、一緒に住まないかと持ちかけた。そのほうがお互いにもっと親しくなれるし、一つの住まいで暮らせば費えも安くあがる、と説いたのである。すると洗濯屋が答えて言った。「いや、わたしにはまったく無理な相談だ。わたしが白くしたものを、あなたが煤で黒くしてしまうのだから。」
この話は、性質の異なるものどうしは相容れないということを教えている。
第57話 人間とゼウス
言い伝えによれば、はじめに動物たちが形づくられ、神からそれぞれに、あるものには力が、あるものには速さが、あるものには翼が授けられた。ところが人間は、裸のまま立ちつくして言った。「わたしだけを、恵みもなしに置き去りにされたのですね。」するとゼウスが言った。「おまえは授かり物に気づいていない。最大のものを手にしているというのに。おまえは言葉を授かったのだ。言葉は神々のもとでも人間たちのもとでも力を持ち、力ある者よりも力強く、最も速い者よりも速い。」そこで人間は贈り物のありがたさを悟り、ひれ伏して感謝を捧げてから立ち去った。
この話は、すべての人が神から言葉という栄誉を授かっているのに、なかにはその栄誉に気づかず、むしろ感覚も言葉も持たない動物たちをうらやむ者がいるということを教えている。
第58話 人間と狐
ある男が、狐に害をなされたといって恨みに思い、捕らえたうえで、存分に懲らしめてやろうと、油に浸した麻くずを尾に結びつけて火を放った。ところが神霊はその狐を、火をつけた男自身の畑へと導いた。折しも刈り入れどきであった。男は後を追いながら泣き嘆いた。収穫は何ひとつ得られなかったのである。
この話は、穏やかであるべきで、度を越して怒ってはならないということを教えている。怒りっぽい者には、怒りがもとで大きな損害が生じることが多いからである。
第59話 連れ立って旅する人間とライオン
あるとき、ライオンが人間と連れ立って旅をしていた。道中、たがいに言葉で自慢し合った。すると道の途中に、人間がライオンを絞め殺すさまを刻んだ石の碑が立っていた。男はそれをライオンに指し示して言った。「見ろ、われわれのほうがおまえたちより強いのが分かるだろう。」するとライオンは、かすかに笑って言った。「もしライオンが彫ることを知っていたなら、ライオンの下に組み敷かれた人間を、いくらも見られただろうよ。」
この話は、口では勇敢で豪胆だと誇っていても、実地に試されると正体を暴かれる者が多いということを教えている。
第60話 人間とサテュロス
あるとき人間が、サテュロスと友情の契りを結んだと言われている。やがて冬が訪れて寒さが来ると、人間は両手を口もとに寄せて息を吹きかけた。サテュロスがそのわけを尋ねると、寒さで冷えた手を温めているのだと答えた。その後、二人の前に食卓が調えられ、料理がひどく熱かったので、人間は少しずつ取り上げては口もとに運び、息を吹きかけた。サテュロスがまた、何をしているのかと尋ねると、料理が熱すぎるので冷ましているのだと言った。するとサテュロスは男に言った。「おい、おまえとの友情はこれきりお断りだ。同じ口から、熱いものも冷たいものも吐き出すのだからな。」
それゆえ、わたしたちもまた、心の定まらない者との友情は避けねばならない。
第61話 神像を打ち砕いた男
ある男が木でできた神像を持っていて、貧しかったので、恵みを与えてくださいと懇願していた。だが、そうしているのにいっそう貧乏になっていくばかりなので、腹を立て、像の脚をつかんで壁に叩きつけた。すると頭がたちまち砕けて、中から黄金が流れ出た。男はそれをかき集めて叫んだ。「おまえは、どうやらひねくれ者の恩知らずだな。敬っていたときには何の役にも立ってくれなかったのに、打ちすえたら、たくさんの良い物で報いてくれたのだから。」
この話は、邪悪な人間は敬っても自分の得にはならず、打ちすえたほうがよほど得をする、ということを教えている。
第62話 黄金のライオンを見つけた男
臆病な守銭奴が、黄金のライオンを見つけて言った。「この成り行きの中で、自分がどうなってしまうのか分からない。気が動転して、どうすればよいのかも分からない。金銭欲と、生まれつきの臆病さとが、わたしを引き裂くのだ。黄金のライオンなど、いったいどんな運命が、どんな神霊がこしらえたのか。わたしの魂は、目の前のものを巡って、おのれ自身と戦っている。黄金は愛おしいが、その黄金の細工された姿が恐ろしい。欲望はつかめと駆り立て、性分は控えろと引き止める。ああ、与えておきながら、取ることを許してくれない運命よ。ああ、喜びをもたらさない宝よ。ああ、恵みであることをやめた神の恵みよ。さて、どうしたものか? どんな方法を使おうか? どんな策に頼ろうか? よし、行って召使いたちをここへ連れてこよう。あれを取るのは、あの大勢の加勢に任せるべき仕事だ。わたしは遠くから見物していよう。」
この話は、富に手を触れて使う勇気のない金持ちに当てはまる。
第63話 熊と狐
熊が、自分は人間思いだ、なにしろ死んだ体は食べないのだから、と大いに自慢していた。狐がそれに向かって言った。「おまえが引き裂くのが死んだ者で、生きている者でなければよいのに。」
この話は、偽善と虚栄の中に生きる強欲な者たちを暴くものである。
第64話 耕す人と狼
耕す男が牛の軛を外し、水を飲ませに連れて行った。すると、飢えて食べ物を探していた狼が鋤に行き当たり、はじめは雄牛の軛の首当てをなめまわしていたが、知らぬ間に少しずつ首を差し入れてしまい、引き抜けなくなって、畑の上を鋤ごと引きずって歩いた。戻ってきた男はその姿を見て言った。「ああ、この悪党め、いっそ略奪も悪事も捨てて、畑仕事に身を入れるようになってくれればよいのだが。」
同じように、悪人は、たとえ善良さを口にしても、その性分のせいで信用されない。
第65話 天文学者
天文学者には、夕方になるたびに外へ出て星を観察する習慣があった。あるとき、町はずれを歩き回りながら、心をすっかり天に向けていたので、気づかずに井戸へ落ちてしまった。彼が嘆いて叫んでいると、通りかかった人がそのうめき声を聞きつけ、近寄って事の次第を知り、こう言った。「おい、あんたは天にあるものを見ようとして、地上にあるものが見えないのか?」
この話は、人並みのことさえ果たせないのに、途方もない大言を吐く人々に対して用いることができよう。
第66話 王を求めるカエルたち
カエルたちは、自分たちに支配者がいないことを嘆き、ゼウスのもとへ使者を送って、王を授けてくださいと頼んだ。ゼウスは彼らの単純さを見て取り、丸太を一本、池に投げ落とした。カエルたちは、はじめこそその水音に肝をつぶして池の底深く潜り込んだが、やがて丸太がまるで動かないので浮かび上がり、しまいには、その上に乗って座り込むほど見くびるようになった。そして、こんな王をいただくのは心外だと、二度目にゼウスのもとへ赴き、支配者を取り替えてほしいと願った。最初の王はあまりにも鈍すぎる、というのである。そこでゼウスは彼らに腹を立て、水蛇を送り込んだ。カエルたちはこれに捕らえられ、食われていった。
この話は、支配者を持つなら、騒ぎを起こす悪党よりも、鈍くても邪悪でない者のほうがましだ、ということを教えている。
第67話 隣り合ったカエル
二匹のカエルが隣り合って暮らしていた。一匹は道から遠く離れた深い池に、もう一匹は道の上のわずかな水たまりに住んでいた。池のカエルは、もっと良い、もっと安全な暮らしを分かち合えるから、自分のところへ移ってこいと勧めたが、相手は、住み慣れた場所から離れがたいと言って聞き入れなかった。そしてとうとう、そこを通りかかった荷車に押しつぶされてしまった。
同じように、人間でも、くだらない営みにかまけている者は、より良いものに向かう前に滅びてしまう。
第68話 池のカエル
二匹のカエルが池に住んでいた。夏になって池が干上がったので、そこを捨てて別の住みかを探しに出た。やがて二匹は深い井戸に行き当たった。それを見て、一匹がもう一匹に言った。「なあ、一緒にこの井戸へ降りようじゃないか。」相手は答えて言った。「だが、ここの水まで干上がったら、どうやって上がるんだ?」
この話は、深く考えもせずに物事に取りかかってはならない、ということを教えている。
第69話 医者のカエルと狐
あるとき、池にいたカエルが、動物たちみなに向かって声を張り上げた。「わたしは医者で、薬というものを知り尽くしている。」これを聞いた狐が言った。「自分の足が悪いのも治せないで、どうして他人を救えるというのだ?」
この話は、学問を修めていない者に、どうして他人を教育することができようか、ということを教えている。
第70話 牛と車軸
牛たちが荷車を引いていた。車軸がきしむので、牛たちは振り返り、車軸に向かって言った。「おい、重みをすっかり担いでいるのはわたしたちなのに、おまえが悲鳴を上げるのか?」
同じように、人間の中にも、苦労しているのは他人なのに、自分が参っているふりをする者がいる。
第71話 三頭の牛とライオン
三頭の牛が、いつも一緒に草を食んでいた。ライオンは食ってやろうと狙っていたが、彼らの結束のために手が出せなかった。そこで陰険な言葉で仲を裂いて互いを引き離し、一頭ずつ孤立したところを見つけては、食らい尽くしてしまった。
何よりも危険なく生きたいと望むなら、敵は信用するな。そして友は信頼し、大切に守ることだ。
第72話 牛追いとヘラクレス
牛追いが荷車を村へと進めていた。荷車が深い谷底へ落ち込むと、手を貸さなければならないのに、男は何もせず立ちつくして、あらゆる神々のうちでただヘラクレスにだけ祈った。日ごろから特に篤く敬っている神だったからである。すると、ヘラクレス自身が現れて言った。「車輪に手をかけ、牛に突き棒を当てよ。神々に祈るのは、自分でも何かをしているときにせよ。さもなければ、祈っても無駄だぞ。」
第73話 北風と太陽
北風と太陽が、どちらが強いかを争っていた。そこで、旅する人の衣服を脱がせたほうに勝ちを与えることに決めた。まず北風が激しく吹きつけた。旅人が衣服をしっかり押さえると、なおいっそう吹きかかった。旅人は寒さにますます苦しめられ、さらに余分の着物を重ねた。とうとう北風は疲れ果てて、旅人を太陽に引き渡した。太陽は、はじめは穏やかに照らした。やがて旅人が余計な上着を脱ぎはじめると、さらに強く熱を浴びせた。ついに旅人は暑さに耐えかねて、衣服を脱ぎ捨て、かたわらを流れる川へ水浴びに行った。
この話は、説得はしばしば力ずくよりも効き目がある、ということを教えている。
第74話 牛飼いとライオン
牛飼いが雄牛の群れを放牧していて、子牛を一頭見失った。方々を歩き回っても見つからないので、盗人を見つけたら子山羊を一頭お供えします、とゼウスに誓った。ところが、ある森に入って、ライオンが子牛を食らっているのを目にすると、すっかり怯えて、両手を天に差し上げて言った。「ゼウス様、先には、盗人を見つけたら子山羊をお供えすると誓いました。ですが今は、あの盗人の手から逃げおおせたなら、雄牛をお供えいたします。」
この話は、困っているときには見つかるよう祈り、いざ見つかると今度は逃れたいと願う、不運な人たちについて語られるものである。
第75話 小鳥とコウモリ
小鳥が籠に入れられて窓辺に吊るされ、夜になると歌っていた。コウモリが遠くからその声を聞き、近寄ってきて、昼間は黙っているのに夜には歌うわけを尋ねた。小鳥が、これにはわけがあるのだ、昔、昼間に歌っていて捕まったので、あれから用心を覚えたのだ、と言うと、コウモリは言った。「だが、用心すべきだったのは、もう何の役にも立たない今ではなく、捕まってしまう前なのだ。」
この話は、不運に見舞われたあとの後悔は役に立たない、ということを教えている。
第76話 イタチとアプロディーテー
イタチが美しい若者に恋をして、わたしを女に変えてくださいとアプロディーテーに祈った。女神はその恋心を憐れみ、イタチを姿の美しい娘に作り変えた。すると若者はその娘を見て恋に落ち、自分の家へと連れ帰った。二人が寝間に座っているとき、アプロディーテーは、体を変えたイタチが性分まで変えたのかどうかを知ろうと、部屋の真ん中へネズミを一匹放した。娘は自分の今の身の上を忘れて寝床から立ち上がり、食べようとネズミを追いかけた。女神はこれに腹を立て、娘をふたたび元の姿に戻してしまった。
同じように、生まれつき邪悪な人間は、たとえ姿かたちを変えても、性根までは変わらない。
第77話 イタチとやすり
イタチが鍛冶屋の仕事場に入り込み、そこに置いてあったやすりをなめまわした。すると舌が擦り減って、血がたくさん流れ出た。それでもイタチは、鉄から何かを削り取れているのだと思い込んで喜んでいたが、しまいには舌をすっかり失ってしまった。
この話は、争いに夢中になって自分自身を傷つける者たちに向けて語られている。
第78話 老人と死
ある老人が薪を切り、それを担いで長い道のりを歩いていた。道中の疲れのあまり、荷を下ろして死を呼び求めた。すると死が現れて、どういうわけで自分を呼ぶのかと尋ねたので、老人は言った。「この荷を担ぎ上げてもらうためだ。」
この話は、人間は誰でも、たとえ不遇な身の上でも命を惜しむものだ、ということを教えている。
第79話 農夫と鷲
農夫が、罠にかかった鷲を見つけ、その美しさに心を打たれて、放して自由にしてやった。鷲のほうも、恩を忘れない姿を見せた。農夫が崩れかけた塀の下に座っているのを見ると、飛びかかって、頭に巻いていた布を足でさらっていったのである。農夫は立ち上がって追いかけた。すると鷲はその布を落とした。農夫が布を拾って引き返してみると、さっきまで座っていた場所の塀は崩れ落ちていた。農夫はこの恩返しに驚嘆した。
人から何か良いことをしてもらった者は、恩に報いなければならない。良い行いをすれば、その報いはおまえにも返ってくるのだから。
第80話 農夫と犬
農夫が嵐のせいで農場に閉じ込められ、外へ出て食糧を手に入れることができなくなったので、まず羊を食べた。嵐がなおも続くと、山羊まで食らってしまった。三度目には、いっこうに天候が緩まないので、畑を耕す牛にまで手を伸ばした。犬たちはその成り行きを見て、互いに言い合った。「わたしたちはここを立ち去らねばならない。ご主人は、ともに働く牛さえ容赦しなかったのだから、どうしてわたしたちを容赦してくれようか?」
この話は、身内への不正さえ思いとどまらない者にこそ、最も用心しなければならない、ということを教えている。
第81話 農夫と息子を殺したヘビ
ヘビが這い寄って、農夫の息子をかみ殺した。農夫はこれをひどく嘆き、斧を手に取ってヘビの巣穴へ行き、出てきたところをすぐさま打ち殺そうと、見張って立っていた。ヘビが頭をのぞかせると、農夫は斧を振り下ろしたが、狙いは外れ、そばにあった岩を断ち割ってしまった。その後、農夫は後難を恐れて、仲直りしてほしいとヘビに頼んだ。するとヘビは言った。「傷の刻まれた岩を見るかぎり、わたしはお前に好意を持てないし、息子の墓を目にするかぎり、お前もわたしに好意を持てはしないのだ」
この話は、大きな憎しみは容易には和解に至らないということを教えている。
第82話 農夫と寒さに凍えたヘビ
ある農夫が冬のさなか、寒さで凍えてこわばったヘビを見つけ、かわいそうに思って拾い上げ、ふところに入れた。ヘビは温まって本来の性質を取り戻すと、恩人にかみついて殺してしまった。農夫は死にぎわに言った。「悪者をあわれんだのだから、この報いは当然だ」
この話は、どれほど手厚い情けをかけられても、邪悪な性根は変わらないということを教えている。
第83話 農夫とその息子たち
死期の迫った農夫が、息子たちに農作業の経験を積ませてやりたいと思い、彼らを呼び寄せて言った。「息子たちよ、わたしはもうこの世を去っていく。だがお前たちは、ぶどう畑に隠しておいたものを探せば、すべてを見つけられるだろう」息子たちは、どこかに宝が埋めてあるものと思い込み、父の死後、ぶどう畑の土を残らず掘り返した。宝は見つからなかったが、よく掘り起こされたぶどう畑は、何倍もの実りを返してくれた。
この話は、労苦こそが人間にとっての宝だということを教えている。
第84話 農夫と運命の女神
ある農夫が土を掘っていて、黄金を掘り当てた。そこで、大地の女神から恵みを受けたのだと思い、毎日、大地に花冠を捧げていた。すると運命の女神が現れて言った。「これ、お前。どうしてわたしの贈り物を大地のおかげにするのか。それはお前を富ませてやろうと、このわたしが与えたものなのに。時運が変わって、その黄金がほかの人の手に渡ることにでもなれば、そのときお前は、きっとこのわたし、運命の女神を責めるのだから」
この話は、恩人が誰であるかをわきまえ、その人に感謝を返すべきだということを教えている。
第85話 農夫と木
ある農夫の畑に一本の木があった。実はならず、ただ、さえずるスズメやセミたちの逃げ場になっているだけだった。農夫は実のならない木として切り倒すつもりになり、斧を手に取って一撃を加えた。セミやスズメたちは、自分たちの逃げ場を切り倒さず、残しておいてほしい、そうすればこの木の上で歌って、農夫のあなたを楽しませてあげるから、と懇願した。だが農夫は少しも心にかけず、二撃、三撃と打ち込んだ。やがて木のうろまで穴を開けると、そこにミツバチの群れと蜜を見つけた。農夫は蜜を口にするなり斧を投げ捨て、その木を神聖なものとしてあがめ、大切に世話をするようになった。
人間は生まれつき正義を愛し尊ぶというよりも、むしろ利益を追い求めるものなのである。
第86話 仲たがいする農夫の息子たち
農夫の息子たちが仲たがいばかりしていた。父は、いくら言い聞かせても言葉では改めさせることができなかったので、行いによって示すほかないと悟り、棒の束を持ってくるように言いつけた。息子たちが言われたとおりにすると、父はまず束ねたままの棒を渡して、へし折るように命じた。息子たちは力の限り試みたが、折ることができなかった。そこで父は今度は束を解き、一本ずつ渡した。息子たちがたやすく折ってしまうと、父は言った。「息子たちよ、お前たちも同じことだ。心を一つにしていれば、敵に討ち取られることはない。だが仲たがいをすれば、たやすくやられてしまうのだ」
この話は、仲たがいが打ち負かされやすいのと同じだけ、和合は強いということを教えている。
第87話 老婆と医者
目を病んだ老婆が、報酬を約束して医者を呼んだ。医者は通ってきて目に薬を塗るたびに、老婆が目を閉じている間、家財道具を一つまた一つと盗み出していった。すべてを運び出したうえで治療をすませると、医者は取り決めた報酬を要求した。老婆が払おうとしないので、医者は彼女を役人たちの前へ引き立てた。老婆は、視力を治してくれたら報酬を払うという約束だったのに、いまでは彼の治療のせいで、かえって前より悪くなったのだと申し立てた。「以前は家じゅうの道具が何もかも見えていたのに、いまは何ひとつ見ることができないのですから」
同じように、邪悪な人間は、欲深さのために、知らず知らずのうちに、おのれを罪に落とす証拠をみずから招き寄せるのである。
第88話 女と大酒飲みの夫
ある女に大酒飲みの夫がいた。女はこの悪癖から夫を立ち直らせようと、こんな策を考え出した。夫が酒に酔いつぶれ、死人のように何も感じなくなっているのを見すますと、肩にかつぎ上げて共同墓所へ運んで横たえ、その場を立ち去った。そろそろ酔いがさめたころだと見はからってから、女は戻って墓所の戸を叩いた。夫が「戸を叩くのは誰だ?」と言うと、女は答えた。「死者たちに食べ物を届ける者です」すると夫は言った。「なあ、あんた、食べ物より、むしろ飲み物を持ってきてくれ。食べることばかり口にして、飲むことを言わないのは、つらくてかなわない」女は胸を打ち叩いて言った。「ああ、なんて情けない。せっかくの策も、何の役にも立たなかった。あなたは懲りるどころか、前よりひどくなってしまった。悪癖がすっかり性分になってしまったのだから」
この話は、悪い行いにいつまでも浸っていてはならないということを教えている。望むと望まざるとにかかわらず、習慣が人にのしかかってくるときが来るのだから。
第89話 女と侍女たち
働き者のやもめ女が侍女たちを使っており、いつも雄鶏が鳴くと、まだ夜のうちから侍女たちを仕事に起こしていた。絶え間ない労働に疲れ果てた侍女たちは、家の雄鶏を絞め殺してしまおうと決めた。夜中に女主人を起こすあの雄鶏こそ、災いのもとだと考えたのである。ところが、それを実行すると、いっそうひどい難儀に見舞われることになった。女主人は雄鶏の告げる刻限が分からなくなり、もっと夜の深いうちから侍女たちを仕事に起こすようになったのである。
同じように、多くの人にとって、自分自身のたくらみが災いのもとになる。
第90話 女と雌鶏
あるやもめ女が、毎日一つずつ卵を産んでくれる雌鶏を飼っていた。大麦を多めにやれば一日に二度産むようになるだろうと考えて、そのとおりにした。ところが雌鶏は太ってしまい、一日に一度すら産めなくなった。
この話は、欲に駆られてより多くを望む者は、手もとにあるものまで失うということを教えている。
第91話 女まじない師
まじないの文句を唱え、神々の怒りを鎮めてみせると触れ込む女まじない師がいて、数多くの祈祷を行い、それで少なからぬ暮らしを立てていた。そのかどで、神事に新奇なことを持ち込む者だとして彼女を告発する人々が現れ、法廷に引き出して罪を訴え、死刑の判決を受けさせた。裁判所から引かれていく彼女を見て、ある人が言った。「おい、あんたは神々の怒りをそらしてみせると触れ込んでいたのに、どうして人間ひとり説き伏せることさえできなかったのだ?」
この話は、大きなことを請け合いながら、ささいなことでは無力だと露見する、人をたぶらかす女に当てはまる。
第92話 子牛と牛
子牛が、働いている牛を見て、その骨折りを気の毒がっていた。やがて祭りの日が来ると、人々は牛をくびきから解いてやり、子牛の方を捕らえて、屠ろうとした。それを見た牛はほほえんで、子牛に言った。「子牛よ、お前が働かずにいられたのは、このためだったのだ。もうすぐ、いけにえにされることになっていたからだ」
この話は、怠けている者には危険が待ち受けているということを教えている。
第93話 臆病な猟師ときこり
ある猟師がライオンの足跡を探していた。きこりに向かって、ライオンの足跡を見なかったか、ねぐらはどこかと尋ねると、きこりは言った。「なら、ライオンそのものを、いますぐ見せてやろう」猟師は恐ろしさに青ざめ、歯をがちがち鳴らしながら言った。「探しているのは足跡だけだ。ライオンそのものではない」
この話は、言葉では大胆でも行いはそうでない、強がりの臆病者を暴くものである。
第94話 子豚と羊
羊の群れに一匹の子豚が入り込んで、草を食んでいた。あるとき羊飼いが子豚を捕まえると、子豚は鳴きわめいて抵抗した。羊たちが、その鳴き立てぶりをとがめて、「わたしたちはしょっちゅう捕まえられるけれど、鳴いたりはしない」と言うと、子豚は答えた。「だが、あんたたちが捕まるのと、おれが捕まるのとでは訳が違う。羊飼いがあんたたちを捕まえるのは毛のためか乳のためだが、おれを捕まえるのは肉のためなのだ」
この話は、財産ではなく命が危うくなっている者が泣き叫ぶのは、もっともなことだと教えている。
第95話 イルカとクジラとハゼ
イルカとクジラが争い合っていた。争いが長引いて激しさを増したころ、ハゼという小さな魚が浮かび上がってきて、両者の仲を取りもとうとした。するとイルカの一頭がさえぎって言った。「お前に仲裁してもらうくらいなら、戦い合って共倒れになる方が、まだ我慢がなるというものだ」
同じように、何の値打ちもない人間でも、世の混乱に乗じれば、ひとかどの者に見えるものである。
第96話 弁論家デマデス
弁論家デマデスが、あるときアテナイで演説していたが、人々がいっこうに耳を傾けてくれないので、イソップの寓話を話させてほしいと頼んだ。人々が承知すると、デマデスは語り始めた。「デメテルとツバメとウナギが、同じ道を旅していた。やがて、ある川のほとりにさしかかると、ツバメは飛び立ち、ウナギは水にもぐった」そこまで言うと、デマデスは口をつぐんだ。人々が「それで、デメテルはどうなったのだ?」と尋ねると、彼は言った。「デメテルはあなたがたに腹を立てておられる。国の大事をほうっておいて、イソップの寓話にかじりついているのだから」
同じように、必要なことをなおざりにして、楽しみの方を選びたがる者は、思慮のない人間である。
第97話 ディオゲネスとはげ頭の男
犬儒派の哲学者ディオゲネスが、はげ頭の男にののしられて言った。「わたしはののしり返しはしない。とんでもないことだ。むしろ、その髪の毛をほめてやろう。たちの悪い頭蓋から、よくぞ逃げ出したものだ」
第98話 旅するディオゲネス
「犬」と呼ばれたディオゲネスが旅の途中、増水した川にさしかかり、渡り口に立ちすくんで途方に暮れていた。すると、日ごろから人をかついで川を渡している男のひとりが、困りはてたディオゲネスを見て歩み寄り、かつぎ上げて、親切に向こう岸まで渡してくれた。ディオゲネスはたたずんで、恩人に報いることもできないおのれの貧乏を嘆いていた。彼がまだそんなことを思いめぐらしているうちに、男は、別の旅人が渡れずにいるのを見つけると、駆け寄って、その男も渡してやった。そこでディオゲネスは男に歩み寄って言った。「さっきのことは、もうありがたいとは思わない。あなたがしているのは、分別からではなく、病癖からなのだと分かったからだ」
この話は、立派な人ばかりか、値しない者にまで恩恵を施す人は、恩人としての誉れではなく、むしろ無分別のそしりを受けるということを教えている。
第99話 樫の木とゼウス
樫の木たちがゼウスに向かって不平を言った。「わたしたちは、生きていてもかいがありません。どの草木にもまして、力ずくで切り倒される目にあうのですから」するとゼウスが言った。「その災難の種をまいているのは、お前たち自身なのだ。お前たちが斧の柄を生み出さず、大工仕事や農作業の役に立ちさえしなければ、斧に切り倒されることもあるまいに」
自分から災いの種をまいておきながら、その責めを愚かにも神に負わせる者がいる。
第100話 きこりと松
きこりたちが一本の松を割っていた。松から作ったくさびを使うと、たやすく割ることができた。松は言った。「わたしを切った斧よりも、わたしから生まれたくさびの方が、ずっと恨めしい」
ひどい目にあわされるにしても、他人の手にかかるのは、身内の手にかかるほどには恐ろしくないのである。
第101話 モミと茨
モミの木と茨が互いに言い争っていた。モミは自分を誇って言った。「私は美しく、すらりとして背が高く、神殿の屋根にも船にも役立つ。おまえがどうして私と比べられようか?」すると茨は言った。「おまえを切り倒す斧や鋸のことを思い出してみるがいい。おまえだって、茨になっていたほうがよかったと思うようになるだろうよ。」
生きているうちは、名声を鼻にかけて思い上がってはならない。つまらない者の暮らしには危険がないのだから。
第102話 泉のほとりの鹿とライオン
喉の渇きに苦しむ鹿が、ある泉にやって来た。水を飲むと、水面に映った自分の姿が目に入り、角についてはその大きさと枝ぶりの見事さを誇らしく思ったが、脚については細くて弱々しいとひどく嘆いた。鹿がまだ思いにふけっているところへ、ライオンが現れて追いかけてきた。鹿は逃げに転じて、ライオンを大きく引き離した。鹿の力は脚にあり、ライオンの力は心臓にあるからである。平地が開けているあいだは、鹿は先を駆けて無事だったが、木の茂った場所にさしかかると、角が枝にからまって走れなくなり、捕えられてしまった。殺されようとするとき、鹿は自分に向かって言った。「私はなんと惨めなのだろう。裏切るだろうと思っていたものに救われ、固く頼みにしていたもののせいで滅びるのだから。」
同じように、危険の中では、疑わしく思われていた友が救い手となり、深く信頼されていた友が裏切り者となることがしばしばある。
第103話 鹿と葡萄の木
鹿が狩人たちから逃げて、葡萄の木の陰に隠れた。狩人たちが少し行き過ぎると、鹿はもうすっかり隠れおおせたと思い、葡萄の葉を食べ始めた。その葉が揺れたので、狩人たちは振り返り、実際そのとおりだったのだが、葉の下に何か動物が隠れていると考えて、矢を射かけて鹿を仕留めた。死にぎわに鹿はこう言った。「当然の報いだ。私を救ってくれたものを傷つけるべきではなかったのだ。」
この話は、恩人に害をなす者は神に罰せられるということを教えている。
第104話 鹿と洞窟のライオン
鹿が狩人たちから逃げるうちに、ライオンのいる洞窟のそばまで来て、身を隠そうとその中へ入った。そしてライオンに捕えられ、殺されようとするとき、こう言った。「なんと不運な身の上だろう。人間から逃げながら、自分から獣の手に身を委ねてしまうとは。」
同じように、人間の中にも、より小さなものへの恐れから、より大きな危険に自分から飛び込む者がいる。
第105話 片目の見えない鹿
片方の目が見えなくなった鹿が、ある海辺にやって来て、そこで草を食んでいた。無事なほうの目は陸に向けて狩人たちの襲来を見張り、見えないほうの目は海に向けていた。そちらからは何の危険も来ないと思っていたのである。ところが、その場所を船で通りかかった者たちが鹿を見つけ、狙いたがわず射止めた。息絶えようとするとき、鹿は自分に向かって言った。「ああ、私はなんと哀れなのだろう。陸を危険なものと警戒していたのに、逃げ場と頼った海のほうが、はるかに恐ろしかったとは。」
同じように、私たちの思い込みに反して、困難と思われる事柄が有益だと分かり、安全と思われる事柄が危ういと分かることは、しばしばある。
第106話 屋根の上の子山羊と狼
子山羊が屋根の上に立っていて、狼が通り過ぎるのを見ると、悪口を浴びせてあざけった。すると狼は言った。「おい、おまえ。私をあざけっているのはおまえではなく、その場所なのだ。」
この話は、場所と時機が、しばしば自分よりすぐれた者に歯向かう大胆さを与えるということを教えている。
第107話 子山羊と笛を吹く狼
群れに遅れた子山羊が、狼に追いかけられていた。子山羊は振り向いて狼に言った。「狼さん、私があなたの餌食になることは分かっています。ただ、誉れもなく死にたくはないので、笛を吹いてください。私はそれに合わせて踊りますから。」狼が笛を吹き、子山羊が踊っていると、犬たちがそれを聞きつけ、飛び出してきて狼を追いかけた。狼は振り返って子山羊に言った。「こんな目に遭うのも当然だ。肉屋の身でありながら、笛吹きの真似などするべきではなかったのだ。」
同じように、時宜にかなわないことをする者は、手の中にあるものまで取り逃がす。
第108話 ヘルメスと彫刻師
ヘルメスは、自分が人間たちのあいだでどれほど重んじられているかを知りたくなり、人間の姿に身を変えて、ある彫刻師の仕事場を訪れた。そしてゼウスの像を見て、いくらかと尋ねた。彫刻師が一ドラクマだと答えると、ヘルメスは笑って、ではヘラの像はいくらかと尋ねた。それより高いと言うので、今度は自分の像が目にとまり、自分は神々の使者であり、もうけをもたらす神でもあるのだから、人間たちはさぞ自分を重んじているだろうと考えた。そこでヘルメスがいくらかと尋ねると、彫刻師は言った。「この二つをお買いになるなら、それはおまけにお付けしますよ。」
この話は、うぬぼれが強いくせに、他人からは物の数にも入れられていない人に当てはまる。
第109話 ヘルメスと大地
ゼウスは男と女を造ると、ヘルメスに命じて、二人を大地のもとへ連れて行き、どこを掘れば自分たちの食物を得られるかを教えさせようとした。ヘルメスが命じられたとおりにすると、大地は初めのうちは拒んでいた。しかしヘルメスが、ゼウスの命令なのだと言って強いると、大地は言った。「では、好きなだけ掘らせるがよい。うめき、泣きながら、それを返すことになるのだから。」
たやすく金を借りながら、嘆きつつ返す人々に向けた話である。
第110話 ヘルメスとテイレシアス
ヘルメスは、テイレシアスの予言の術が本物かどうかを試したいと思い、彼の牛を野から盗んだうえで、人間の姿に身を変えて町の彼のもとを訪れ、その家に客として泊まった。一対の牛が失われたという知らせがテイレシアスに届くと、彼はヘルメスを連れて町はずれへ出かけた。盗みについての鳥占の前兆を見ようというのである。そしてヘルメスに、どんな鳥を見てもすべて告げるようにと言いつけた。ヘルメスは、はじめに鷲が左から右へ飛び過ぎるのを見て、それを告げた。テイレシアスが、それは自分たちには関わりのない鳥だと言うと、二度目には、カラスが木の上にとまり、上を見上げたかと思えば地面のほうへ首を垂れるのを見て、それを知らせた。するとテイレシアスは答えて言った。「そのカラスは、天と大地にかけて誓っているのだ。『あなたがその気になりさえすれば、私は自分の牛を取り戻せる』と。」
この話は、盗みを働く人に対して用いるとよいだろう。
第111話 ヘルメスと職人たち
ゼウスはヘルメスに、すべての職人に嘘の薬を注ぎかけるように命じた。ヘルメスは薬をすりつぶし、等しい分量を量って、一人一人に注いでいった。ところが、靴屋だけを残したところで薬がまだたくさん余っていたので、ヘルメスは器の中身をそっくり靴屋に浴びせかけた。このために、職人はみな嘘をつくが、中でも靴屋がいちばんの嘘つきになったのである。
嘘を言う人に向けた話である。
第112話 ヘルメスの荷車とアラビア人
あるときヘルメスは、嘘と悪知恵と欺きを満載した荷車を駆って全世界を巡り、土地ごとに積み荷を少しずつ配って回った。ところがアラビア人の国に入ったとき、荷車が突然壊れてしまったという。するとアラビア人たちは、高価な積み荷ででもあるかのように荷車の中身を奪い取り、ほかの人々のもとへ行き渡らせなかった。
アラビア人は、あらゆる民族にもまして嘘つきで人を欺く。彼らの舌には真実がないのだから。
第113話 宦官と神官
宦官が神官のもとへ来て、自分が子供の父となれるように、自分のために犠牲を捧げてほしいと頼んだ。神官は言った。「犠牲に目を向けているあいだは、あなたが子供の父になれるようにと祈りもしよう。だが、あなたの姿を見ると、あなたはそもそも男とさえ思えないのだ。」
第114話 敵同士の二人
互いに憎み合う二人の男が同じ船に乗り合わせ、一人は船尾に、もう一人は船首に座っていた。嵐が起こり、船が今にも沈もうというとき、船尾にいた男は舵取りに、船のどちら側が先に沈むのかと尋ねた。舵取りが船首だと答えると、男は言った。「敵が私より先に死ぬのを見られるのなら、死ぬことなど少しもつらくはない。」
この話は、多くの人間が、敵が自分より先にひどい目に遭うのを見られさえすれば、自分の身に降りかかる害を少しも気にかけないということを教えている。
第115話 マムシと狐
マムシが茨の束に乗って、川を流れ下っていた。通りかかった狐がそれを見て言った。「船にお似合いの船長だ。」
よこしまな仕事に手を出した悪人に向けた話である。
第116話 マムシとやすり
マムシが鍛冶屋の仕事場に入り込み、道具たちに施しを求めた。ほかの道具からはもらえたので、やすりのところへも行き、何か恵んでくれるように頼んだ。するとやすりは答えて言った。「私から何か持ち帰れると思うとは、お人よしだね。私は与えるのではなく、誰からでも取るのがつねなのだから。」
この話は、けちな者から何かを得ようと期待する者は、むなしい望みを抱いているということを教えている。
第117話 マムシと水蛇
マムシが、ある泉に通っては水を飲んでいた。そこに住む水蛇は、マムシが自分の餌場で満足せず、こちらの住みかにまでやって来るのに腹を立てて、これをさえぎった。争いがますます激しくなったので、二匹は戦いを交えて、勝ったほうが水と陸の縄張りを手に入れることに取り決めた。二匹が期日を定めると、カエルたちが、水蛇への憎しみから、マムシのもとへやって来て彼を励まし、自分たちも味方して戦うと約束した。戦いが始まると、マムシは水蛇を相手に戦ったが、カエルたちはそれ以上のことは何もできず、ただ大声で鳴き立てるばかりだった。勝ったマムシは、カエルたちを責めて言った。味方して戦うと約束しておきながら、戦いのあいだ、助けてくれないばかりか歌ってばかりいたではないか、と。するとカエルたちは言った。「よく覚えておくがいい。私たちの加勢は手でするものではなく、声だけでするものなのだ。」
この話は、手の力が必要なところでは、言葉による助けは何の役にも立たないということを教えている。
第118話 ゼウスと羞恥心
ゼウスは人間を造ったとき、ほかのさまざまな性質は入れたのに、羞恥心だけは入れ忘れた。そこで、どこから入れてよいか分からず、尻から入るようにと命じた。羞恥心は初め、それを心外だとして拒んだ。しかしゼウスがあまりに強く迫るので、こう言った。「それでは、エロスが入って来ないというお約束で入りましょう。もし入って来たら、私はすぐさま自分から出て行きます。」このために、男娼はみな恥知らずなのである。
この話は、恋に取りつかれた者は恥知らずになるということを教えている。
第119話 ゼウスと狐
ゼウスは、狐の思慮深い心と機転に感心して、物言わぬ獣たちの王位を狐に委ねた。だが、境遇が変わって、その卑しい食い意地も改まったのかどうかを知りたくなり、狐が輿に乗って運ばれているとき、その目の前に甲虫を放した。狐はこらえることができず、甲虫が輿のまわりを飛び回ると、みっともなく跳び上がって捕まえようとした。ゼウスはこれに腹を立てて、狐をふたたび元の身分に戻した。
この話は、卑しい人間は、たとえ輝かしい装いをまとっても、その本性を変えはしないということを教えている。
第120話 ゼウスと人間たち
ゼウスは人間を造ると、ヘルメスに命じて、彼らに知性を注ぎ込ませた。ヘルメスは等しい分量を量って、一人一人に注ぎ入れた。その結果、体の小さい者は自分の分量で満たされて思慮ある者となったが、体の大きい者は、注がれたものが膝までも届かず、全身に行き渡らなかったため、人より愚かな者となったのである。
体は大きいが、心は思慮を欠く人に向けた話である。
第121話 ゼウスとアポロン
ゼウスとアポロンが弓の術くらべをしていた。アポロンが弓を引き絞って矢を放つと、ゼウスはアポロンの矢が届いたのと同じだけの距離を、ひとまたぎで越えてみせた。
同じように、自分より優れた者に張り合う者は、相手に及ばないばかりか、物笑いの種にもなるのである。
第122話 ゼウスとヘビ
ゼウスが婚礼を挙げたとき、動物たちはみな、それぞれの力に応じた贈り物を持ってきた。ヘビは薔薇を口にくわえ、這って上っていった。それを見たゼウスは言った。「ほかの者たちからの贈り物はみな受け取るが、おまえの口からは、いっさい受け取らない」
この話は、邪悪な者の好意は恐ろしいということを教えている。
第123話 ゼウスと善きものの甕
ゼウスは善きものをすべて甕に閉じ込めて、ある人間のもとに預けた。その男は詮索好きで、中に何が入っているのか知りたくなり、蓋を動かした。すると善きものはすべて、神々のもとへ飛び去ってしまった。
人間のもとには希望だけがともにあって、逃げ去った善きものをいつか与えようと請け合っているのである。
第124話 ゼウスとプロメテウスとアテナとモモス
ゼウスとプロメテウスとアテナが、ゼウスは雄牛を、プロメテウスは人間を、アテナは家をそれぞれ作り、モモスを審判に選んだ。モモスはその作品がねたましく、まずこう言い出した。ゼウスの失敗は、雄牛の目を角の上に付けて、どこを突くのか見えるようにしなかったことだ。プロメテウスの失敗は、人間の心を体の外に掛けておかなかったことだ。そうすれば悪人が紛れることなく、誰もが心に何を抱いているか明らかになったはずなのに。三つ目に、アテナは家に車輪を付けておくべきだった。たちの悪い隣人が近くに越してきても、たやすく移り住めるように。ゼウスはそのねたみ深さに腹を立て、モモスをオリュンポスから追い出した。
この話は、どこかしら非難の余地を残さないほど完全に優れたものは何ひとつない、ということを教えている。
第125話 ゼウスと亀
ゼウスは婚礼にあたって、すべての動物を宴に招いた。ところが亀だけが来なかった。訳が分からなかったので、ゼウスは翌日、なぜひとりだけ宴に来なかったのかと亀に尋ねた。亀が「わが家こそ親しく、わが家こそ最良」と答えると、ゼウスは腹を立て、亀がその家を背負って持ち歩くようにしてしまった。
同じように、多くの人は、他人のもとで贅沢に暮らすよりも、質素でも自分の家で暮らすことを選ぶのである。
第126話 審判者ゼウス
ゼウスは、人間の犯す罪を陶片に書きつけ、ひとりひとりに償いをさせるため、自分のそばの箱に納めておくようにとヘルメスに命じた。ところが陶片は互いに折り重なって入り乱れているので、いざ正しく裁こうというとき、あるものは遅く、あるものは早く、ゼウスの手に落ちてくる。
不正で邪悪な者たちが悪事の報いをすぐに受けないからといって、驚いてはならないのである。
第127話 太陽の神とカエル
太陽の神の婚礼が夏に行われた。動物たちはみなこれを喜び、カエルたちも浮かれ騒いでいた。だが、そのうちの一匹が言った。「馬鹿者ども、何をそんなに浮かれているのか? 太陽の神は独り身でも、ぬかるみをすっかり干上がらせてしまうのに、結婚して自分に似た子でも生まれたら、われわれはどんな酷い目に遭うことか」
思慮の浅い者の多くは、喜びにもならない事柄を喜ぶものである。
第128話 ラバ
一頭のラバが大麦で肥え太り、跳ね回りながら、ひとりでこう叫んでいた。「わたしの父は駿足の馬。わたしは何から何まで父にそっくりだ」ところがある日、必要に迫られて、ラバは走らされるはめになった。走り終えると、ラバはしょげ返り、たちまち父がロバだったことを思い出した。
この話は、たとえ時のめぐりで名声を得ることがあっても、自分の出自を忘れてはならないということを教えている。この人生は定めのないものだからである。
第129話 ヘラクレスとアテナ
ヘラクレスが狭い道を歩いていた。地面に林檎のようなものが落ちているのを見て、踏みつぶそうとした。ところがそれが倍にふくらんだのを見ると、さらに強く踏みつけ、棍棒で打ちすえた。するとそれは大きくふくれ上がり、道をふさいでしまった。ヘラクレスは棍棒を投げ出し、呆然と立ちつくした。そこへアテナが現れて言った。「おやめなさい、弟よ。これは争い心といさかいというものです。手を出さずに放っておけば、はじめのままでいますが、闘えばこのようにふくれ上がるのです」
争いといさかいが大きな災いのもとであることは、誰の目にも明らかである。
第130話 ヘラクレスと富の神プルトス
ヘラクレスは神々の列に加えられ、ゼウスの宴に連なって、神々のひとりひとりに心を込めて挨拶した。ところが最後に富の神プルトスが入ってくると、目を床に伏せて、そっぽを向いた。ゼウスはこれを不思議に思い、ほかの神々にはみな喜んで挨拶したのに、なぜプルトスだけを白い目で見るのかと訳を尋ねた。ヘラクレスは言った。「わたしがあれを白い目で見るのは、人間たちの中で暮らしていたころ、あれがたいてい悪人どもとつるんでいるのを見ていたからです」
この話は、運よく富んではいるが、性根の邪悪な人に当てはまる。
第131話 英雄神
家に英雄神を祀っている男がいて、これに贅沢な供え物を捧げていた。男が絶えず金を使い、供え物に多くの財を費やしていると、英雄神が夜、枕元に立って言った。「おい、おまえ、財産を食いつぶすのはやめてくれ。すっかり使い果たして貧乏になったら、おまえはわたしのせいにするのだろうから」
同じように、多くの人は、自分の思慮のなさで不運に陥りながら、その責めを神々に負わせるのである。
第132話 マグロとイルカ
マグロがイルカに追われ、すさまじい勢いで逃げていたが、いままさに捕まろうというとき、その激しい勢いのまま、知らぬ間に浜辺へ打ち上げられてしまった。同じ勢いで突き進んでいたイルカも、もろともに打ち上げられた。マグロは振り返り、息絶えようとしているイルカを見て言った。「これでもう、死ぬのはつらくない。わたしを死なせた張本人が、道連れになって死ぬのを見られるのだから」
この話は、人は災いのもとになった張本人が不幸になるのを見れば、その災いをたやすく耐えられるということを教えている。
第133話 藪医者
腕のない医者がいた。この男がある病人に付き添っていたとき、ほかの医者はみな、命に別状はないが病は長引くだろうと言うのに、この男だけは、身のまわりの始末をすべて整えておくようにと病人に告げた。「あすを越えることはできまいから」そう言い残して、引き下がった。しばらくして、病人は床を離れて外へ出てきたが、顔は青ざめ、足取りもおぼつかなかった。医者は行き会って言った。「やあ、ご機嫌よう。あの世の人たちは、どんな様子ですかな?」病人は言った。「レテの水を飲んで、みな安らかにしていますよ。ただ、少し前に死神と冥界の王が、病人を死なせてくれないといって、医者ども全員をひどく脅しつけ、片っ端から名簿に書きつけていました。あなたも書かれそうになったのですが、わたしがひれ伏して拝み倒し、あの人は本物の医者ではありません、根も葉もない評判が立っただけです、と誓って請け合っておきました」
この話は、無学で無知な、口先ばかり達者な医者たちをさらし者にするものである。
第134話 医者と病人
医者が病人を治療していた。その病人が死ぬと、医者は亡骸を運び出す人々に向かって言った。「この人は、酒を断って浣腸を使っていれば、死なずにすんだものを」すると居合わせたひとりが応じて言った。「先生、そういうことは、何の役にも立たない今になって言うのではなく、それができたときに勧めるべきでしたな」
この話は、友には必要なときにこそ助けを差し出すべきで、事が手遅れになってから、したり顔で当てこすってはならないということを教えている。
第135話 トビとヘビ
トビがヘビをさらって飛び去った。だがヘビは身をよじって噛みつき、二匹とも高みから落ちて、トビは死んでしまった。ヘビはトビに言った。「何の害も加えない者を傷つけようとするとは、なんという狂気に取り憑かれていたのか? だが、この掠奪にふさわしい正当な報いを受けたのだ」
貪欲に心を奪われ、自分より弱い者を虐げる者は、思いがけず強い者に出くわしたとき、それまでに働いた悪事の分まで償うことになるのである。
第136話 いななくトビ
トビはもともと、今とは別の甲高い声を持っていた。ところが馬が見事にいななくのを聞いて、その真似を繰り返すうち、いななきは身につかないまま自分の声を失い、馬の声も出せなければ、もとの声も戻らなかった。
取るに足りないねたみ深い者たちは、生まれつきに反するものを追い求めて、生まれつき備わったものまで失うのである。
第137話 鳥刺しと毒蛇
鳥刺しが鳥もちと竿を取って、狩りに出かけた。高い木にツグミがとまっているのを見つけ、これを捕らえようと思った。そこで竿を長く継ぎ合わせ、心をすっかり空に奪われたまま、じっと見上げていた。そうして上ばかり向いていたせいで、足もとで眠っていた毒蛇を、気づかずに踏んでしまった。毒蛇は身をひるがえして、男に噛みついた。男は気が遠くなりながら、ひとりごちた。「なんと惨めなことか。ほかの獲物を狩ろうとして、自分こそ知らぬ間に捕らえられ、死ぬことになろうとは」
同じように、隣人への策謀をたくらむ者は、まず自分が災難に見舞われるのである。
第138話 年老いた馬
年老いた馬が、粉ひきのために売られた。粉ひき小屋で臼につながれると、うめきながら言った。「あれほどの走路を駆けたわたしが、こんな折り返し標を回るはめになろうとは」
盛りの力や栄光を、あまり誇ってはならない。多くの者にとって、老年は労苦のうちに費やされるのだから。
第139話 馬と牛と犬と人間
ゼウスは人間を造ったとき、短命な者として造った。しかし人間は持ち前の知恵を働かせて、冬が来ると自分のために家を建て、そこに住んでいた。さて、あるとき寒さが厳しくなり、ゼウスが雨を降らせると、馬が持ちこたえられずに人間のもとへ駆け込み、雨宿りさせてほしいと頼んだ。人間は、おまえの持ち年の一部をくれなければ応じない、と言った。馬が喜んで譲り渡すと、ほどなくして牛もやってきた。牛もまた冬に耐えられなかったのである。人間が同じように、自分の年をいくらか差し出さないかぎり迎え入れない、と言うと、牛も持ち年の一部を与えて迎え入れられた。最後に、寒さに凍えきった犬がやってきて、自分の持ち時間の一部を分け与え、宿にありついた。こうして人間は、ゼウスから授かった本来の時を生きるあいだは純真で善良だが、馬の年に入ると、ほらを吹いて頭が高くなり、牛の年に至ると、人に指図したがるようになり、犬の時を過ごすころには、怒りっぽく、がみがみと吠えたてるようになったのである。
この話は、怒りっぽくて気むずかしい老人に当てはまる。
第140話 馬と馬丁
馬丁が馬の大麦を盗んで売りながら、その馬を一日じゅう、こすったり櫛でといたりして磨き上げていた。馬は言った。「本当にわたしを立派にしたいのなら、わたしを養う大麦を売らないでくれ」
貪欲な者たちは、もっともらしい言葉とへつらいで貧しい者たちを釣りながら、その暮らしに欠かせないものまで奪い取るのである。
第141話 馬とロバ
ある男が馬とロバを飼っていた。道を進んでいるとき、ロバが馬に言った。「わたしを無事でいさせたいなら、わたしの荷を少し引き受けてくれ」しかし馬は聞き入れなかった。ロバは疲れ果てて倒れ、息絶えた。主人がすべての荷を、そのうえロバの皮までも馬に載せると、馬は嘆き悲しんで叫んだ。「ああ、なんという惨めさだ。哀れなこの身に、いったい何が起こったのか? わずかな荷を引き受ける気になれなかったばかりに、見よ、今では何もかもを、皮までも背負っているとは」
この話は、大きな者が小さな者と重荷を分かち合えば、双方とも無事に生きていけるということを教えている。
第142話 馬と兵士
兵士が、戦争のあいだは自分の馬に大麦を食わせて養い、危急のときの相棒としていた。だが戦争が終わると、馬は雑用や重い荷運びにこき使われ、もみ殻だけで飼われるようになった。やがて再び戦争の報が伝わり、ラッパが鳴り響くと、主人は馬にくつわをはめ、自分も武装してまたがった。ところが馬は少しも力が入らず、倒れてばかりいた。そして主人に言った。「今度は徒歩の兵たちと一緒に行くがいい。あなたはわたしを馬からロバに変えてしまったのに、どうして今さらロバから馬に戻せると思うのか?」
平穏で安楽なときにも、災いを忘れてはならないのである。
第143話 葦とオリーブ
忍耐と力と落ち着きをめぐって、葦とオリーブが言い争っていた。葦はオリーブから、力がなく、どんな風にもたやすく頭を垂れるやつだとなじられたが、黙ったまま言い返さなかった。それからほどなく、強い風が吹きつけた。葦は揺さぶられ、風のなすがままにしなって、難なく助かった。だがオリーブは風に逆らって突っ張ったため、その勢いにへし折られてしまった。
この話は、時の勢いにも自分より強い者にも逆らわない者は、大きな相手と張り合う者よりも優れているということを教えている。
第144話 川で糞をしたラクダ
ラクダが流れの速い川を渡っていた。そのとき糞をしたのだが、流れが速いため、その糞がたちまち自分の前に来た。それを見てラクダは言った。「これはどうしたことだ? わたしの後ろにあったものが、今は前を通り過ぎていくとは」
この話は、第一の人々や思慮ある人々を差し置いて、最も卑しく愚かな者たちが支配している国に当てはまる。
第145話 ラクダと象とサル
動物たちが王を選ぼうと相談していたとき、ラクダと象が名乗りを上げて張り合った。体の大きさでも力でも、誰よりも自分が選ばれるはずだと期待していたのである。だがサルは、二頭ともふさわしくないと言った。ラクダは、悪事を働く者に向ける怒りを持たないから。そして象は、象が恐れている子豚がわれわれに襲いかかってくる心配があるから、と。
この話は、多くの者がほんの小さな理由のために、最も大きな事柄さえ阻まれるということを教えている。
第146話 ラクダとゼウス
ラクダが、角を誇らしげにしている雄牛を見てうらやましくなり、自分も同じものを手に入れたいと望んだ。そこでゼウスのもとへ出向いて、自分にも角を授けてくれるよう願った。ゼウスは、体の大きさと力で満足せず、そのうえ余分なものまで欲しがるのかと腹を立て、角を付け加えてやらなかったばかりか、耳の一部まで奪ってしまった。
同じように、多くの者は欲深さから他人のものをうらやんで眺めるうち、知らぬ間に自分のものまで失うのである。
第147話 踊るラクダ
ラクダが自分の主人に踊れと強いられて言った。「踊っているときだけではない、歩いているときでさえ、わたしは不格好なのだ」
この話は、見苦しさを伴うあらゆる行いについて語られたものである。
第148話 初めて姿を見られたラクダ
ラクダが初めて人の目に触れたとき、人間たちはその大きさに肝をつぶし、恐れて逃げ出した。だが時がたつうちに、その性質のおとなしさが分かると、そばへ寄るまでに大胆になった。さらに、この動物に怒りというものがないことに少しずつ気づくと、ついにはくつわをはめて、子供たちに引かせてやるほど見くびるようになった。
この話は、恐ろしい物事も、慣れがそれを穏やかなものにするということを教えている。
第149話 二匹のフンコロガシ
ある小島で雄牛が草を食んでいた。その糞を餌にして、二匹のフンコロガシが暮らしていた。冬が近づくと、一匹がもう一匹に言った。自分は本土へ飛んで渡るつもりだ。そうすれば、ひとり残るおまえには食べ物が十分に足りるし、自分も向こうへ渡って冬を越せるから、と。そして、もし餌場が豊かだったら、おまえの分も持って帰ろうと言った。本土に渡ってみると、糞はふんだんにあったが、どれも湿っていた。彼はそこにとどまって食べて暮らした。冬が過ぎると、また島へ飛んで帰った。もう一匹は、彼がつやつやと肥え太っているのを見て、前もって約束しておきながら何ひとつ持って来なかったと責めた。すると彼は言った。「わたしを責めるな。責めるなら、あの土地の性質を責めるがいい。あそこでは食べることはできても、何ひとつ持ち出せはしないのだ」
この話は、ごちそうの席までの友情しか示さず、それより先では友のために何の役にも立たない者たちに当てはまるだろう。
第150話 カニと狐
カニが海から上がってきて、ある浜辺でひとり餌をあさっていた。腹をすかせた狐が、食べ物に困っていたところでこれを見つけ、駆け寄って捕らえた。カニは、まさに食われようというとき言った。「これも当然の報いだ。海のものでありながら、陸のものになろうなどと望んだのだから」
同じように、人間でも、自分本来の生業を捨てて、縁もゆかりもないことに手を出す者が不幸に見舞われるのは当然である。
第151話 カニと母親
母ガニが子ガニに、横歩きをするな、濡れた岩に脇腹をこすりつけるな、と言った。すると子ガニは言った。「母さん、そう教えるあなたが、まっすぐ歩いてみせてください。それを見て、わたしも見習いますから」
人のやることに文句をつける者は、まず自分がまっすぐに生き、まっすぐに歩み、そのうえで同じことを教えるのがふさわしいのである。
第152話 クルミの木
クルミの木が道ばたに立っていて、通りがかりの人たちに石を投げつけられていた。木はうめいて、独りごとを言った。「惨めなのはわたしだ。年ごとに、自分で自分に侮辱と苦しみを招いているのだから」
これは、自分の持つ良いもののせいで苦しむ人々に向けた話である。
第153話 ビーバー
ビーバーは沼地に棲む四つ足の動物である。その陰部は、ある種の治療に効くと言われている。そこで、誰かがビーバーを見つけ、それを切り取ろうとして追いかけると、ビーバーは自分が何のために追われているのかを知っているので、しばらくは足の速さを頼りに逃げて、体を丸ごと守ろうとする。だが追いつめられそうになると、自分の陰部を食いちぎって投げ捨て、こうして命拾いをするのである。
同じように、人間でも、財産のために命を狙われたとき、身の安全を危うくしないために財産のほうを潔く捨てられる者こそ思慮深いのである。
第154話 野菜に水をやる菜園番
野菜に水をやっている菜園番のところに、ある人が通りかかって尋ねた。野生の野菜はあれほど青々として丈夫なのに、育てている野菜はひょろりとしてしなびているのは、どういうわけか、と。菜園番は言った。「大地が、あちらにとっては母親で、こちらにとっては継母だからだ」
同じように、子供たちも、継母に育てられる子は、実の母を持つ子と同じようには育てられないのである。
第155話 菜園番と犬
菜園番の犬が井戸に落ちた。菜園番は犬をそこから引き上げてやろうと、自分も井戸へ下りていった。ところが犬は、自分をさらに深く沈めるために来たのだと思い込み、振り向いて菜園番に噛みついた。菜園番は痛みに苦しみながら引き返して言った。「当然の報いだ。自分から死のうとするやつを、いったいなぜ助けようと骨を折ったのか?」
これは、不正で恩知らずな人々に向けた話である。
第156話 竪琴弾き
才能のない竪琴弾きが、漆喰を塗り込めた家の中で歌ってばかりいた。声が響き返ってくるので、自分はたいそうな美声の持ち主だと思い込んだ。そしてこれで思い上がり、劇場に打って出るべきだと心を決めた。ところが舞台に上がってひどい歌を聞かせたところ、石を投げつけられて追い出された。
同じように、弁論家の中にも、学校ではひとかどの人物と思われていながら、国政の場に出ると、何の値打ちもないことが露見する者がいる。
第157話 ツグミ
あるギンバイカの茂みでツグミが実をついばんでいた。その実の甘さのために、そこを離れようとしなかった。鳥刺しが、居ついているのを見澄まし、鳥もちを仕掛けて捕らえた。ツグミは殺されようとするとき言った。「哀れなものだ。食べ物の甘さと引き換えに、命を失うのだから」
これは、快楽にふけって身を滅ぼした放蕩者にふさわしい話である。
第158話 泥棒たちと雄鶏
泥棒たちがある家に忍び込んだが、雄鶏一羽のほかには何も見つからず、それだけをつかんで引き上げた。雄鶏は彼らに屠られそうになると、放してくれるよう頼み込んだ。自分は夜のうちに人間たちを起こして仕事に向かわせる、人の役に立つ身なのだ、と。すると泥棒たちは言い返した。「いや、だからこそなおさら、おまえを屠るのだ。人間どもを起こされたら、おれたちは盗みができなくなるからな」
この話は、善良な者たちの善行こそが、悪人たちには何よりも邪魔になるということを教えている。
第159話 腹と足
腹と足が、力のことで言い争っていた。足がことあるごとに、自分たちの力は腹まで担いで運ぶほどまさっているのだと言うので、腹は答えた。「だがきみたち、わたしが食べ物を送ってやらなければ、きみたちは担ぐことすらできまい」
同じように、軍隊にあっても、将軍たちが最善の判断を下さないかぎり、兵の数がどれほど多くても、おおかた役には立たないのである。
第160話 コクマルガラスと狐
腹をすかせたコクマルガラスが、イチジクの木にとまった。だが早生の実はまだ少しも熟していなかったので、熟した実になるまで待ちつづけることにした。狐が、いつまでも粘っているのを見て、そのわけを聞き出すと言った。「おい、おまえは当てが外れているぞ。おまえがすがっているその希望というやつは、たぶらかすことは心得ていても、養うことはまるで知らないのだ」
争い好きな人に向けた話である。
第161話 コクマルガラスとワタリガラス
体の大きさで仲間にまさる一羽のコクマルガラスが、同族を見下し、ワタリガラスたちのところへ行って、仲間に入れて一緒に暮らさせてほしいと求めた。だがワタリガラスたちは、その姿にも声にも見覚えがないので、彼を打ちすえて追い出した。追い払われた彼は、再びコクマルガラスたちのもとへ戻った。しかしコクマルガラスたちは、彼の傲慢に腹を立てて受け入れなかった。こうして彼は、どちらの暮らしからも締め出されてしまった。
同じように、人間でも、祖国を捨てて他国のほうを選ぶ者は、よそ者であるために他国では重んじられず、同胞を見下したために同胞からは疎まれるのである。
第162話 コクマルガラスと鳥たち
ゼウスは鳥たちの王を立てようと考え、全員が集まるべき期日を定めた。すべての鳥のうちで最も美しいものを、王として立てるためである。鳥たちはある川へ行って、身を洗い清めていた。コクマルガラスは、自分が醜い姿をしているのを悟ると、そこを離れ、鳥たちから抜け落ちた羽を拾い集めて、自分の体に付けて貼りつけた。その結果、彼は誰よりも見栄えのする姿になった。やがて約束の日が来て、鳥たちはみなゼウスのもとへやって来た。色とりどりの姿になったコクマルガラスもやって来た。その麗しさゆえに、ゼウスが彼を鳥たちの王に選ぼうとしたところ、憤慨した鳥たちが、それぞれ自分の羽を彼からむしり取った。こうして丸裸にされた彼は、再びもとのコクマルガラスに戻ってしまった。
同じように、人間でも、借金をしている者は、他人の金を持っているあいだは、ひとかどの人物に見えるが、それを返してしまうと、もとのままの姿があらわになるのである。
第163話 コクマルガラスと鳩
コクマルガラスは、ある鳩小屋で鳩たちがよく養われているのを見て、自分の体を白く染め、同じ餌にあずかろうとやって来た。鳩たちは、彼が黙っているあいだは鳩だと思って迎え入れていたが、あるとき彼がうっかり鳴き声を上げると、その声に聞き覚えがないので彼を追い出した。そこでの餌にありつけなかった彼は、再びコクマルガラスたちのもとへ戻った。だがコクマルガラスたちは、その色のせいで彼だと分からず、共に暮らすことを拒んだ。こうして二つのものを欲しがった彼は、一つも手に入れられなかった。
だからわれわれも、貪欲は何の益ももたらさないばかりか、しばしば手もとにあるものまで奪い去るのだということをわきまえて、自分のものに満足しなければならない。
第164話 逃げたコクマルガラス
ある人がコクマルガラスを捕まえ、その足を亜麻糸で縛って自分の子供に与えた。コクマルガラスは人間との暮らしに耐えられず、少しの隙を得ると、逃げ出して自分の巣へ帰った。ところが糸が枝にからみつき、飛び立つことができなくなって、いよいよ死を待つばかりとなったとき、彼は独りごとを言った。「ああ、わたしはなんと惨めなのだ。人間のもとでの奴隷暮らしに耐えかねたばかりに、知らぬまに命まで手放してしまうとは。」
この話は、ほどほどの危険から身を救おうとして、知らぬまにいっそう大きな災難に陥ってしまう人に当てはまるだろう。
第165話 ワタリガラスと狐
ワタリガラスが肉をさらって、木の上にとまった。狐がそれを見て、肉を手に入れたいと思い、そばに立って彼をほめたたえた。体も大きく美しい、鳥たちの王になるのは誰よりもあなたにふさわしい、声さえあれば必ずそうなっていたはずだ、と。ワタリガラスは、自分には声もあるところを見せてやろうと、肉を落として大声で鳴きたてた。狐は駆け寄って肉をさらうと言った。「ワタリガラスよ、お前に分別まであったなら、皆の王になるのに何一つ欠けるところはなかったのに。」
愚かな人に向けた、時宜にかなった話である。
第166話 ワタリガラスとヘルメス
ワタリガラスが罠にかかり、アポロンに、罠から救い出してくれたなら乳香をささげますと誓った。ところが助かると、約束を忘れてしまった。ふたたび別の罠にかかると、今度はアポロンをさしおいて、ヘルメスにいけにえをささげますと誓った。するとヘルメスは言った。「性悪きわまる生き物め。先の主人を裏切ったお前を、どうして信じられようか。」
恩人に対して恩知らずであった者は、苦境に陥っても、助けてくれる者を得られないのである。
第167話 ワタリガラスとヘビ
餌に困ったワタリガラスが、日当たりのよい場所で眠っているヘビを見つけると、舞い降りてつかみ取った。だがヘビが身をひるがえして咬みついたので、死を目前にして彼は言った。「ああ、わたしはなんと惨めなのだ。せっかくの拾いものを見つけたと思ったら、そのせいで命を落とすことになるとは。」
この話は、宝を見つけたばかりに命まで危うくした人について語るのがふさわしいだろう。
第168話 病気のワタリガラス
病気になったワタリガラスが母親に言った。「母さん、嘆いていないで、神に祈ってください。」母親は答えて言った。「わが子よ、いったいどの神がお前を憐れんでくださるだろう? お前に肉を盗まれなかった神が、一柱でもいようか?」
この話は、生きているあいだに多くの敵をつくった者は、いざというとき一人の友も見つけられない、ということを教えている。
第169話 ヒバリ
ヒバリが罠にかかり、嘆いて言った。「ああ、わたしはなんと惨めで不運な鳥だろう。誰かの黄金をくすねたのでもなく、銀も、そのほかの高価な品も取ったことはない。それなのに、小さな麦の一粒が、わたしに死を招いたのだ。」
この話は、わずかな利得のために大きな危険を引き受ける人に向けたものである。
第170話 カラスとワタリガラス
カラスは、ワタリガラスが鳥占によって人間たちに託宣を下し、未来を予め示して、そのために人々から信頼されているのをねたみ、自分も同じものを手に入れたいと思った。そこで、旅人たちが通りかかるのを見ると、一本の木の上に飛んで行き、そこにとまって大声で鳴きたてた。その声に旅人たちは振り返り、ぎょっとしたが、一人が口をひらいて言った。「みんな、先へ行こう。あれはカラスだ。いくら鳴いたところで、何の前兆にもならないのだから。」
同じように、人間でも、自分よりすぐれた者と張り合う者は、肩を並べられないばかりか、物笑いの種にもなるのである。
第171話 カラスと犬
カラスがアテナにいけにえをささげ、犬をごちそうに招いた。犬はカラスに言った。「どうして無駄ないけにえに財を費やすのか。あの女神はお前を憎むあまり、お前の示す前兆から信用まで取り上げてしまったというのに。」カラスは答えた。「だからこそ、女神にささげるのだ。わたしに敵意を抱いておられると知っているからこそ、仲直りしていただきたいのだ。」
同じように、多くの人は恐れから、敵に恩恵を施すことをためらわないのである。
第172話 カタツムリ
農夫の子供がカタツムリをあぶっていた。カタツムリがじゅうじゅうと音を立てるのを聞いて、子供は言った。「なんとたちの悪い生き物どもだ。自分の家が焼けているのに、お前たちは歌っているのか。」
この話は、時をわきまえずになされることはすべて非難に値する、ということを教えている。
第173話 ガチョウの代わりに連れて行かれた白鳥
裕福な男が、ガチョウと白鳥を飼っていた。ただし同じ目的のためではなく、白鳥は歌のため、ガチョウは食卓のためだった。さて、ガチョウが飼われていた目的どおりの目に遭うべきときが来たが、あたりは夜で、時刻のせいでどちらがどちらか見分けられなかった。ガチョウの代わりに連れて行かれた白鳥は、死の前ぶれとなる調べを歌い、その歌声でおのれの素性を明かして、その調べのおかげで最期をまぬかれた。
この話は、音楽がしばしば死の先延ばしをかなえてくれる、ということを教えている。
第174話 白鳥と主人
白鳥は死の間際に歌うと言われている。さて、ある男が売りに出されている白鳥に出くわし、この上なく美しい声で歌う生き物だと聞いて買い求めた。あるとき客を招いた男は、白鳥のそばへ行き、酒宴の席で歌ってくれるよう頼んだ。白鳥はそのときは黙っていたが、のちに自分が死のうとしていると悟ったとき、おのれのために挽歌を歌った。それを聞いた主人は言った。「死ぬときでなければ歌わないのなら、わたしが愚かだった。あのときは頼んだりせず、屠ってしまえばよかったのだ。」
同じように、人間のなかには、進んで施す気にはなれないことを、心ならずも果たしてしまう者がいるのである。
第175話 二匹の犬
ある男が二匹の犬を飼い、一匹には狩りを仕込み、もう一匹は番犬にした。猟犬が狩りに出て獲物を捕らえるたびに、男はその分け前をもう一匹にも投げ与えていた。猟犬は腹を立てて相棒をなじった。自分は毎度外へ出て骨を折っているのに、お前は何もせずに人の労苦で楽しんでいる、と。すると番犬は言った。「わたしを責めるな。責めるなら主人にしてくれ。わたしに働くことではなく、他人の労苦を食らうことを教えたのは主人なのだから。」
同じように、怠け者の子供たちも、親がそのように育てたのであれば、責められるべきではない。
第176話 飢えた犬たち
飢えた犬たちが、川の中に皮が浸けてあるのを見つけたが、そこまで届かないので、まず川の水を飲み干し、そのうえで皮のところまで行こうと申し合わせた。ところが飲んでいるうちに、皮に届くより先に、腹が張り裂けてしまった。
同じように、人間のなかには、利得を当てにして危なっかしい労苦を引き受け、望みのものを手に入れるより先に身を滅ぼしてしまう者がいるのである。
第177話 犬に咬まれた男
犬に咬まれた男が、治してくれる者を探して歩き回っていた。ある人が、パンで傷の血をぬぐい、それを咬みついた犬に投げてやらねばならないと言うと、男は答えて言った。「そんなことをすれば、わたしは町じゅうの犬という犬に咬まれるはめになる。」
同じように、人間の悪意も、餌を与えられれば、いっそう悪事へと駆り立てられるのである。
第178話 ごちそうに招かれた犬
ある男が、友人や身内の一人をもてなそうと、ごちそうを支度していた。その家の犬が、よその犬を招いて言った。「友よ、こっちへ来て、一緒にごちそうを食べよう。」やって来た犬は喜んで立ちつくし、豪勢なごちそうを眺めながら、心の中で叫んだ。「なんとまあ、思いがけない喜びが突然ころがりこんできたものだ! 腹いっぱい、満ち足りるまで食べて、明日は少しもひもじい思いをしなくてすむぞ。」犬がこう心につぶやきながら、友を頼みにしてしっぽを振っていると、料理人は、彼がしっぽをあちらこちらへ振り回しているのを見つけ、その脚をつかんで、すぐさま窓の外へ放り投げた。犬は下へ落ち、大声で鳴きながら立ち去った。道で出くわした犬の一匹が尋ねた。「ごちそうはどうだった、友よ?」彼は答えて言った。「たっぷり飲みすぎて、すっかり酔いつぶれてしまってね、どの道を通って出てきたのかさえ覚えていないのだ。」
この話は、他人の持ち物で親切にすると約束する者を当てにしてはならない、ということを教えている。
第179話 猟犬と犬たち
家で飼われ、猛獣と戦うすべを心得た犬が、多くの猛獣が列をなして立ち並んでいるのを見ると、首の輪を引きちぎり、通りを抜けて逃げ出した。よその犬たちは、彼が雄牛のように肥え太っているのを見て言った。「どうして逃げるのだ?」彼は言った。「あり余る餌にかこまれて暮らし、この体を楽しませていることは自分でも分かっている。だがわたしは、熊やライオンと戦って、いつも死と隣り合わせなのだ。」犬たちは互いに言い合った。「貧しくとも、おれたちはいい暮らしをしているのだな。ライオンとも熊とも戦わずにすむのだから。」
ぜいたくとむなしい虚栄のために、みずから危険を招いてはならない。むしろそこから逃れるべきである。
第180話 犬と雄鶏と狐
犬と雄鶏が道連れになって旅をしていた。夕暮れになると、雄鶏は木に登って眠り、犬はうろのあるその木の根もとで眠った。雄鶏がいつもの習いどおり夜中に時を告げると、それを聞きつけた狐が駆けつけ、木の下に立って、こちらへ降りてきてほしいと頼んだ。これほど良い声の持ち主に、ぜひともごあいさつしたいというのである。雄鶏が、根もとで眠っている門番を先に起こしてくれ、開けてもらえたら降りていくから、と言うと、狐は門番に声をかけようとして探しにかかった。そのとたん、犬がいきなり躍りかかって、狐をずたずたに引き裂いた。
この話は、思慮深い人は、襲いかかってきた敵を、うまくあしらって自分より強い者のもとへ差し向ける、ということを教えている。
第181話 犬と巻貝
卵を呑み込むのが癖になっていた犬が、巻貝を見つけると、口を大きく開け、力まかせのひと呑みで腹に収めた。卵だと思ったのである。やがて、はらわたが重くなり、痛みに苦しみながら言った。「丸いものはみな卵だと信じ込んでいたのだから、この苦しみは当然の報いだ。」
この話は、ろくに確かめもせずに物事に手を出す者は、知らぬ間に思わぬ災難のただ中へ身を突っ込んでいる、ということを教えている。
第182話 犬と野ウサギ
猟犬が野ウサギを捕まえ、噛みついたかと思うと、今度はその唇を舐め回した。野ウサギはたまりかねて言った。「おい、私を噛むのか、口づけするのか、どちらか一方にしてくれ。おまえが敵なのか味方なのか、見分けがつくように。」
どっちつかずの人に向けた話である。
第183話 犬と料理人
犬が調理場に跳び込み、料理人が立ち働いている隙に、心臓をひっさらって逃げた。料理人は振り返り、逃げていく犬を見て言った。「おい、覚えておけ。おまえがどこにいようと、私はおまえを警戒するぞ。おまえは私から心臓を奪ったのではなく、私に心をくれたのだからな。」
この話は、つらい経験がしばしば人の学びとなる、ということを教えている。
第184話 眠っている犬と狼
犬がある屋敷の前で眠っていた。狼が駆け寄って餌食にしようとすると、犬は、今は殺さないでくれと頼んだ。「いまの私は痩せて、肉が落ちている。だが少しだけ待ってくれれば、うちの主人たちがやがて婚礼を開く。そのときは私もたらふく食べて、もっと肥え太り、おまえにとって、もっとうまい餌になるだろう。」狼はこれを信じて立ち去った。数日たって戻ってくると、犬は屋根の上で眠っていた。狼は下に立って犬を呼び、あの約束を思い出させた。すると犬は言った。「なあ狼よ、この先もし屋敷の前で眠っている私を見かけたら、もう婚礼など待たないことだ。」
この話は、思慮深い人は、何かで危険な目に遭って助かると、生涯そのことを警戒する、ということを教えている。
第185話 肉を運ぶ犬
肉をくわえた犬が川を渡っていた。水面に映った自分の影を見て、別の犬がもっと大きな肉をくわえているのだと思い込んだ。そこで自分の肉を放し、相手の肉を奪い取ろうと躍りかかった。だが結局、両方とも失うはめになった。一方は、もともと存在しないのだから手が届かず、他方は、川に流されてしまったからである。
欲深い人に向けた話である。
第186話 鈴を着けた犬
人にこっそり噛みつく犬がいた。主人はこの犬に鈴を吊るし、誰にでもそれとわかるようにした。ところが犬は、その鈴を鳴らしながら広場で得意になって歩き回った。年老いた雌犬が言った。「何を見せびらかしている? おまえがその鈴を着けているのは、手柄のためではなく、隠しもった性悪の証のためなのだ。」
ほら吹きの見栄を張るふるまいは誰の目にも明らかで、隠れた悪意をおのずとさらけ出しているのである。
第187話 ライオンを追う犬と狐
猟犬がライオンを見つけて追いかけた。だがライオンが振り向いて咆哮すると、犬は恐れをなして一目散に逃げ帰った。それを見た狐が言った。「この愚か者、ライオンを追いかけておいて、その咆哮ひとつ耐えられなかったのか?」
この話は、はるかに力のまさる相手に言いがかりをつけようとしながら、相手が立ち向かうとたちまち尻込みする、思い上がった人に当てはまる。
第188話 ブヨとライオン
ブヨがライオンのもとにやって来て言った。「おまえなど恐れはしないし、おまえは私より強くもない。違うと言うなら、おまえの力とはいったい何だ? 爪で引っかき、歯で噛みつくことか? そんなことなら、夫と喧嘩する女でもやってのける。私のほうがおまえよりずっと強いのだ。何なら、戦って決着をつけようではないか。」そしてブヨはラッパを吹き鳴らして突きかかり、ライオンの鼻のまわりの毛のない顔を噛み立てた。ライオンは自分の爪でおのれを引き裂き続け、ついに力尽きた。ブヨはライオンに勝つと、ラッパを吹き、勝ちどきの歌をうたって飛び去った。ところがクモの巣の綱に絡め取られ、食われながら嘆いた。最も強大な相手と戦った自分が、クモというつまらない生き物に滅ぼされるとは、と。
第189話 ブヨと雄牛
ブヨが雄牛の角にとまり、長いあいだ座っていたが、いざ飛び去るというとき、そろそろ立ち去ってほしいかと雄牛に尋ねた。すると雄牛は答えて言った。「来たときも気づかなかったし、行ってしまっても気づかないだろうよ。」
この話は、いてもいなくても害にも益にもならない、力のない人に対して用いるとよいだろう。
第190話 野ウサギたちと狐たち
あるとき、野ウサギたちが鷲たちと戦争をして、狐たちに助太刀を頼んだ。すると狐たちは言った。「おまえたちが何者で、誰と戦っているのかを知らなかったなら、助けてやったのだがな。」
この話は、自分より強い者と争いたがる者は、おのれの身の安全を軽んじている、ということを教えている。
第191話 野ウサギとカエル
あるとき、野ウサギたちが寄り集まって、自分たちの暮らしはなんと危うく、おびえてばかりの一生だろうと嘆き合った。現に、人間にも、犬にも、鷲にも、そのほか多くのものに食われている。それなら一生震えて暮らすより、ひと思いに死んでしまうほうがましだ。そう取り決めると、彼らはそろって池へと駆け出した。飛び込んで溺れ死ぬためである。ところが、池のまわりに座っていたカエルたちは、駆けてくる足音を聞きつけるや、いっせいに池へ飛び込んだ。すると、仲間のうちでいちばん頭が切れるとみられていた一匹の野ウサギが言った。「待て、みんな、早まったことをするな。ほら、見てのとおり、われわれより臆病な生き物がほかにもいるのだ。」
この話は、不幸な者は、自分よりひどい目に遭っている者を見て心を慰める、ということを教えている。
第192話 野ウサギと狐
野ウサギが狐に言った。「おまえの名が『稼ぎ屋』だというのは、本当にそれほど稼ぐのか、それとも財産があるからか?」狐は言った。「疑うなら、こちらへ来い。ごちそうしてやろう。」野ウサギはついて行ったが、家の中にはごちそうなど何もなく、あるのは狐の夕食になる野ウサギだけだった。野ウサギは言った。「高くついたが、おまえの名の出どころだけは思い知った。稼ぐことからではなく、騙すことからだ。」
詮索好きな者は、その詮索癖の使い方を誤って、しばしばこの上ない災難に見舞われる、ということである。
第193話 カモメとトビ
カモメが魚を丸呑みにしたところ、喉が張り裂けて、浜辺に死んで横たわっていた。それを見たトビが言った。「当然の報いだ。空を飛ぶ鳥に生まれながら、海の上で暮らしを立てていたのだから。」
同じように、本来の生業を捨てて、縁もゆかりもないことに手を出す者が不運に見舞われるのは、もっともなことである。
第194話 雌ライオンと狐
雌ライオンが、いつも一頭しか子を産まないことを狐にあざけられて言った。「一頭だが、ライオンだ。」
立派さは数で測るべきものではなく、その値打ちにこそ目を向けるべきだ、ということである。
第195話 ライオンの治世
あるライオンが王となった。怒りっぽくもなく、残忍でもなく、乱暴でもなく、人間のように温和で正義を重んじる王であった。その治世に、すべての動物が集まる会が開かれた。互いに償いを与え、受けるためである。狼は羊に、豹は野山羊に、虎は鹿に、犬は野ウサギに、それぞれ償いをした。すると野ウサギが言った。「弱い者が、力ずくの者たちの目にも恐ろしい存在と映るようになる、この日を見たいと、私はずっと祈り願ってきた。」
国に正義が行きわたり、すべての者が正しく裁きを行うならば、力なき者たちも心穏やかに生きられる、ということである。
第196話 年老いたライオンと狐
年老いて、力ずくでは食べ物を手に入れられなくなったライオンが、これは策略でやるほかないと悟った。そこで洞穴に行って横になり、病気のふりをした。こうして、見舞いにやって来る動物たちを捕まえては食らっていた。多くの獣が食われてしまったころ、その企みを見抜いた狐がやって来て、洞穴から離れたところに立ち、具合はどうかと尋ねた。ライオンが「悪いね」と答え、それにしてもなぜ入って来ないのかと尋ねると、狐は言った。「入って行った足跡はたくさん見えるのに、出てきた足跡がひとつも見えない。それさえなければ、私も入っていましたよ。」
同じように、思慮深い人は、前ぶれから危険を見て取って、難を逃れるのである。
第197話 閉じ込められたライオンと農夫
ライオンが農夫の屋敷の囲いに入り込んだ。農夫はこれを捕らえようと、中庭の戸を閉めた。出られなくなったライオンは、まず羊の群れを食い殺し、次いで牛にも襲いかかった。農夫はわが身が危うくなって、戸を開けた。ライオンが立ち去ったあと、うめいている夫を見て妻が言った。「当然の報いですよ。遠くからでも逃げるべき相手を、どうして閉じ込めようなどと思ったのです?」
同じように、自分より強い者を挑発する者が、自ら招いた過ちの報いに苦しむのは当然である。
第198話 恋をしたライオンと農夫
ライオンが農夫の娘に恋をして、結婚を申し込んだ。農夫は、獣に娘をやる気にはなれず、かといって恐ろしくて断ることもできず、一計を案じた。ライオンがしきりに迫ってくるので、農夫はこう言った。婿としては娘にふさわしいと認めている。だが、歯を抜き、爪を切り落としてもらわないかぎり、娘を嫁がせるわけにはいかない。娘がそれを怖がっているのだから、と。ライオンは恋ゆえに、どちらの求めもあっさり受け入れた。すると農夫は、もはやライオンを見くびりきって、やって来たところを棍棒で打ちすえ、追い払った。
この話は、人をたやすく信じる者は、おのれの強みを自分から手放してしまうと、それまで自分を恐れていた相手のたやすい餌食になる、ということを教えている。
第199話 ライオンと狐と鹿
ライオンが病んで、谷あいに横たわっていた。そして、日ごろ親しく付き合っていた狐に言った。「私を治して生かしたいと思うなら、森に棲むあの一番大きな鹿を、おまえの甘い言葉でたぶらかして、私の手の中へ連れて来てくれ。あの鹿のはらわたと心臓が食いたいのだ。」狐は出かけて行き、森の中で跳びはねている鹿を見つけた。愛想よく近づき、挨拶をして言った。「よい知らせを伝えに来た。知ってのとおり、われらが王ライオンは私の隣人だが、いま病気で、死にかけておいでだ。そこで、自分の亡きあと、どの獣が王になるべきかと思案しておられた。曰く、猪は分別がなく、熊はのろまで、豹は怒りっぽく、虎はほら吹きだ。鹿こそ王位に最もふさわしい。姿は高く堂々として、長い年月を生き、その角はヘビどもに恐れられているから、と。まあ、くどくど言うまでもない。おまえが王になると決まったのだ。真っ先に知らせた私には、何か礼をくれるかね? さあ、先を急ぐ私の幸いを祈っておくれ。またあの方が私を探すといけない。何事につけ、私を相談役に頼っておいでなのでね。だが、この年寄りの言うことを聞く気があるなら、おまえも行って、最期を看取ってさしあげるがよい。」狐がこう言うと、鹿はその言葉に頭がすっかりのぼせ上がり、この先のことなど知る由もなく、洞穴へやって来た。ライオンは勢い込んで鹿に躍りかかったが、爪で耳を引き裂いただけに終わった。鹿は急いで森へ逃げ帰った。狐は、骨折りが無駄になったので、両手を打ち合わせて悔しがった。ライオンは大きくうなって嘆いた。空腹と無念とに苛まれていたのである。そして狐に、もう一度なんとかして、策略であの鹿を連れて来てくれと懇願した。狐は言った。「難儀な、厄介な仕事を言いつけるものですね。それでも、お力にはなりましょう。」そこで狐は、猟犬さながらに足跡を追い、悪知恵を編みめぐらせた。羊飼いたちに、血を流した鹿を見なかったかと尋ねると、彼らは森の中のありかを教えた。狐は、涼んでいる鹿を見つけると、臆面もなくその前に立った。鹿は怒りに毛を逆立てて言った。「この下衆め、もう二度と私を捕まえられはしないぞ。近寄ってみろ、その命はないものと思え! 狐の手管なら、何も知らないほかの連中に使え。ほかのやつを王にして、おだて上げるがいい。」だが狐は言った。「そこまで意気地なしの臆病者なのか? そこまでわれわれ友を疑うのか? ライオンさまは、おまえの耳をつかんで、死にゆく身として、あれほど大きな王国のことで助言と遺言を授けようとなさっただけだ。それなのにおまえときたら、病んだ手がかすった傷ひとつ我慢できなかった。いまでは、あの方はおまえよりずっと腹を立てておられて、狼を王になさるおつもりだ。ああ、なんとひどい主君を頂くことになるのか。さあ、おいで。もう何も怖がらず、羊のようにおとなしくするのだ。すべての木の葉と泉にかけて誓うが、ライオンからひどい目に遭わされることは決してない。私も、これからはおまえだけにお仕えしよう。」こうして狐は哀れな鹿をたぶらかし、二度目に来るよう説き伏せた。鹿が洞穴に入ってしまうと、ライオンは食事にありつき、骨も髄もはらわたも、何もかも呑み込んだ。狐はそばに立って見ていたが、心臓が転がり落ちると、こっそりつかみ取り、骨折りの駄賃としてそれを食べてしまった。ライオンはすべてを探ったすえ、心臓だけが見つからず、なおも探し続けた。すると狐は、遠く離れて立ったまま言った。「あの鹿には、本当に心臓などなかったのですよ。もうお探しになりますな。二度までもライオンの家に、その手の中に入って来るような者に、どうして心臓がありましょう。」
名誉欲は人の心を曇らせ、身に迫る危険の災いに気づかせないのである。
第200話 ライオンと熊と狐
ライオンと熊が子鹿を見つけて、その取り合いで争った。互いにさんざん痛めつけ合い、目もくらんで、半死半生で倒れ伏した。そこへ狐が通りかかり、二頭が伸びていて、子鹿がその真ん中に転がっているのを見ると、それを担ぎ上げ、二頭の間を通り抜けて立ち去った。起き上がることもできない二頭は言った。「情けない。われわれは狐のために骨を折っていたのか。」
この話は、自分の労苦の実りを、通りすがりの者が持ち去っていくのを見る者が憤るのは、もっともなことだ、ということを教えている。
第201話 ライオンとカエル
ライオンがカエルの大きな鳴き声を聞き、何か大きな動物がいるのだと思って、声のする方を振り返った。しばらく待つうちに、カエルが沼から出てくるのが見えたので、歩み寄って踏みつぶし、こう言った。「なんだ、その程度の体で、あれほどの大声を上げていたのか?」
口数ばかり多く、しゃべること以外に何もできない人に向けた話である。
第202話 ライオンとイルカ
ライオンが海辺をさまよっていたとき、イルカが頭をのぞかせるのを見て、味方になってくれと呼びかけた。自分たちこそ友となり、助け合う仲になるのが何よりふさわしい、一方は海の生き物たちの王であり、他方は陸の生き物たちの王なのだから、と言うのである。イルカが喜んで承知すると、その後ライオンは野生の雄牛と長いこと戦うことになり、イルカに助けを求めた。イルカは海から出ようとしてもできなかったので、ライオンは彼を裏切り者だと責めた。するとイルカは言い返した。「責めるなら私ではなく、自然を責めてくれ。自然は私を海の生き物に造り、陸に上がることを許さないのだ」
同じように、われわれも友誼を結ぶときには、危険なときにそばにいてくれる味方を選ばなければならない。
第203話 ライオンと猪
夏の盛り、暑さが渇きを呼ぶ頃、ライオンと猪が小さな泉に水を飲みにやって来た。どちらが先に飲むかで言い争ううちに、互いに殺し合うまでにいきり立った。だが、ふと息をつこうと向き直ると、ハゲワシたちが、どちらか倒れた方を食い尽くそうと待ち構えているのが見えた。そこで二頭は敵意を解いて言った。「ハゲワシやワタリガラスの餌になるより、友になる方がましだ」
悪意ある争いや対立は、解消するのがよい。すべての者を危険な結末へと導くからである。
第204話 ライオンと野ウサギ
ライオンが眠っている野ウサギに出くわし、食べようとした。だがその矢先、鹿が通りかかるのを見て、野ウサギを放り出して鹿を追いかけた。野ウサギは物音に飛び起きて逃げた。ライオンは長いこと鹿を追いかけたが捕まえられず、野ウサギのところへ戻ってきた。だがそれももう逃げてしまったと知って言った。「当然の報いだ。手の中にあった餌を捨てて、より大きな望みの方を選んだのだから」
同じように、人間にも、ほどほどの利益に満足せず、より大きな望みを追ううちに、知らぬ間に手の中のものまで手放してしまう者がいる。
第205話 ライオンと狼と狐
年老いたライオンが病気になり、洞穴の中で横になっていた。狐のほかは、どの動物も王の見舞いに来ていた。そこで狼は好機とばかりに、ライオンの前で狐を訴えた。みなを統べるお方を何とも思っていないからこそ、見舞いにさえ来ないのだ、と言うのである。ちょうどそこへ当の狐がやって来て、狼の言葉の最後のくだりを耳にした。ライオンが狐に向かってほえたけると、狐は弁明の機会を求めて言った。「ここにお集まりの中で、誰が私ほどあなたのお役に立ったでしょうか? 私は方々を巡り歩き、あなたのために医者たちから治療法を尋ね、教わってきたのです」。ライオンがすぐさまその治療法を言うように命じると、狐は言った。「狼を生きたまま剥いで、その皮をまだ温かいうちに身にまとうことです」。狼はたちまち骸となって横たわり、狐は笑ってこう言った。「主人の心は、悪意へではなく、善意へと動かすべきなのだ」
この話は、他人に対して策略をめぐらす者は、その策略を自分の身に転じさせてしまう、ということを教えている。
第206話 ライオンと恩返しをしたネズミ
ライオンが眠っていると、ネズミがその体の上を走った。ライオンは跳ね起きてネズミを捕まえ、今にも食らおうとした。ネズミが放してくれるように頼み、助けてもらえたら必ず恩返しをすると言うと、ライオンは笑って放してやった。ところがほどなくして、ライオンはほかならぬネズミの恩返しによって命拾いすることになった。というのも、猟師たちに捕らえられ、縄で木に縛りつけられたとき、そのうめき声を聞きつけたネズミがやって来て、縄をかじり切ってライオンを解き放ち、こう言ったのである。「あなたはあのとき、ネズミから恩返しを受けることなどあるまいと、私を笑いましたね。でも今こそ知ってください。ネズミにも恩返しの心はあるのです」
この話は、時勢が変われば、どれほど強い者でも、より弱い者の助けを必要とするようになる、ということを教えている。
第207話 ライオンと野ロバ
ライオンと野ロバが獣たちを狩っていた。ライオンは力で、野ロバは足の速さで、というわけである。何頭かの獣を仕留めると、ライオンが獲物を分けて三つの取り分を作り、言った。「一つ目は、第一の者として私がもらう。王なのだからな。二つ目も、対等の仲間としてもらう。そして三つ目のこの取り分は、おまえがさっさと逃げる気にならないなら、おまえに大きな災いをもたらすことになるぞ」
何事においても自分の力に応じて身の程をわきまえ、自分より強い者と手を結んだり組んだりしないのがよい。
第208話 共に狩りをしたライオンとロバ
ライオンとロバが仲間の約束を交わして、狩りに出かけた。野生の山羊たちのいる洞窟のところまで来ると、ライオンは入り口の前に立って出てくる山羊を待ち構え、ロバは中に入って山羊たちの間に躍り込み、脅して追い出そうといなないた。ライオンが山羊の大半を捕まえたところでロバは出てきて、自分は勇ましく戦って山羊たちを追い出しただろう、とライオンに尋ねた。ライオンは言った。「よく覚えておくがいい。おまえがロバだと知らなかったら、私だっておまえに怯えたところだ」
同じように、自分をよく知る相手の前で大言壮語する者が笑い者になるのは当然である。
第209話 ライオンとロバと狐
ライオンとロバと狐が互いに仲間の契りを結んで、狩りに出た。たくさんの獲物を捕らえると、ライオンはロバに、みなに分けるよう命じた。ロバが三つの取り分を等しく作って選ぶように勧めると、ライオンは怒り狂って飛びかかり、ロバを食い殺し、今度は狐に分けるよう命じた。狐はほとんどすべてを一つの山に集め、自分にはごくわずかだけを残して、選ぶようにと勧めた。ライオンが、そんな分け方を誰に教わったのかと尋ねると、狐は言った。「ロバの災難に、です」
この話は、隣人の不幸が人間にとっての戒めとなる、ということを教えている。
第210話 ライオンとプロメテウスと象
ライオンはたびたびプロメテウスに文句を言っていた。大きく美しく造ってくれたし、顎には歯を備えさせ、足は爪で固めて、ほかの獣たちより強くしてくれた。「それなのに、これほどの私が雄鶏を怖がっているのだ」と言うのである。プロメテウスは言った。「なぜいわれもなく私を責めるのか? 私が形づくれるものは、すべておまえに与えてある。ただおまえの心が、その一点にだけ弱いのだ」。そこでライオンは我が身を嘆き、おのれの臆病をなじり、ついには死んでしまいたいと思うようになった。そんな心持ちでいたとき象に出くわし、挨拶をして立ち話をしていたが、象が絶え間なく耳を動かしているのを見て言った。「どうしたのだ? どうしておまえの耳は、少しの間もじっとしていないのだ?」。ちょうどそのとき、たまたまブヨが象の周りに飛んできた。象は言った。「このぶんぶんうなる小さいのが見えるだろう? これが耳の通り道に入り込んだら、私はもうおしまいなのだ」。するとライオンは言った。「それなら、どうして私がまだ死ぬ必要があろう? 私はこれほど大きく、しかも雄鶏がブヨにまさっているだけ、象より恵まれているのだから」
ブヨがどれほどの力を持っているかが分かるだろう。象さえも怯えさせるほどなのだ。
第211話 ライオンと雄牛
ライオンが途方もなく大きな雄牛を狙い、計略で仕留めようと考えた。そこで羊を屠ったからと言って雄牛を宴に招いた。席について横になったところを組み伏せるつもりだったのである。雄牛はやって来たが、たくさんの大鍋と大きな串ばかりが目につき、羊はどこにも見当たらないので、何も言わずに立ち去ろうとした。ライオンがそれをとがめ、何もひどい目に遭っていないのに黙って帰るわけを尋ねると、雄牛は言った。「私は理由もなくこうしているのではない。羊のためではなく、雄牛のために調えられた支度が見えるのだから」
この話は、悪人の企みは思慮深い人の目を逃れない、ということを教えている。
第212話 狂ったライオンと鹿
ライオンが狂気に取りつかれていた。森の中からそれを見た鹿が言った。「ああ、私たちは何と哀れなのだろう! 正気のときでさえ手に負えなかったこのライオンが、狂ったとなれば、いったい何をしでかすことか?」
気性が荒く、不正を働くことに慣れた人間が権力を握り、支配者となったときには、誰もがそのもとから逃げるべきである。
第213話 ネズミに怯えたライオンと狐
ライオンが眠っていると、ネズミがその体の上を走り抜けた。ライオンは跳ね起きて、近づいてきた相手を探し、あちこちへ身を巡らせた。狐がそれを見て、ライオンともあろうものがネズミに怯えたのか、となじった。ライオンは答えた。「ネズミを恐れたのではない。ライオンが眠っているのに、その体の上をあえて走ろうとする者がいたことに驚いたのだ」
この話は、思慮深い人に、ささいな事柄をも軽んじてはならないと教えている。
第214話 追いはぎと桑の木
追いはぎが道で人を殺し、居合わせた人々に追われたので、血まみれの相手を残して逃げ出した。向こうから旅してくる人々に、その手は何で汚れているのかと尋ねられると、たった今桑の木から降りてきたところだ、と答えた。そう言っているところへ追っ手が駆けつけ、彼を捕らえて、とある桑の木に磔にした。すると桑の木が彼に言った。「あなたの死刑の手伝いをするのは、少しも嫌ではない。あなたは自分の犯した人殺しの汚れを、この私になすりつけたのだから」
同じように、生まれつき善良な人でも、悪人だと中傷されれば、その相手に対して悪をなすことをためらわない場合が多い。
第215話 互いに戦う狼と犬
狼と犬の間には、かつて敵意があった。犬たちの将軍には、ギリシア生まれの犬が選ばれた。この犬が戦いをぐずぐずと引き延ばすので、狼たちは激しく脅しつけた。すると犬は言った。「なぜ私がぐずぐずしているか、分かるか? 何事も前もってよく考えておくのが肝要なのだ。おまえたちの方は、種族もみな一つなら、毛色も一つだ。ところがわれわれの仲間は、さまざまな素性から成っていて、それぞれの土地を自慢にしている。毛色にしても一つの同じ色ではなく、黒い者もいれば、赤茶の者も、白い者も、灰色の者もいる。すべてがちぐはぐで、何一つそろわない者たちを率いて、どうして戦争に出られようか?」
全軍が一つの考え、一つの心にまとまっていてこそ、敵に対する勝利は得られるのである。
第216話 狼と和解した犬
狼たちが犬たちに言った。「おまえたちは何もかもわれわれとそっくりなのに、どうして兄弟として心を一つにしないのか? われわれとおまえたちは、考え方のほかは何も違わないのだ。われわれは自由に生きている。だがおまえたちは、人間に頭を下げて仕え、鞭打たれるのを我慢し、首輪をはめられ、羊の番をさせられている。そのくせ人間たちが食事をするときには、おまえたちには骨だけしか投げてよこさない。どうだ、その気があるなら、羊の群れをそっくりわれわれに引き渡せ。そうすればすべてを共有して、飽きるまで食べられるぞ」。犬たちはこの言葉に従った。だが狼たちは、洞窟の中に入り込むと、まず先に犬たちを殺してしまった。
自分の祖国を裏切る者たちは、このような報いを受け取るのである。
第217話 狼と羊
狼たちが羊の群れを狙っていたが、番をする犬たちのせいでどうしても手が出せないので、これは計略でやり遂げるほかないと考えた。そこで使者を送り、犬たちを引き渡すよう羊たちに求めた。敵意の元はあの犬たちなのだから、彼らさえ引き渡してもらえれば、両者の間に平和が訪れるだろう、と言うのである。羊たちは先のことを見通せずに犬たちを引き渡した。狼たちはやすやすと犬たちを片付けると、番のいなくなった群れをも滅ぼしてしまった。
同じように、国々も、民衆の指導者を安易に引き渡してしまうと、知らぬ間に自分たちもたちまち敵の手に落ちるのである。
第218話 狼と羊と雄羊
狼たちが羊たちに使者を送り、犬たちを引き渡して始末させてくれるなら、末永く続く平和を結ぼう、と申し入れた。愚かな羊たちはそうすることに同意した。だが一頭の年老いた雄羊が言った。「どうしておまえたちを信じて、一緒に暮らせるものか? 犬たちが守ってくれている今でさえ、私は安心して草を食むこともできないというのに」
和解しようのない敵の誓いに説き伏せられて、わが身を守るものを手放してはならない。
第219話 自分の影に思い上がった狼とライオン
あるとき、狼が人気のない土地をさまよっていた。太陽がすでに西へ傾く頃、長く伸びた自分の影を見て言った。「この私がライオンを恐れるというのか、これほどの大きさがありながら? 一プレトロンもの長さがあるのだから、ありとあらゆる獣をひとまとめに従える支配者になれるのではないか?」。だが、思い上がった狼を、力強いライオンが捕らえて食らった。狼は悔いて叫んだ。「うぬぼれこそ、われわれの災いのもとなのだ」
第220話 狼と山羊
狼が、切り立った岩屋の上で草を食んでいる山羊を見つけたが、そこまでは届かないので、うっかり落ちてはいけないから、もっと下に降りてくるように、と勧めた。自分のいるところの草地の方が良いし、草もじつに花盛りだ、と言うのである。だが山羊は答えた。「あなたは私を草を食べにと招いているのではない。あなた自身が食べ物に困っているのだ」
同じように、悪事を働く人間も、その手の内を知っている者の前で悪だくみをすれば、その企みの愚かさをさらすだけである。
第221話 狼と子羊
狼が、川の水を飲んでいる子羊を見かけて、もっともらしい口実をつけて食ってやろうと考えた。そこで川上に立ち、水を濁らせて自分に飲ませないつもりだな、と言いがかりをつけた。子羊が、自分は唇の先で飲んでいるだけだし、だいいち川下に立つ者が川上の水をかき乱すことなどできない、と言うと、狼はこの言いがかりが通らなくなって言った。「だがおまえは去年、おれの父を罵っただろう。」子羊が、そのころはまだ生まれてもいなかったと言うと、狼は子羊に言った。「おまえがいくら申し開きに事欠かなくても、おれがおまえを食うことに変わりはないぞ。」
この話は、初めから悪事をなすつもりでいる者のもとでは、正当な申し開きも力を持たないということを教えている。
第222話 狼と神殿に逃げ込んだ子羊
狼が子羊を追いかけた。子羊はある神殿の中へ逃げ込んだ。狼が呼びかけて、祭司に捕まったら神への生贄にされてしまうぞ、と言うと、子羊は言った。「おまえに殺されるより、神への生贄になるほうがましだ。」
この話は、死を免れない者にとっては、誉れある死のほうがまさっているということを教えている。
第223話 狼と老婆
腹をすかせた狼が、食べ物を探して歩き回っていた。ある場所にさしかかると、子供の泣く声と、老婆がその子にこう言うのが聞こえた。「泣くのはおやめ。さもないと、今すぐおまえを狼にやってしまうよ。」狼は老婆の言うことを本当だと思い、長いこと立って待っていた。ところが夕方になると、こんどは老婆が子供をあやして、こう言うのが聞こえた。「坊や、狼が来たら、殺してしまいましょうね。」これを聞いた狼は、こう言いながら立ち去った。「この家では、言うこととやることが別々だ。」
行いが言葉と一致しない人々に向けた話である。
第224話 狼とサギ
狼が骨を呑み込んでしまい、治してくれる者を探して歩き回っていた。サギに出会うと、報酬を払うからと言って、骨を取り出してくれるよう頼んだ。サギは自分の頭を狼の喉の奥へ差し入れて骨を引き抜き、約束の報酬を求めた。すると狼は答えて言った。「おい、狼の口から無事に頭を引き出せただけでは満足せず、その上報酬まで求めるのか?」
この話は、悪人のもとでは、恩恵に対する最大の返礼は、彼らからそれ以上害を加えられないことだということを教えている。
第225話 狼と馬
狼が畑の中を通りかかって、大麦を見つけた。だが自分の食べ物にはできないので、そのままにして立ち去った。やがて馬に出会うと、その畑へ連れて行き、大麦を見つけたが自分は食べずにおまえのために取っておいたのだ、おまえが歯を鳴らして食べる音を聞くのは楽しいから、と言った。馬は答えて言った。「おい、もし狼に大麦が食えるものなら、腹よりも耳を選んだりは、けっしてしなかっただろうよ。」
この話は、生まれつき邪悪な者は、たとえ親切を約束しても信用されないということを教えている。
第226話 狼と犬
狼が、首輪でつながれた大きな犬を見て尋ねた。「おまえをつないで、こんなに大きく育てたのは誰だ?」犬は「猟師だ」と答えた。「そんな目には、おれの親しい狼は誰も遭ってくれるな。首輪の重さは、飢えも同然なのだから。」
この話は、災いの中にあっては、腹いっぱい食べられることも喜びにはならないということを教えている。
第227話 狼とライオン
あるとき狼が群れから羊をさらい、ねぐらへ運んでいた。するとライオンが出くわして、その羊を取り上げた。狼は遠く離れたところに立って言った。「おまえは不当にもおれのものを奪ったな。」ライオンは笑って言った。「では、おまえは友達から正当に贈られたとでも言うのか?」
この話は、強奪をこととする貪欲な盗人たちが、何かのつまずきに遭って互いを責め合うさまをあばいている。
第228話 狼とロバ
狼が仲間の狼たちの大将となって、皆に掟を定めた。各自が狩りで手に入れたものはすべて皆の真ん中に持ち寄り、一人ひとりに等しい分け前を与える。そうすれば、残りの者が飢えて共食いをすることもない、というのである。するとロバが進み出て、たてがみを振り立てて言った。「狼の心から出た、ご立派な考えだ。だが、おまえが昨日の獲物をねぐらにしまい込んだのは、どうしたわけだ? さあ、それをここへ出して、皆に分けるがいい。」狼はやり込められて、掟を取り消した。
法を正しく定めているように見える者たち自身が、みずから定め、裁いた事柄を守らない、ということである。
第229話 狼と羊飼い
狼が羊の群れについて来たが、何の害も加えなかった。羊飼いは初めのうち、狼を敵と見て警戒し、恐れながら見張っていた。だが狼がずっと付き従いながら、いっこうに奪おうとしないので、やがてこれは敵ではなく、むしろ番人なのだと考えるようになった。そして町へ出かける用事ができると、羊を狼に預けて出かけて行った。狼は好機が来たと見るや、襲いかかって群れの大半を食い荒らした。帰ってきた羊飼いは、群れが滅ぼされたのを見て言った。「当然の報いだ。どうして狼に羊を預けたりしたのか?」
同じように、人間の中でも、金に貪欲な者に預け物を託す者は、奪われて当然なのである。
第230話 満腹の狼と羊
食べ物に満ち足りた狼が、地面に倒れている羊を見つけた。自分を恐れるあまり倒れたのだと察すると、そばに寄って羊を励まし、本当のことを三つ言ったら放してやろう、と言った。羊は語り始めて、第一に、あなたには出会いたくなかったと言い、第二に、どうしても出会う定めだったのなら、せめて目の見えない狼がよかったと言い、第三にこう言った。「悪い狼ども、みんなひどい死に方をするがいい。私たちから何の害も受けていないのに、私たちに情け容赦のない戦いを仕掛けてくるのだから。」狼はその偽りのなさに感心して、羊を放してやった。
この話は、真実はしばしば敵の間でも力を持つということを教えている。
第231話 傷を負った狼と羊
狼が犬どもに噛まれてひどい傷を負い、自分で食べ物を手に入れることもできずに倒れていた。そこへ羊の姿が見えたので、そばを流れる川から飲み水を持ってきてくれと頼んだ。「おまえが飲み水をくれたら、食べ物は自分で見つけるから。」羊は答えて言った。「私が飲み水を差し上げたら、あなたは私を食べ物になさるのでしょう。」
見せかけで罠を仕掛ける悪人に向けた話である。
第232話 ともしび
油に酔ったともしびが、明るく照らしながら、太陽よりも明るく輝いていると自慢していた。だが風がひゅうと吹きつけると、たちまち消えてしまった。ある人がもう一度火をともして言った。「ともしびよ、黙って照らしていろ。星々の光は、けっして消えたりしないのだ。」
栄誉や人生の華やかさに思い上がってはならない、人が手に入れるものは、みな借り物にすぎないのだから、ということである。
第233話 占い師
占い師が広場に座って、銭を取って占いをしていた。そこへだしぬけに人がやって来て、あなたの家の戸がこじ開けられ、中の物が残らず持ち去られている、と告げた。占い師は仰天して飛び上がり、うめき声を上げながら、何が起きたのか見ようと駆け出した。居合わせた者の一人がそれを見て言った。「おい、あんたは他人の身の上を前もって知ることができると触れ込んでおきながら、自分のことは占えなかったのか?」
この話は、自分の暮らしをろくに営めもしないのに、自分と関わりのないことまで見通そうとする人々に対して使えるだろう。
第234話 ミツバチとゼウス
ミツバチたちは、自分たちの蜜を人間に取られるのが妬ましく、ゼウスのもとへ行って、巣に近づく者を針で刺し殺せる力を授けてほしいと願った。ゼウスはその意地の悪さに腹を立て、ミツバチが誰かを刺したら針が抜け落ち、そのあとは命まで失うようにした。
この話は、みずから害を被ることもいとわない、ねたみ深い人に当てはまる。
第235話 養蜂家
ある男が、養蜂家の留守にその家へ入り込み、蜜と巣を盗み出した。養蜂家は帰ってきて、巣箱が空になっているのを見つけると、その場に立って巣箱を調べ回していた。そこへ野の餌場から戻ってきたミツバチたちが、彼を見つけるなり針で刺して、さんざんな目に遭わせた。養蜂家はミツバチたちに言った。「この性悪な生き物どもめ、おまえたちの巣を盗んだ者は罰しもせずに見逃しておいて、世話をしているこの私を、こんなにひどく刺すのか。」
同じように、人間の中にも、無知のせいで敵を警戒せず、友をたくらみ者と思い込んで突きのける者がいる。
第236話 物乞いの祭司たち
物乞いの祭司たちがロバを一頭飼っていて、旅に出るときはいつも荷物を載せて歩いていた。あるとき、そのロバが疲労のあまり死んでしまうと、彼らは皮を剥ぎ、その皮で太鼓をこしらえて使うことにした。ほかの物乞いの祭司たちに出会って、ロバはどこにいるのかと尋ねられると、彼らは答えた。死ぬには死んだが、生きていたときにも耐えたことのないほど、さんざんに叩かれ続けている、と。
同じように、召使いの中には、奴隷の身分から解放されても、奴隷の務めから離れられない者がいる。
第237話 ネズミとイタチ
ネズミとイタチのあいだに戦争があった。ネズミたちはいつも負けてばかりいたので、寄り集まって、これは指揮する者がいないせいだと考えた。そこで自分たちの中から何匹かを選んで、将軍に任じた。将軍たちは、ほかの者より際立って見えるようにと、角をこしらえて身につけた。やがて戦いが始まると、ネズミたちはことごとく打ち負かされた。ほかの者はみな穴へ逃げ込んで難なくもぐり込んだが、将軍たちは角がつかえて入ることができず、捕らえられて食われてしまった。
このように、多くの者にとって、虚栄心が災いのもとになる。
第238話 ハエ
ハエが、肉を煮ている鍋に落ちた。煮汁に溺れて死にそうになったとき、ハエは自分に向かって言った。「私は食べもしたし、飲みもしたし、湯浴みもすませた。もう死んだところで、思い残すことは何もない。」
この話は、苦しみを伴わずに死が訪れるとき、人はそれをたやすく受け入れるということを教えている。
第239話 ハエたち
ある貯蔵室で蜜がこぼれ、ハエたちが飛んできて、むさぼり食った。あまりの甘さに、そこを離れようとしなかった。だが足がはまり込み、飛び立てなくなって、窒息しながら言った。「私たちはなんと哀れなのだろう。わずかな快楽のために命を落とすとは。」
このように、食い意地は多くの者に多くの災いをもたらすのである。
第240話 アリ
今のアリは、昔は人間だった。農耕に励みながらも、自分の働きで得たものに満足せず、他人のものに目をつけては、隣人たちの作物を盗み続けていた。ゼウスはその強欲に腹を立て、この男の姿を、アリと呼ばれる今の生き物に変えてしまった。だが姿は変わっても、性分は変わらなかった。今に至るまで、畑を歩き回っては他人の小麦や大麦を集め、自分のためにため込んでいるのである。
この話は、生まれつき邪悪な者は、どれほど厳しく罰せられても、性根を改めないということを教えている。
第241話 アリと糞ころがし
夏のさなか、アリは畑を歩き回って小麦や大麦を集め、冬に備えて自分の食糧を蓄えていた。糞ころがしはそれを見て、ほかの生き物たちが労苦を離れてのんびり過ごしているまさにその時期に骨を折るとは、なんと苦労性なことかと呆れた。アリはそのときは何も言わなかった。のちに冬が訪れ、糞が雨に流されてしまうと、糞ころがしは飢えて、食べ物を分けてほしいとアリのもとへやって来た。アリは言った。「糞ころがしよ、私が汗を流し、おまえが私をあざけっていたあのときに、おまえも働いていたなら、いま食べ物に困ることはなかっただろうに。」
同じように、豊かなときに将来への備えをしない者は、時勢が変わると、この上ない不幸に見舞われる。
第242話 アリと鳩
喉の渇いたアリが泉に降りて行ったが、流れにさらわれて溺れかけていた。鳩がそれを見て、木の小枝を折り取って泉に投げ込んでやると、アリはその上に乗って助かった。その後、ある鳥刺しがもち竿を継ぎ合わせ、鳩を捕らえようと近寄って来た。アリはそれを見て、鳥刺しの足に噛みついた。鳥刺しは痛さのあまりもち竿を投げ出し、鳩をたちまち飛び立たせてしまった。
この話は、恩人には恩を返さなければならないということを教えている。
第243話 野ネズミと町ネズミ
野ネズミが、家に住むネズミと親しくしていた。家のネズミは友に招かれ、さっそく野の畑へ食事にやって来た。そして大麦や小麦をかじりながら言った。「友よ、知っておくがいい、君はアリの暮らしを送っているのだ。私のところには良い物が山ほどある。一緒においで、何もかも味わわせてあげよう。」二匹はすぐさま連れ立って出かけた。家のネズミは豆や穀物、それにナツメヤシの実、チーズ、蜂蜜、果物を見せた。野ネズミは目をみはって相手を大いに褒めたたえ、わが身の巡り合わせを嘆いた。さて、いざ食べ始めようというとき、突然、人が戸を開けた。哀れな二匹は物音におびえて、壁の割れ目に飛び込んだ。やがて干し無花果を取ろうと再び出て来ると、今度は別の人が中の物を取りに入って来た。二匹はその姿を見ると、また穴に飛び込んで隠れた。すると野ネズミは、ひもじさなど何ほどのこともないとばかりにため息をつき、相手に言った。「さようなら、友よ。君は心ゆくまで食べて、楽しみと、それに危険と大きな恐怖を道連れに、それを味わうがいい。哀れな私は、大麦や小麦をかじりながら、誰を疑うこともなく、恐れずに生きていくよ。」
この話は、恐れと苦しみの中で贅沢に暮らすよりも、質素に過ごして心穏やかに生きるほうがまさるということを教えている。
第244話 ネズミとカエル
陸のネズミが、悪い巡り合わせでカエルと親しくなった。カエルは悪だくみをして、ネズミの足を自分の足に結びつけた。二匹はまず、穀物を食べに畑へ行った。それから池の縁に近づくと、カエルはネズミを深みへ引きずり込み、自分は水の中ではしゃぎ回って、ブレケケケクスと鳴き立てた。哀れなネズミは水を飲んでふくれ上がって死んでしまい、カエルの足に結ばれたまま浮かんでいた。トビがそれを見つけて爪でさらうと、縛られたままのカエルも後に続き、自分もまたトビの餌食になった。
たとえ死んだ者であっても、仕返しの力は持っている。神の正義はすべてを見守り、天秤にかけて釣り合いのとおりに報いを与えるからである。
第245話 難破した男と海
難破した男が浜辺に打ち上げられ、疲れ果てて眠り込んでいた。しばらくして起き上がり、海を眺めると、男は海をなじった。穏やかな見た目で人間を誘い込んでおきながら、迎え入れたとたんに荒れ狂って滅ぼしてしまうのだ、と。すると海は女の姿になって言った。「これ、あなた。責めるなら私ではなく、風たちを責めなさい。私は生まれつき、いまあなたが見ているとおりのものです。ところが風たちが不意に襲いかかって来て、私に波を立たせ、荒れ狂わせるのです。」
同じように、私たちも不正な行いについては、行った者が他の者に従う立場にあるときは、その者ではなく、上に立って指図する者を責めるべきである。
第246話 若者たちと料理人
二人の若者が同じ料理人の店で肉を買っていた。料理人がほかに気を取られている隙に、一方が豚足をくすねて、もう一方の懐へ差し入れた。料理人が振り返って探し、二人を問い詰めると、取った方は持っていないと誓い、持っている方は取っていないと誓った。料理人は二人の悪知恵に気づいて言った。「おまえたちが偽りの誓いで私の目をごまかせても、神々の目はごまかせないぞ。」
この話は、どれほど巧みに言い抜けようとも、偽りの誓いの不敬虔さは変わらないということを教えている。
第247話 子鹿と鹿
あるとき子鹿が鹿に言った。「お父さん、あなたは生まれつき犬より大きくて足も速く、おまけに身を守るための立派な角まで持っています。それなのに、どうしてそんなに犬を恐れるのですか?」父は笑って言った。「おまえの言うことはもっともだ。だが一つだけ分かっていることがある。犬の吠え声を聞くと、どういうわけか、たちまち一目散に駆け出してしまうのだ。」
この話は、生まれつき臆病な者は、どんな励ましによっても強くならないということを教えている。
第248話 放蕩な若者とツバメ
放蕩な若者が父親譲りの財産を食いつぶし、残ったのは外套一枚だけだった。あるとき、季節はずれに現れたツバメを見て、もう夏が来たと思い込み、外套ももう要らないとばかりに、それさえ持って行って売り払ってしまった。その後、冬がぶり返して激しい寒さになったころ、外を歩き回っていた若者は、凍え死んだツバメを見つけて言った。「おまえか。おまえは私も、おまえ自身も滅ぼしてしまったのだ。」
この話は、時季をはずれて行われることはすべて危ういということを教えている。
第249話 病人と医者
ある病人が医者に容態を尋ねられて、必要以上に汗をかいたと答えた。医者は「それは良いことです」と言った。二度目に具合はどうかと尋ねられると、悪寒に襲われてひどく震えたと答えた。医者は「それも良いことです」と言った。三度目にやって来た医者が病状を尋ねると、下痢になったと言った。医者はそれも良いことだと言って帰って行った。やがて身内の一人がやって来て具合はどうかと尋ねると、病人は言った。「私はね、良いことずくめのおかげで死にかけているよ。」
同じように、多くの人間は、当人が内心では何よりも苦しんでいる当の事柄について、うわべの思い込みから、周りの人々に幸せ者と呼ばれる。
第250話 コウモリと茨とカモメ
コウモリと茨とカモメが仲間を組み、商いで身を立てることに決めた。そこでコウモリは金を借りて共同の元手に出し、茨は衣類を持ち込み、カモメは三番目に銅を持ち込んで、船出した。ところが激しい嵐が起こって船が転覆し、彼らはすべてを失い、身一つで陸にたどり着いた。それ以来、カモメは海がどこかに銅を打ち上げはしないかと、いつも浜辺で見張っている。コウモリは貸し主を恐れて、昼のあいだは姿を見せず、夜になってから餌をあさりに出る。茨は自分の衣が見つかりはしないかと、通りがかりの者の衣に取りすがって探る。
この話は、人は自分が打ち込んだ当のものに、のちのちまで囚われ続けるということを教えている。
第251話 コウモリとイタチ
コウモリが地面に落ちて、イタチに捕まった。殺されそうになったので、命乞いをした。イタチが、自分は生まれつきすべての鳥と戦う身だから放してやれないと言うと、コウモリは、自分は鳥ではなくネズミだと言い、こうして放してもらった。その後、また落ちて別のイタチに捕まると、食べないでほしいと頼んだ。そのイタチが、自分はあらゆるネズミを憎んでいると言うと、コウモリは、自分はネズミではなくコウモリだと言い、再び放してもらった。こうして二度名前を変えて、命拾いをしたのである。
この話は、時に応じて姿を変える者がしばしば危険を逃れることを思えば、私たちもまた、いつも同じあり方に留まっていてはならないということを教えている。
第252話 木々とオリーブ
あるとき木々が、自分たちの上に立つ王を選ぼうと出かけて行き、オリーブに言った。「私たちの王になってください。」オリーブは答えた。「神も人も私のうちに誉れとしてくださった豊かな油を捨てて、木々を治めに行けようか。」木々は無花果に言った。「さあ、私たちの王になってください。」無花果は答えた。「私の甘さと良い実りを捨てて、木々を治めに行けようか。」そこで木々は茨に言った。「さあ、私たちの王になってください。」茨は木々に言った。「あなたたちが本心から私に油を注いで王とするのなら、来て、私の陰に身を寄せなさい。さもなければ、茨から火が出て、レバノンの杉を焼き尽くすがよい。」
第253話 木こりとヘルメス
ある木こりが川のほとりで、自分の斧を流れに落としてしまった。どうすることもできず、岸辺に座り込んで嘆いていると、ヘルメスがわけを知り、男を憐れんで川に潜り、金の斧を引き上げて、なくしたのはこれかと尋ねた。男がこれではないと言うと、ヘルメスは再び潜って銀の斧を運んで来た。男がこれも自分の物ではないと言うと、三度目に潜って、当の斧を引き上げた。男が、まさしくこれがなくした物だと言うと、ヘルメスはその正直さに感心して、三本すべてを男に贈った。男は仲間たちのところへ戻り、身に起きたことを残らず語って聞かせた。すると仲間の一人が、自分も同じ幸運にあずかろうと考え、川へ行ってわざと自分の斧を流れに投げ込み、泣きながら座り込んだ。ヘルメスはこの男の前にも現れ、嘆きのわけを知ると、同じように潜って金の斧を引き上げ、落としたのはこれかと尋ねた。男が喜び勇んで「そうです、確かにこれです」と言うと、神はそのあまりの厚かましさを憎み、金の斧を渡さなかったばかりか、男自身の斧さえ返してやらなかった。
この話は、神が正しい者に力を貸すのと同じだけ、不正な者には敵対するということを教えている。
第254話 旅人たちと熊
二人の友人が同じ道を歩いていた。熊が目の前に現れると、一人は先んじて木に登り、そこに身を隠したが、もう一人は捕まりそうになり、地面に倒れて死んだふりをした。熊が鼻面を寄せてあちこち嗅ぎ回るあいだ、男は息を殺していた。この獣は死体には手をつけないと言われているのである。熊が立ち去ると、木から降りて来た男が、熊は耳もとで何と言ったのかと尋ねた。男は答えた。「これからは、危険なときにそばに留まってくれないような友人とは、一緒に旅をするなということだ。」
この話は、本物の友人は災難が試すということを教えている。
第255話 旅人たちとワタリガラス
何かの用向きで出かけて行く人々の前に、片方の目のつぶれたワタリガラスが現れた。彼らが振り返り、一人が、この前兆はそれを告げているのだと言って引き返すよう勧めると、別の一人が受けて言った。「自分の目がつぶれることさえ、用心できるように見通せなかったこの鳥が、どうしてわれわれに先のことを占ってやれるのか?」
同じように、自分自身のことに分別を欠く人間は、隣人への助言においても頼りにならない。
第256話 旅人たちと斧
二人の男が連れ立って旅をしていた。一人が斧を見つけると、もう一人が「われわれは拾い物をしたな」と言った。見つけた男は、「『われわれが拾った』ではなく、『君が拾った』と言ってくれ」とたしなめた。しばらくすると、斧を落とした者たちが追いかけて来た。斧を持った男は追われながら、道連れに向かって「われわれはおしまいだ」と言った。すると相手は言った。「『われわれはおしまいだ』ではなく、『私はおしまいだ』と言うがいい。斧を見つけたときも、君はそれを私に分けてはくれなかったのだから。」
この話は、幸運の分け前にあずからなかった者は、災難のときにも確かな友ではないということを教えている。
第257話 旅人たちとプラタナス
夏のさかりの真昼どき、旅人たちが炎暑に疲れ果てて歩いていたが、プラタナスを見つけると、その木の下にたどり着き、木陰に横になって休んだ。やがてプラタナスを見上げて、この木は実がならず、人間には何の役にも立たないと言い合った。するとプラタナスが受けて言った。「恩知らずな人たちよ、いままさに私の恵みにあずかっていながら、私を役立たずの実なし木と呼ぶのか。」
同じように、人間の中には、隣人に善行を施しながら、その親切を信じてもらえないほど運に恵まれない者もいる。
第258話 旅人たちと柴
旅人たちが浜辺沿いの道を進み、ある高台に着いた。そこから、はるか沖に柴の束が浮かんで流れて来るのを見て、大きな船だと思った。そこで、やがて接岸するだろうと待ち構えていた。柴が風に運ばれて近づいて来ると、今度はもう船ではなく小舟が見えているのだと思った。ところが打ち上げられたそれがただの柴だと分かると、彼らは互いに、何ほどのものでもないものをむだに待ち受けていたのだ、と言い合った。
この話は、人間の中には、不意に見れば恐ろしげに思えても、いざ試してみると何の値打ちもないと分かる者がいるということを教えている。
第259話 旅人と真実
ある旅人が荒れ野を歩いていて、ひとり打ち沈んで立っている女を見つけ、尋ねた。「あなたは誰か?」女は言った。「真実です。」「それでは、どういうわけで町を離れて、この荒れ野に住んでいるのか?」女は言った。「昔の時代には、嘘は少数の者のもとにしかありませんでした。けれども今では、何かを聞くにも話すにも、嘘はすべての人間のもとにあるのです。」
嘘が真実よりも重んじられるとき、人間の暮らしは最悪の、邪悪なものとなる。
第260話 旅人とヘルメス
ある旅人が長い道のりを行きながら、何か拾い物をしたら、その半分をヘルメスに捧げますと誓いを立てた。やがて、アーモンドとナツメヤシの実の入った革袋に行き当たり、金銭が入っていると思って拾い上げた。中身を振り出してみて、入っていた物を見ると、男はそれを食べてしまい、アーモンドの殻とナツメヤシの種を取って、とある祭壇の上に置いて言った。「ヘルメスよ、誓いの分は確かにお渡ししました。拾った物の内側も外側も、あなたと分け合ったのですから。」
強欲のあまり神々までも言いくるめる、金銭に汚い人に向けた話である。
第261話 旅人と運命の女神
旅人が長い道のりを歩き通し、疲れに打ちのめされて、井戸のそばに倒れ込んで眠っていた。今にも井戸へ落ちようというそのとき、運命の女神がそばに立ち、旅人を揺り起こして言った。「おい、おまえさん。もし落ちていたら、おまえは自分の無分別ではなく、わたしを責めていたことだろうよ。」
同じように、多くの人間は、自分のせいで不幸になりながら、神々を責めるのである。
第262話 ゼウスに願い出たロバたち
ロバたちはあるとき、ひっきりなしに荷を運ばされて苦しい思いをするのに耐えかねて、ゼウスのもとへ使者を送り、労苦から解き放ってくれるよう願い出た。ゼウスは、それがかなわぬ願いであることを示してやろうと、おまえたちが小便で川をこしらえたときに、その苦役から解き放たれるだろう、と言った。ロバたちはそれを本当のことだと思い込み、それ以来今日に至るまで、仲間の小便を見かけると、そのまわりに自分たちも立ち止まって小便をするのである。
この話は、めいめいに定められた運命は、どうにも変えようがないということを教えている。
第263話 ロバを買う男
ある男がロバを買おうとして、試しにそのロバを引き取った。そして自分のロバたちの中へ引き入れ、飼い葉桶のそばに立たせた。するとそのロバは、ほかのロバたちには目もくれず、いちばんの怠け者で大食らいのロバのそばに立った。ロバが何もしないので、男は縄をつけて引いて行き、持ち主に返した。これで十分に試したことになるのかと持ち主が尋ねると、男は答えて言った。「いや、わたしにはもう試すまでもない。皆の中からあんな仲間を選んだからには、こいつも同じようなロバに決まっているのだ。」
この話は、人はどんな仲間を好んでつき合うかで、その人柄を推し量られるということを教えている。
第264話 野生のロバと飼いロバ
野生のロバが、日当たりのよい場所にいる飼いロバを見かけ、近寄って行って、体つきの立派なことと、餌をたっぷり味わえることを、幸せ者よとたたえた。だが後になって、そのロバが荷を負わされ、ロバ使いが後ろからついて棍棒で打ちすえているのを見ると、こう言った。「いや、わたしはもうおまえを幸せ者とは思わない。見たところ、おまえの豊かさは、大きな災いと引き換えでなければ手に入らないのだから。」
同じように、危険や労苦と引き換えに得られる利得は、うらやむに値しないのである。
第265話 塩を運ぶロバ
ロバが塩を積んで川を渡っていた。足を滑らせて水に落ちると、塩が溶けたので、身軽になって立ち上がった。これに味をしめたロバは、のちに海綿を積んで川にさしかかったとき、また倒れればもっと軽くなって起き上がれるだろうと考え、今度はわざと足を滑らせた。ところが海綿が水を吸い込んだため、ロバは起き上がることができず、その場で溺れ死んでしまった。
同じように、人間のなかにも、自分の思いつきがもとで、気づかぬうちに災難へはまり込んでいく者がいるのである。
第266話 神像を運ぶロバ
ある男がロバに神像を載せ、町へ向かって追って行った。行き会う人々がその神像を伏し拝むので、ロバは自分が拝まれているのだと思い込み、すっかり舞い上がって鳴き立て、それ以上先へ進もうとしなくなった。ロバ使いは事の次第を悟り、棍棒でロバを打ちながら言った。「この馬鹿頭め。挙げ句の果てには、ロバが人間さまに拝まれるときたか。」
この話は、他人の良いものを笠に着て威張る者は、事情を知る人々の物笑いになるということを教えている。
第267話 ライオンの皮をかぶったロバと狐
ロバがライオンの皮をかぶって歩き回り、もの言わぬ獣たちをおどして回っていた。そして狐を見かけると、これもおどしてやろうとした。ところが狐は、たまたま前にロバの鳴き声を聞いたことがあったので、ロバに言った。「よく覚えておくがいい。おまえの鳴き声を聞いていなかったら、わたしだっておまえを怖がっていたことだろうよ。」
同じように、無学な者のなかには、うわべの虚勢でひとかどの人物と見られていても、自分のおしゃべりがもとで正体を暴かれる者がいるのである。
第268話 馬を幸せ者と呼ぶロバ
ロバが馬を幸せ者だとたたえた。馬は何不自由なく手厚く養われているのに、自分は人一倍の骨折りをしながら、もみ殻さえ十分にもらえなかったからである。ところが戦のときが来ると、武具に身を固めた兵士が馬にまたがり、四方八方へ駆けさせたうえ、ついには敵のただ中へと乗り入れた。馬は討たれて倒れ伏した。それを見たロバは考えを変えて、馬を哀れな者よと嘆いた。
この話は、権力者や金持ちをうらやんではならず、彼らに向けられるねたみと危険とを思い合わせて、貧しさを愛すべきだということを教えている。
第269話 ロバと雄鶏とライオン
あるとき、雄鶏がロバと一緒に餌を食べていた。ライオンがロバに襲いかかると、雄鶏が声を上げた。するとライオンは、雄鶏の声を恐れるものだと言われているとおり、逃げ出した。ロバは、ライオンが自分を恐れて逃げたのだと思い込み、すぐさま追いかけた。ところが、雄鶏の声のもう届かないところまで追って行くと、ライオンは向き直って、ロバを食らってしまった。ロバは死にぎわに叫んだ。「なんと哀れで愚かなわたしだ。戦人の親から生まれたのでもないのに、何を思って戦いに飛び出したりしたのか?」
この話は、多くの人間が、わざと弱くへりくだってみせる敵に打ちかかり、かえってその敵の手にかかって滅びるということを教えている。
第270話 ロバと狐とライオン
ロバと狐が仲間の約束を交わして、連れ立って狩りに出かけた。そこへライオンが行き合わせると、狐は危険が身に迫っているのを見てとり、ライオンに歩み寄って、自分の身の安全を請け合ってくれるならロバを引き渡そうと約束した。ライオンが放免してやろうと言うので、狐はロバを連れて行き、罠に落ちるように仕向けた。ライオンは、ロバがもはや逃げられないのを見ると、まず狐を捕らえ、それからおもむろにロバに取りかかったのである。
同じように、仲間を陥れようと企てる者は、しばしば気づかぬうちに、自分自身をも道連れに滅ぼしてしまうのである。
第271話 ロバとカエルたち
ロバが木材の荷を負って沼を渡っていた。足を滑らせて倒れると、起き上がることができず、泣き言を並べてうめいていた。沼にすむカエルたちは、そのうめき声を聞いて言った。「おい、おまえさん。ほんのしばらく倒れただけでそれほど嘆くのなら、わたしたちのようにここで長々と暮らすことになったら、いったいどうするつもりだね?」
この話は、ごくわずかな労苦にも音を上げる意気地のない男に向かって、自分はもっと多くの労苦をやすやすと耐えている者が使うのにふさわしい。
第272話 同じ荷を負わされたロバとラバ
ロバとラバが連れ立って歩いていた。ロバは、二頭の荷が同じであるのを見て腹を立て、ラバは二倍の餌をもらう身でありながら、少しも余計に運んでいないではないかと不平を鳴らした。ところが道を少し進むと、ロバ使いは、ロバがもちこたえられそうにないのを見て、荷の一部を取り上げてラバに載せた。さらに先へ進み、ロバがいっそう弱っていくのを見ると、また荷を移し、とうとう全部を取り上げてラバに載せてしまった。そのときラバはロバのほうを見て言った。「おい、おまえさん。これでも、わたしが二倍の餌をもらって当然だとは思わないかい?」
だからわたしたちも、めいめいの真価は、初めからではなく、終わりを見て確かめるのがふさわしいのである。
第273話 ロバと庭師
庭師に仕えていたロバは、食べ物は少ないのに骨折りばかりが多いので、庭師のもとを離れてほかの主人に売られるようにと、ゼウスに祈った。ゼウスはこれを聞き届け、陶工に売られるよう命じた。ところがロバは、前より重い荷を負わされ、粘土や焼き物を運ばされて、またも不満を募らせた。そこで重ねて主人替えを願い出ると、今度は皮なめし職人に売り渡された。こうして前の誰よりもひどい主人のもとに落ち着いたロバは、その主人の仕事ぶりを目にして、うめきながら言った。「ああ、哀れなわたしだ。前の主人たちのところに留まっていたほうがましだった。見れば、この主人はわたしの皮までなめし上げるのだから。」
この話は、召し使いというものは、次の主人を実際に味わってみたときにこそ、前の主人を最も恋しがるということを教えている。
第274話 ロバとワタリガラスと狼
背中に傷のあるロバが、草地で草を食んでいた。ワタリガラスがその背にとまって傷をつつくと、ロバは痛みのあまり鳴きわめいて跳ね回った。ロバ使いは遠くに立って笑っていた。通りかかった狼がそれを見て、ひとりごとを言った。「われわれは哀れなものだ。姿を見られただけでも追い回されるというのに、こいつらときたら、寄って行ってさえ笑って迎えられるのだから。」
この話は、悪事を働く者は、その顔つきからも、不意に見かけただけでも、おのずとそれと知れるということを教えている。
第275話 ロバと小犬
マルタ産の小犬とロバを飼っている男がいて、いつもその小犬をかまって遊んでやっていた。外で夕食をとったときには、犬のために何かしら持ち帰り、しっぽを振って寄って来るところへ投げてやるのだった。ロバはそれがうらやましくて駆け寄り、跳ね回って主人を蹴った。主人は腹を立て、ロバを打ちすえて連れて行き、飼い葉桶につないでおくように命じた。
この話は、誰もが何にでも向いて生まれつくわけではないということを教えている。
第276話 連れ立って旅するロバと犬
ロバと犬が連れ立って旅をしていた。地面に封印のある手紙が落ちているのを見つけると、ロバがそれを拾い上げ、封を破って開き、犬に聞こえるように読み進めた。手紙にはたまたま飼い葉のこと、すなわち干し草や大麦やもみ殻のことが書かれていた。ロバが読み上げるあいだ、犬は面白くない思いで聞いていたが、やがてロバに言った。「なあ君、少し先まで飛ばしてくれないか。肉や骨のことを扱ったくだりが見つかるかもしれない。」ロバは手紙を最後まで読み通したが、犬の求めるものは何も見つからなかった。すると犬はまた言った。「そんなものは地面へ投げ捨ててしまえ。君、どこから見ても値打ちのない代物なのだから。」
第277話 ロバとロバ使い
ロバ使いに引かれて行くロバが、道を少し進んだところで、なだらかな小道をそれて、崖のほうへ突き進んで行った。今にも崖から転げ落ちようというとき、ロバ使いはしっぽをつかんで引き戻そうとした。だがロバが力まかせに逆らうので、ロバ使いは手を放して言った。「勝つがいい。だが、おまえの勝ちは、ろくでもない勝ちだぞ。」
争い好きな人に向けた、時宜にかなった話である。
第278話 ロバとセミ
ロバがセミたちの歌うのを聞いて、その美しい声に聞きほれ、うらやましくなって、いったい何を食べたらそんな声が出せるのかと尋ねた。セミたちが「露だよ。」と答えると、ロバは露ばかりを待ち続けて、飢えで死んでしまった。
同じように、生まれつきに反するものを望む者は、それがかなわないばかりか、この上ない不幸にも見舞われるのである。
第279話 ライオンと思われたロバ
ライオンの皮をまとったロバは、誰からもライオンだと思われ、人も逃げまどい、家畜の群れも逃げまどった。ところが風が吹いて皮がはぎ取られ、ロバが丸裸になると、皆がいっせいに駆け寄って、棒や棍棒でロバを打ちすえた。
貧しく平凡な身でありながら、金持ちの真似をしてはならない。物笑いになったうえ、危ない目にあいかねないからだ。よそから借りたものは、身にそぐわないのである。
第280話 茨を食べるロバと狐
ロバが茨のとげだらけの葉を食べていた。それを見た狐が、からかって言った。「そんなに柔らかで、しまりのない舌をつかって、どうしてそんなに固いごちそうをもみほぐして、噛んで食べていられるのだい?」
この話は、舌先で固く剣呑な言葉を吐く人々に向けたものである。
第281話 足を引きずるふりをしたロバと狼
ロバが草地で草を食べていたが、狼が自分めがけて突進してくるのを見ると、足を引きずるふりをした。狼が近寄ってきて、なぜ足を引きずるのかと尋ねると、ロバは、垣根を越えるときに尖った棘を踏んでしまったのだと言い、まずその棘を抜き取って、それから自分を食らうがいい、食べている最中に喉に刺さるといけないから、と勧めた。狼はこれを真に受けてロバの足を持ち上げ、蹄にすっかり気を取られた。その隙にロバは後ろ足で狼の口を蹴りつけ、歯を叩き折った。ひどい目にあった狼は言った。「これも当然の報いだ。父から肉屋の術を仕込まれた身で、どうして自分から医術に手を出したりしたのか。」
同じように、人間の中でも、自分に少しも縁のないことに手を出す者は、当然のごとく不幸な目にあうのである。
第282話 鳥刺しと野生の鳩と飼い鳩
鳥刺しが網を広げ、飼いならした鳩の中から何羽かをそこに結びつけた。それから自分は離れて、遠くから成り行きをうかがっていた。野生の鳩たちが飼い鳩に近寄ってきて網にからまると、鳥刺しは駆け寄って捕まえにかかった。野生の鳩たちが、同族でありながら罠のことを前もって知らせなかったと飼い鳩を責めると、飼い鳩たちは言い返した。「わたしたちには、同族のよしみに報いるより、主人ににらまれないようにするほうが大事なのだ。」
同じように、召使いの中でも、おのれの主人への愛ゆえに身内の親族との親しみから離れてしまう者は、責められるべきではないのである。
第283話 鳥刺しとヒバリ
鳥刺しが鳥を捕る罠を仕掛けていた。ヒバリが遠くからそれを見て、いったい何をしているのかと尋ねた。男が、町を建てているのだと答え、そのまま遠くへ退いて身を隠すと、ヒバリは男の言葉を信じて近寄り、罠にかかってしまった。鳥刺しが駆け寄ってくると、ヒバリは言った。「おい、あんたがこんな町を建てるのなら、住みつく者はそう多く見つかるまいよ。」
この話は、上に立つ者たちが苛酷にふるまうときにこそ、家も町も最も人が去って荒れ果てるということを教えている。
第284話 鳥刺しとコウノトリ
鳥刺しがツルを狙って網を張り、遠くから獲物のかかるのをうかがっていた。コウノトリが一羽、ツルたちと一緒に舞い降りたので、鳥刺しは駆け寄って、ツルもろともコウノトリまで捕らえた。コウノトリは、放してくれるように頼んで言った。自分は人間に害を与えないどころか、この上なく役に立つ鳥なのだ、ヘビやそのほかの這うものどもを捕まえて食べてやっているのだから、と。すると鳥刺しは答えた。「おまえがどれほど悪い鳥でないにしても、まさにこの一点だけで罰に値する。悪い連中と一緒に降り立ったのだからな。」
それゆえ、わたしたちもまた、悪人たちとの付き合いを避けなければならない。自分たちまで彼らの悪事の仲間と思われないためである。
第285話 鳥刺しとヤマウズラ
鳥刺しの家に、夜も更けてから客が訪ねてきた。客に出すものが何もなかったので、鳥刺しは飼いならしたヤマウズラのところへ行き、これを絞めようとした。ヤマウズラは、恩知らずだと言って彼をなじった。自分は同族の鳥たちを呼び寄せては引き渡してやり、さんざん役に立ってきたのに、その自分を殺そうというのか、と。すると鳥刺しは言った。「だからこそ、なおさらおまえを絞めるのだ。同族にさえ容赦しないというのだからな。」
この話は、身内を売り渡す者は、裏切られた者たちから憎まれるだけでなく、売り渡した相手からも憎まれるということを教えている。
第286話 雌鶏とツバメ
雌鶏がヘビの卵を見つけて、大事にあたため、あたためたすえにかえしてやった。それを見たツバメが言った。「愚かなおまえ、どうしてそんなものを育てるのか?大きくなれば、真っ先におまえから悪事を始めるだろうに。」
このように、邪悪な性質は、どれほど手厚い恩を受けても飼いならせないのである。
第287話 金の卵を産む雌鶏
ある人が、金の卵を産む美しい雌鶏を飼っていた。腹の中に金のかたまりが入っているものと思いこみ、絞めてみたところ、ほかの鶏と少しも変わらないことがわかった。この男は、ひとまとめの富を見つけようと当てにしたばかりに、わずかな儲けまで失ってしまった。
人は手もとにあるもので満足し、飽くことのない欲を避けるべきである。
第288話 ヘビの尾と胴体
あるとき、ヘビの尾が、自分が先に立って進みたいと言い出した。ほかの部分は言った。「目も鼻もないのに、どうやってほかの動物たちのように、わたしたちを導いていくつもりなのか?」だが尾を説き伏せることはできず、ついには分別のある側が押し切られてしまった。尾は先頭に立って導き、目の見えないまま体全体を引きずって進んだが、とうとう岩だらけの穴に落ちこみ、ヘビは背骨も全身もしたたかに打ちつけた。すると尾は、へつらうように頭に取りすがって言った。「よろしければ、わたしたちをお救いください、ご主人さま。悪い争いがどんなものかは、もう思い知りましたから。」
この話は、狡猾で邪悪な、主人に逆らって立つ者たちを暴いて見せている。
第289話 ヘビとイタチとネズミ
ヘビとイタチが、ある家の中で争っていた。その家のネズミたちは、いつも両方に食われてばかりいたが、二匹が争っているのを見ると、ぞろぞろと歩いて出てきた。ところがヘビとイタチは、ネズミたちを見るなり、たがいの争いをやめて、そちらへ襲いかかった。
同じように、都市においても、民衆指導者たちの党争に自分から割りこんでいく者は、気づかぬうちに、自分のほうが双方の餌食になってしまうのである。
第290話 ヘビとカニ
ヘビとカニが同じ場所に住んでいた。カニはヘビに対して、裏表なく好意をもって付き合っていたが、ヘビのほうはいつまでも陰険で邪悪だった。カニはヘビに、自分への振る舞いをまっすぐにして、自分の気立てを見習うようにと繰り返し忠告したが、ヘビは聞き入れなかった。そこでカニは腹を立て、ヘビの眠っているところを見すまして喉首を挟みつけ、殺してしまった。そして、長々と伸びたヘビを見て言った。「おい、まっすぐになるのなら、死んでしまった今ではなく、わたしが忠告していたときにそうすべきだったのだ。そうすれば殺されずにすんだものを。」
この話は、生きているあいだは友人に悪事を働きながら、死んでから善行を差し出すような人々にこそ、ふさわしく当てはまる。
第291話 踏みつけられるヘビとゼウス
ヘビが大勢の人間に踏みつけられて、そのことをゼウスに訴え出た。するとゼウスはヘビに言った。「最初に踏んだ者に咬みついてやっていたら、二番目の者はそんなことをしようとはしなかっただろうに。」
この話は、最初に踏みかかってくる者たちに立ち向かう者は、ほかの者たちから恐れられるようになるということを教えている。
第292話 はらわたを食べた子供
牧人たちが野で山羊を屠って犠牲に供え、近くの者たちを招いた。その中には貧しい女もいて、自分の子供を連れていた。宴が進むうちに、子供は肉で腹がふくれあがり、苦しがって言った。「お母さん、はらわたを吐きそう。」すると母親は言った。「おまえのはらわたじゃないよ、坊や。おまえが食べたはらわたさ。」
この話は、他人のものを平気で受け取っておきながら、その返済を求められると、まるで自分の懐から出してやるかのように苦しむ、借金持ちの男に向けた話である。
第293話 イナゴを捕る少年とサソリ
少年が城壁の前でイナゴを捕っていた。たくさん捕まえたところでサソリを見かけると、イナゴだと思いこんで、手を椀のように丸め、今にも打ちかぶせようとした。するとサソリは毒針をもたげて言った。「いっそ、そうしてくれればよかったのだ。そうすればおまえは、捕まえたイナゴまで残らず失うことになったのだから。」
この話は、善いものにも悪いものにも、すべてに同じやり方で接してはならないということを教えている。
第294話 子供とワタリガラス
ある女が、まだ幼い自分の息子のことで占いを立ててもらったところ、占い師たちは、この子はワタリガラスに殺されるだろうと予言した。女はそれを恐れて、特別に大きな箱をこしらえ、ワタリガラスに殺されないようにと、その中に息子を閉じこめて守った。そして決まった時刻に箱を開けては、必要な食べ物を与えることを続けていた。あるとき、女が箱を開け、蓋を閉めかけたとき、子供が不用意に頭を突き出した。こうして、ワタリガラスと呼ばれる箱の留め金が脳天に落ちかかり、その子を殺すことになったのである。
第295話 少年と絵に描かれたライオン
臆病な老人が一人息子を持っていた。息子は気性の雄々しい若者で、狩りに出たくてたまらなかった。老人は夢の中で、この息子がライオンに殺されるのを見た。夢がうつつのこととなって正夢になりはしないかと恐れた老人は、壮麗な高殿をしつらえて、そこに息子を入れて見張った。そして気晴らしにと、その住まいにあらゆる動物の絵を描かせたが、その中にはライオンの姿もあった。だが若者は、それを眺めれば眺めるほど、かえって悲しみをつのらせた。あるとき、ライオンの絵のそばに立って言った。「この憎らしい獣め、おまえと、父の見た嘘つきの夢のせいで、おれは女のように閉じこめられて見張られている。おまえをどうしてくれようか?」そう言うなり、ライオンの目をつぶしてやろうと、壁に手を叩きつけた。すると木のとげが爪の下にもぐりこみ、鋭い痛みと、股のつけ根にまで及ぶ腫れを引き起こした。その上、熱まで燃えあがって、若者はたちまちこの世から連れ去られてしまった。ライオンは絵に描かれた身でありながら、こうして若者の命を奪ったのである。父の小細工は、何の役にも立たなかった。
人は、わが身に起こると定められたことには雄々しく耐えるべきで、小細工でかわそうとしてはならない。逃れることはできないのだから。
第296話 盗人の少年と母親
少年が学校で学友の書板を盗み、母親のところへ持って帰った。母親は叱るどころか、かえって彼をほめたので、少年は二度目には上着を盗んで母親に届けた。母親がさらにいっそうほめると、少年は年を重ねて若者になるころには、もっと大きな物にまで盗みの手を伸ばすようになった。だがあるとき現行犯で捕らえられ、両腕を後ろ手に縛られて、処刑人のもとへ引かれていった。母親が後を追いながら胸を打って嘆いていると、若者は、耳もとで言いたいことがあると言った。そして母親が近づくやいなや、その耳をつかんで噛みちぎった。母親が、これまでの数々の罪では足りずに母の体まで傷つけるとは、なんという人でなしかとなじると、若者は言い返した。「最初に書板を盗んで持って帰ったとき、あなたが叱ってくれていたら、こんなところまで落ちて、死刑に引かれていくことはなかったのだ。」
この話は、初めのうちに懲らされないものは、ますます大きく育つということを教えている。
第297話 水浴びする少年
あるとき、少年が川で水浴びをしていて、溺れそうになった。通りかかった旅人を見つけて、助けてくれと呼びかけた。ところが旅人は、無茶なやつだと少年をとがめるばかりだった。少年は旅人に言った。「今は助けてください。叱るのは、助かったあとにしてください。」
この話は、自分のほうから、ひどい目にあわされるすきを与えてしまう人々に向けて語られている。
第298話 預かり物を受け取った男と誓いの神
ある男が友人から預かり物を受け取ったが、それを着服しようと考えていた。友人から誓いを立てるように迫られると、男は用心して田舎へ出かけることにした。町の門のあたりまで来たとき、足の悪い男が出ていくのを見かけて、おまえは誰か、どこへ行くのかと尋ねた。相手が、自分は誓いの神で、不敬の徒のもとへ出向くところだと答えると、男は重ねて、どれほどの間をおいて町々を訪れるのが常なのかと尋ねた。誓いの神は言った。「四十年ごとだ。ときには三十年ごとのこともある。」そこで男は少しもためらわず、翌日には、預かり物など受け取っていないと誓ってみせた。ところが男は誓いの神に行き会い、崖へと引き立てられることになった。男が、三十年ごとに巡ってくると予告しておきながら、一日の猶予さえ与えてくれなかったではないかと責めると、誓いの神は答えて言った。「よく覚えておくがいい。誰かがわたしを怒らせようとするときには、その日のうちにでも訪れるのが常なのだ。」
この話は、不敬の徒に神から下される罰には、定まった期日がないということを教えている。
第299話 父親と娘たち
ある男に二人の娘がいて、一人は野菜作りの男に、もう一人は陶工に嫁がせた。時がたってから、男は野菜作りに嫁いだ娘のもとを訪ね、暮らし向きはどうか、商売の具合はどうかと尋ねた。娘は、何ひとつ不足はないが、ただ一つだけ神々に祈っている、ひと荒れして雨が降り、野菜がうるおいますように、と答えた。それからほどなく、男は陶工に嫁いだ娘のもとへも行き、同じように様子を尋ねた。娘は、ほかに足りないものは何もないが、ただ一つ、明るい晴天と輝く日ざしが続いて、器がよく乾きますように、それだけを祈っている、と答えた。そこで男は娘に言った。「おまえが晴れを願い、おまえの姉さんが荒れ模様を願うのなら、わたしはどちらと一緒に祈ればいいのか。」
このように、たがいに相容れない事柄を同時に手がける者は、当然、その両方でつまずくのである。
第300話 ヤマウズラと人間
ある人がヤマウズラを捕らえて、絞めようとした。ヤマウズラは命乞いをして言った。「わたしを生かしておいてください。その代わりに、わたしがたくさんのヤマウズラをあなたのために狩り出してあげます。」すると男は言った。「だからこそ、なおさらおまえを絞めるのだ。慣れ親しんだ仲間や友を、罠にかけようというのだからな。」
自分の友に対して狡猾なたくらみを組み立てる者は、みずからが危険の罠に落ちこむことになるのである。
第301話 喉の渇いた鳩
喉の渇きに苦しんでいた鳩が、ある看板に水を満たした鉢が描かれているのを見て、本物だと思い込んだ。そこで大きな羽音を立てて突進し、思わず知らず看板に体を打ちつけてしまった。その結果、翼が砕けて地面に落ち、居合わせた人に捕まってしまった。
同じように、人間のなかにも、激しい欲望のために後先を考えずに物事へ手を出し、知らぬ間に自分を破滅へ追い込む者がいる。
第302話 鳩とカラス
鳩小屋で飼われている鳩が、子だくさんを鼻にかけていた。カラスがその言葉を聞いて言った。「これ、お前さん、そのことを自慢するのはやめておけ。子供を多く持てば持つほど、それだけ多くの隷属を嘆くことになるのだから」
同じように、召使いのなかでも最も不幸なのは、奴隷の身のまま子をもうける者である。
第303話 二つの袋
プロメテウスはかつて人間を造ったとき、二つの袋を人間の体から吊り下げた。一つは他人の悪を、もう一つは自分の悪を入れた袋で、他人の分の袋は体の前に置き、もう一方は後ろに掛けた。その結果、人間は他人の悪ははるか遠くからでもよく見えるのに、自分の悪は目に入らないことになったのである。
この話は、自分自身の事柄には目が見えないのに、まったく関わりのない事柄に気をもむ、おせっかいな人に向けて用いることができよう。
第304話 サルと漁師たち
サルが高い木の上に座っていて、漁師たちが川で引き網を打つのを見かけ、彼らのすることをじっと観察していた。やがて漁師たちが網をその場に残し、食事のために少し離れると、サルは木から下りて、彼らの真似をしようとした。この動物は物真似が好きだと言われているのである。ところが網に触れたとたんに捕らわれ、溺れ死にそうになった。サルは独りごちて言った。「これも当然の報いだ。漁を習ってもいないのに、どうして手を出したりしたのか」
この話は、身に関わりのないことに手を出すのは、益がないばかりか害にさえなる、ということを教えている。
第305話 サルとイルカ
船旅をする人にはマルタ産の小犬やサルを旅の慰めに連れて行く習慣があったので、ある男も航海にサルを連れていた。一行がアッティカの岬スニオンの沖にさしかかったとき、激しい嵐が起こった。船が転覆し、みなが泳いで逃れるなか、サルも泳いでいた。イルカがそれを見て人間だと思い込み、下に潜り込んで支え、陸へ向かって運んでやった。そしてアテナイ人の港ペイライエウスの近くまで来ると、イルカはサルに、生まれはアテナイかと尋ねた。サルがそうだと答え、しかも当地の名門の両親に恵まれたと言うので、イルカはさらに、ではペイライエウスも知っているかと尋ねた。サルは人間のことを言っているのだと思い込み、大の親友で親しい間柄だと答えた。イルカはあまりの嘘に腹を立て、サルを水に沈めて殺してしまった。
この話は、真実を知らないくせに人を欺けると思っている人に向けたものである。
第306話 サルとラクダ
物言わぬ動物たちの集まりで、サルが立ち上がって踊った。大いに評判を取り、みなに喝采されたので、ラクダは妬んで、自分も同じ栄誉を手に入れたいと思った。そこで立ち上がり、自分も踊ろうとした。ところがひどく不格好なことばかりするので、動物たちは腹を立て、棍棒で打って追い出してしまった。
この話は、妬みから自分よりすぐれた者と張り合う人に当てはまる。
第307話 サルの子供たち
サルは二匹の子を産み、一方の子はかわいがって大事に育てるが、もう一方は憎んで顧みない、と言われている。ところが、神慮とでもいうべき巡り合わせで、大事にされる子は、母親に嬉しさのあまりきつく抱きしめられて窒息してしまい、なおざりにされた子のほうが立派に育つのである。
この話は、運はどんな配慮よりも強い、ということを教えている。
第308話 航海する人たち
幾人かの人が小舟に乗り込んで航海していた。沖合に出たところで凄まじい嵐が起こり、船は今にも沈みそうになった。乗り合わせた者の一人は衣を引き裂き、泣き叫びうめきながら父祖の神々に呼ばわって、助かったあかつきには感謝の捧げ物をすると誓った。やがて嵐がやみ、ふたたび海が凪ぎわたると、人々は宴会に興じ、思いがけない危険から逃れられたとばかりに踊ったり跳ねたりした。すると、気丈な舵取りが彼らに言った。「諸君、喜ぶのはよいが、ひょっとすればまた嵐が来るかもしれない、そう心得たうえで喜ばねばならないぞ」
この話は、運の変わりやすさを心に留めて、幸運にあまり浮かれてはならない、と教えている。
第309話 金持ちと皮なめし職人
金持ちが皮なめし職人の隣に住むことになった。悪臭に耐えられず、引っ越してくれと毎度のように迫り続けた。職人はそのたびに、もう少ししたら引っ越すからと言って先延ばしにした。これが繰り返されるうち、時が経つにつれて金持ちはにおいに慣れてしまい、もう職人を煩わせることはなくなった。
この話は、慣れは物事の辛さをも和らげる、ということを教えている。
第310話 金持ちと泣き女たち
金持ちに二人の娘がいたが、その一人が死んだので、泣き女たちを雇った。もう一人の娘が母親に言った。「私たちはみじめなものだわ。不幸にあった当人の私たちが嘆き方を知らないのに、縁もゆかりもないあの人たちは、あんなに激しく胸を打ちたたいて泣いているのだから」すると母親が答えて言った。「驚くことはないのよ、お前。あの人たちがあんなに痛ましげに泣き立てるのは、お金のためにしていることなのだから」
同じように、人間のなかには、金銭欲のために、他人の不幸まで商売として請け負ってはばからない者がいる。
第311話 羊飼いと海
羊飼いが海辺の土地で羊の群れを飼っていたが、海が凪いでいるのを見て、船で商いに出たくなった。そこで羊を売り払い、ナツメヤシの実を買い込んで船出した。ところが激しい嵐になり、船が沈みそうになったので、積み荷をすべて海に投げ捨て、空の船でようやく助かった。それから幾日も経ったころ、通りかかった人が海の静けさに感心していると(ちょうどまた凪いでいたのである)、この男が口をはさんで言った。「あなた、海はまたナツメヤシの実が欲しいらしいのですよ。それでああして静かにして見せているのです」
この話は、苦しんだ経験が人間にとって学びとなる、ということを教えている。
第312話 羊飼いと羊に尾を振る犬
羊飼いが途方もなく大きな犬を飼っていて、死んで生まれた子羊や死にかけの羊を、いつもその犬に投げ与えていた。あるとき群れが囲いに入ってきたところで、羊飼いは、犬が羊たちに近寄って尾を振ってじゃれているのを見て言った。「おい、お前。お前がこいつらに望んでいることが、お前自身の頭に降りかかるがいい」
この話は、へつらう人に当てはまる。
第313話 羊飼いと狼の子たち
羊飼いが狼の子たちを見つけ、大事に世話をして育てた。大きくなれば自分の羊を守ってくれるばかりか、よその羊を奪って自分のところへ運んで来てくれるだろう、と考えたのである。ところが狼の子たちは、育ちきるやいなや、恐れるものがないのをよいことに、まず羊飼い自身の群れを食い殺し始めた。それに気づいた羊飼いは、嘆息して言った。「これも当然の報いだ。大きくなってからでも殺すべきこいつらを、どうして赤子のうちに助けたりしたのか」
同じように、悪者を助けて生かす者は、知らぬ間に、まず自分自身に向かってくる力を彼らにつけてやっているのである。
第314話 羊飼いと犬に混じって育った狼
羊飼いが生まれたばかりの狼の子を見つけ、拾い上げて犬たちと一緒に育てた。狼は大きくなると、よその狼が羊をさらうことがあるたびに、犬たちとともに自分も追いかけた。犬たちが狼に追いつけずに引き返すことがあっても、この狼は追い続け、追いついたところで、いかにも狼らしく獲物の分け前にあずかってから戻って来るのだった。また、よその狼が羊をさらわないときには、自分がこっそり羊を殺して、犬たちと一緒にごちそうを食らっていた。やがて羊飼いが察しをつけて事の次第を悟り、狼を木に吊るして殺してしまった。
この話は、邪悪な生まれつきは善い性格を育てない、ということを教えている。
第315話 羊飼いと狼の子
羊飼いが小さな狼を見つけて育て、やがて一人前の子狼になると、近くの羊の群れから奪うことを教え込んだ。仕込まれた狼は言った。「気をつけるがいい。おれに奪う癖をつけたからには、あんた自身の羊が何匹もいなくなって、探し回るはめになるかもしれないぜ」
生まれつき奪うことと貪ることに長けた者は、それをひとたび教わると、しばしば教えた当人を害するものである。
第316話 羊飼いと羊
羊飼いが羊の群れを樫の林に追い込むと、どんぐりをいっぱいにつけた大きな樫の木が目に入った。そこでその木の下に自分の上着を敷き、木に登って実を揺すり落とした。羊たちはどんぐりを食べるうちに、気づかぬまま上着まで一緒に食べてしまった。木から下りた羊飼いは、そのありさまを見て言った。「この性悪な生き物めが。お前たちは、ほかの人間には着物にする羊毛を与えるくせに、養ってやっているこの私からは上着まで奪うのか」
同じように、人間の多くは、無知のために、縁もゆかりもない者には恩恵を施しながら、身内には害を働いている。
第317話 狼を囲いに入れる羊飼いと犬
羊飼いが羊の群れを囲いの中へ追い入れ、あやうく狼まで一緒に閉じ込めるところだったが、犬がそれを見て言った。「群れの羊を守ろうというのに、どうしてこの狼を群れと一緒に囲いへ入れるのですか?」
悪しき者との同居は、この上ない害をもたらし、死の原因にさえなるものである。
第318話 悪ふざけをする羊飼い
羊飼いが自分の群れを村からかなり離れた所へ追って行き、いつもこんな悪ふざけをしていた。狼どもが羊を襲いに来たと言って、村人たちに助けを求めて呼ばわるのである。二度も三度も、村の人々は仰天して飛び出して来ては、やがて笑いながら引き上げて行った。ところがついに、本当に狼どもがやって来た。狼たちが群れから羊を次々に引きさらっていくので、羊飼いは助けを求めて村人たちを呼んだが、彼らはいつもの悪ふざけだと思って、ろくに気にも留めなかった。こうして羊飼いは羊を失うはめになった。
この話は、嘘つきが得るものは、本当のことを言ったときにさえ信じてもらえないことだ、ということを教えている。
第319話 戦争と傲慢
神々はみな、それぞれくじで引き当てた相手を妻に迎えた。戦争の神は最後のくじの場に居合わせたが、残っていたのは傲慢の女神ただひとりだった。戦争の神はこの女神に激しく恋い焦がれ、妻に迎えた。そして今も、傲慢の行くところには、どこへでも付き従っている。
傲慢が先に立って進む所では、都市であれ民族であれ、そのすぐ後から戦争と戦いがついて来るものである。
第320話 川と牛の皮
川が、牛の皮が流れに運ばれて自分の中を流れて行くのを見て尋ねた。「お前は何と呼ばれている?」皮が「『硬い』と呼ばれています」と答えると、川は流れの音を高く立てて笑いながら言った。「別の名で呼ばれる工夫でもするんだな。私がすぐにお前を柔らかくしてやるから」
向こう見ずで横柄な男も、人生の災難によって、しばしば地に引き下ろされるものである。
第321話 毛を刈られる羊
下手なやり方で毛を刈られていた羊が、刈っている男に言った。「羊毛が欲しいのなら、もっと上のほうを切ってくれ。肉が欲しいのなら、ひと思いに屠って、少しずつなぶるのはやめてくれ。」
この話は、自分の仕事を下手なやり方で扱う人に当てはまる。
第322話 プロメテウスと人間
プロメテウスはゼウスの命令で、人間と獣を作った。ゼウスは、理性のない動物のほうがはるかに多いのを見て、獣の一部をつぶして人間に作り変えるように命じた。プロメテウスが命じられたとおりにした結果、はじめから人間として作られなかった者たちは、姿かたちは人間でありながら、獣の魂を持つことになった。
粗野で獣のような人に向けた話である。
第323話 バラとアマラントス
バラのかたわらに生えたアマラントスが言った。「あなたはなんと美しい花だろう。神々にも人間にも慕われている。その美しさとかぐわしさゆえに、あなたは幸せ者だ。」するとバラは言った。「アマラントスよ、私が生きるのはほんのわずかな間だ。たとえ誰も切り取らなくても、しぼんでしまう。だがあなたは、いつまでも花を咲かせて、そのようにずっと若いまま生きるのだ。」
わずかなもので足りるとして生き長らえるほうが、束の間ぜいたくを味わったあげく、不幸な転変にあい、あるいは死んでしまうよりもよいのである。
第324話 ザクロとリンゴとオリーブとイバラ
ザクロとリンゴとオリーブが、実りの良さをめぐって言い争っていた。争いが激しく燃え上がったとき、近くの垣根にいたイバラがそれを聞いて言った。「友よ、もういいかげん、争うのはやめようではないか。」
同じように、すぐれた者たちが争っているところでは、何の値打ちもない者までが、ひとかどの者に見えようと努めるのである。
第325話 ラッパ手
ラッパ手が軍勢を呼び集めているところを敵に捕らえられ、大声で叫んだ。「皆さん、むやみに、いわれもなく私を殺さないでくれ。私はあなたがたを誰ひとり殺していないし、この青銅のラッパのほかには何ひとつ持っていないのだ。」すると敵たちは言った。「だからこそ、おまえはなおさら死なねばならぬ。自分では戦えもしないくせに、みなを戦いへと駆り立てるのだからな。」
この話は、悪辣で苛烈な権力者をそそのかして悪事へ駆り立てる者のほうが、いっそう大きな過ちを犯しているということを教えている。
第326話 モグラと母親
モグラは目の見えない動物であるが、あるモグラが母親に、自分は目が見えると言った。母親は試してやろうと、乳香の粒を与えて、いったいこれは何かと尋ねた。子が小石だと答えると、母親は言った。「わが子よ、おまえは目が見えないだけでなく、鼻まできかなくなっているのだね。」
同じように、ほら吹きのなかには、できもしないことを豪語しながら、ごくささいなことで正体を見破られる者がいるのである。
第327話 猪と狐
猪が木のそばに立って、牙を研いでいた。狐が、狩人も危険も迫っていないのに、どうして牙を研ぐのかとわけを尋ねると、猪は言った。「私はこれを無駄にやっているのではない。危険が身に降りかかったとき、そのときになって研ぐのに手間取ってはいられない。用意のできた牙を使うまでだ。」
この話は、危険が来る前に備えをしておかなければならないと教えている。
第328話 猪と馬と狩人
猪と馬が同じ場所で草を食べていた。猪がことあるごとに草を踏み荒らし、水を濁すので、馬は仕返しをしてやろうと、狩人を味方に引き入れた。狩人が、轡を受け入れて、自分を乗り手として背に乗せるのでなければ助けようがないと言うと、馬はすべてを引き受けた。そこで狩人は馬にまたがって猪を討ち取ったが、そのあと馬を連れて行き、飼い葉桶につないでしまった。
同じように、多くの者が、分別を欠いた怒りにかられ、敵に仕返しをしようとするあまり、自分自身を他人の支配のもとに投げ出してしまうのである。
第329話 悪態をつき合う豚と犬
豚と犬が互いに悪態をつき合っていた。豚がアプロディーテーにかけて、この牙で犬を引き裂いてやると誓うと、犬は皮肉まじりに言った。「アプロディーテーにかけて誓ってくれるとは結構なことだ。おまえがあの女神さまにこの上なく愛されていることがよく分かるよ。なにしろ女神さまは、おまえの汚らわしい肉を口にした者を、神殿には一切お入れにならないのだから。」豚は言った。「それならなおのこと、女神さまが私をいつくしんでおられるのは明らかというものだ。私を殺す者や、そのほか私をひどい目にあわせる者から、すっかり顔をそむけておられるのだから。おまえのほうこそ、生きていても死んでいても悪臭を放つではないか。」
この話は、賢い弁論家は、敵から浴びせられた非難を、巧みに賞賛へと作り変えるということを教えている。
第330話 スズメバチとヤマウズラと農夫
スズメバチとヤマウズラが、喉の渇きに苦しんで農夫のもとへ行き、水を飲ませてほしいと頼んだ。水の代わりに、こんなお返しをすると約束した。ヤマウズラは葡萄の木のまわりを掘り起こし、スズメバチはあたりを巡って、針で盗人を追い払うというのである。すると農夫は言った。「私のところには二頭の牛がいて、何も約束しないのに、すべてやってくれる。おまえたちにやるより、あの牛たちに与えるほうがよい。」
役に立つことを約束しながら、大きな害をなす、ろくでもない人たちに向けた話である。
第331話 スズメバチとヘビ
スズメバチがヘビの頭にとまり、絶え間なく針で刺してさいなんでいた。ヘビは苦痛のあまり、しかもその敵に仕返しすることもできないので、頭を荷車の車輪の下に差し入れ、こうしてスズメバチもろとも死んだ。
この話は、敵と共に死ぬことを選ぶ者もいるということを教えている。
第332話 雄牛と野生の山羊
雄牛がライオンに追われて、ある洞穴に逃げ込んだ。そこには野生の山羊たちがいた。雄牛は山羊たちに突かれ、角でこづかれながら言った。「私が耐えているのは、おまえたちが怖いからではない。洞穴の入り口の前に立っているライオンが怖いからだ。」
同じように、多くの者は、強い者への恐れから、自分より弱い者からの侮辱にも耐えるのである。
第333話 クジャクと鶴
クジャクが鶴をあざ笑い、その羽の色をからかって言った。「私は黄金と紫をまとっているが、おまえは羽に何ひとつ美しいものを着けていない。」すると鶴は言った。「だが私は、星々のすぐ近くで鳴き、天の高みへと舞い上がる。おまえは雄鶏のように、下で雌鶏たちと連れ立って歩くだけだ。」
みすぼらしい衣をまとっていても人に仰ぎ見られるほうが、富を誇りながら誉れなく生きるよりもよいのである。
第334話 クジャクとコクマルガラス
鳥たちが王を選ぶ相談をしていたとき、クジャクは、その美しさのゆえに自分を王に選ぶべきだと主張した。鳥たちがそれに傾いたとき、コクマルガラスが言った。「だが、おまえが王になっているときに、鷲が私たちを追い回したら、どうやって私たちを守ってくれるのか?」
この話は、来たるべき危険をあらかじめ見抜いて、ひどい目にあう前に用心する者は、非難されるいわれがないということを教えている。
第335話 セミと狐
セミが高い木の上で鳴いていた。狐はこれを食べてやろうと、こんな計略を思いついた。木の真向かいに立ってその美しい声に感嘆してみせ、これほどの声を響かせるのはいったいどれほどの大きさの生き物なのか、ぜひ見てみたいと言って、降りてくるように勧めたのである。セミは狐の罠に感づき、葉を一枚ちぎって落とした。狐がセミだと思って駆け寄ると、セミは言った。「おまえ、私が降りてくると思ったのなら、見当違いだ。狐の糞のなかにセミの羽が混じっているのを見て以来、私は狐というものを警戒しているのだ。」
他人の身に起きた不幸が、思慮ある人間を用心深くさせるのである。
第336話 セミとアリ
冬のさなか、アリたちは濡れた穀物を乾かしていた。セミが飢えて、アリたちに食べ物を乞うた。アリたちは言った。「どうして夏のあいだに、おまえも食べ物を集めておかなかったのだ?」セミは言った。「暇がなかったのだ。調べにのせて歌っていたのだから。」するとアリたちは笑って言った。「夏の季節に笛を吹いていたのなら、冬は踊るがいい。」
この話は、悲しんだり危険な目にあったりしないためには、何事につけても怠けてはならないということを教えている。
第337話 壁と杭
壁が杭に手荒く突き破られて、声をあげた。「何も悪いことをしていない私を、どうして突き裂くのか?」すると杭は言った。「悪いのは私ではない。うしろから私を激しく打ちつけている者だ。」
第338話 射手とライオン
弓の腕の確かな射手が、狩りをしに山へ登った。動物たちはみな逃げ去ったが、ライオンだけが彼に戦いを挑んだ。射手は矢を放ってライオンに命中させ、こう言った。「まずは私の使いの者がどんなものか、とくと見よ。そのうえで、今度は私自身がおまえに向かっていくぞ。」射られたライオンは一目散に逃げ出した。狐が、勇気を出せ、逃げるなと言うと、ライオンは言った。「おまえの口車には決して乗らないぞ。あれほど手厳しい使いの者を持っているのだ。本人が襲いかかってきたら、私はどうすればよいのか?」
始まりのうちに結末を見通して、そのうえで、わが身の安全を図るべきなのである。
第339話 雄山羊と葡萄の木
雄山羊が、葡萄の木の芽吹く頃、その新芽を食べていた。葡萄の木は言った。「なぜ私を傷つけるのか?草がないとでもいうのか?それでも、おまえが生贄に捧げられるときには、入り用なだけの葡萄酒を私が出してあげよう。」
この話は、恩知らずで、友を食い物にしようとする者を戒めている。
第340話 ハイエナ
ハイエナは一年ごとに性が変わり、あるときは雄になり、あるときは雌になると言われている。さて、あるとき雄のハイエナが雌のハイエナに、自然にもとる振る舞いに及んだ。すると雌は言い返した。「おい、おまえ。それをするなら、じきに自分も同じ目にあうものと覚悟してするがいい。」
この言葉は、今、権力の座にある者のあとを継ぐことになっている者が、何かひどい仕打ちを受けたときに、その権力者に向かって言うのがふさわしいであろう。
第341話 ハイエナと狐
ハイエナは一年ごとに性が変わり、あるときは雄になり、あるときは雌になると言われている。さて、あるハイエナが狐を見かけて、自分が友だちになりたがっているのに受け入れてくれないと言って責めた。すると狐は言い返した。「責めるなら私ではなく、あなたの生まれつきの性を責めることだ。そのせいで私には、あなたと女の友として付き合えばよいのか、男の友として付き合えばよいのか、分からないのだから。」
どっちつかずの人に向けた話である。
第342話 お産くらべをする豚と犬
豚と犬が、お産の見事さをめぐって言い争っていた。四つ足の獣の中で素早く子を産むのは自分だけだ、と犬が言うと、豚が言い返した。「だが、そう言うからには、知っておくことだ。あなたの産む子は、目が見えないのだよ。」
この話は、物事は速さではなく、できあがりの完全さで判断されるということを教えている。
第343話 はげ頭の騎手
はげ頭の男が、よその髪を自分の頭にのせて馬を走らせていた。風が吹きつけてその髪をさらっていくと、居合わせた人々はどっと笑いころげた。男は馬を止めて言った。「私のものでもない髪が私から逃げていったとて、何の不思議があろう? いっしょに生まれてきた持ち主のことさえ、見捨てた髪なのだから。」
降りかかってきた不幸を、誰も嘆くには及ばない。生まれたときに生まれつき持っていなかったものは、その身にとどまってもくれないのだから。私たちは裸で来て、裸で去っていくのである。
第344話 守銭奴
ある守銭奴が、全財産を売り払って黄金の塊をこしらえ、それをある場所に埋めた。自分の魂と心も、いっしょにそこへ埋め込んで、毎日通ってはそれを眺めていた。働き手のひとりがその様子をうかがい、事の次第を察して、塊を掘り出して持ち去った。そのあとで男がやって来て、空になった場所を見ると、泣き叫んで髪をかきむしり始めた。そんなふうに嘆き悲しむ男を見て、わけを聞いた人が言った。「あんた、そう気を落とすものではない。黄金があったときも、あなたはそれを持ってはいなかったのだから。石を黄金の代わりに拾って据え、それが自分の黄金だと思うことだ。それで同じ役に立ってくれるだろう。見たところ、黄金があったときも、あなたはその持ち物を使ってはいなかったのだから。」
この話は、持っていても、使うのでなければ何にもならないということを教えている。
第345話 鍛冶屋と子犬
鍛冶屋が犬を飼っていた。鍛冶仕事をしているあいだ、犬は眠っていて、食事どきになるとそばに来て立っていた。鍛冶屋は骨を投げてやりながら言った。「この眠ってばかりの困り者め。金床を叩いているときは眠っているくせに、私が歯を動かしだすと、すぐさま起きてくるのだな。」
この話は、眠ってばかりの怠け者や、他人の労苦で養われている者たちをとがめている。
第346話 冬と春
冬が春をあざけって、こんなふうになじった。春が姿を見せるや、もう誰ひとりじっとしてはいない。ある者は野原や木立へ出かけていく。花やユリを摘み、バラを手に取ってはくるくると目の前にかざして眺め、髪に挿すのが好きな者たちだ。またある者は船に乗り込んで海を渡り、折さえよければ、もうよその土地の人々のもとへ出かけていく。そして誰もかれもが、風のことも、雨のもたらす大水のことも、もはや気にかけなくなる、と。そして言った。「私はといえば、支配者、いや絶対の主人にも似た身だ。人間どもには、空ではなく、どこか下の地面のほうを見ていろと命じ、恐れさせ、震え上がらせ、ときには一日じゅう家にこもっているだけでもありがたいと思うほかないようにしてやったものだ。」すると春が言った。「だからこそ、人間はあなたからは喜んで解放されたいと思うのです。私のほうは、その名前までも美しいと思ってもらえる。それどころか、ゼウスに誓って、あらゆる名前の中でいちばん美しいと。だから人々は、私がいないあいだも私を思い出し、姿を現せば心から喜んでくれるのです。」
第347話 ツバメと大蛇
ツバメが、ある裁判所の中に巣を作って、外へ飛び立った。すると大蛇が這い寄ってきて、ひなたちを食べてしまった。戻ってきたツバメは、空になった巣を見つけて、身も世もなく嘆き悲しんだ。別のツバメが慰めようとして、子を失ったのはあなただけではないのだと言うと、ツバメは言い返した。「私が泣いているのは、子どもたちのためというより、ひどい目に遭った者が助けを得られるはずのこの場所で、私がひどい目に遭わされたからなのだ。」
この話は、思いもよらぬ相手から受けたとき、災難はしばしば、受ける者にとっていっそう耐えがたいものになるということを教えている。
第348話 美しさを争うツバメとカラス
ツバメとカラスが、美しさをめぐって言い争っていた。カラスはツバメに言い返した。「あなたの美しさは春のあいだだけ花咲くもの。だが私の体は、冬をも持ちこたえるのだ。」
この話は、体が長持ちすることは見た目の美しさにまさるということを教えている。
第349話 ツバメと鳥たち
ヤドリギが芽吹いたばかりのころ、ツバメは鳥たちに迫っている危険に気づいて、すべての鳥を集めて忠告した。まずは何よりも、ヤドリギを宿した樫の木を切り倒すこと。それがどうしても無理なら、人間のもとへ駆け込んで、鳥もちの力を使って自分たちを捕らえないでほしいと嘆願すること。ところが鳥たちは、たわごとを言う奴だと言ってツバメを笑った。そこでツバメはひとりで人間のもとへおもむき、嘆願者となった。人間たちはその賢さを買ってツバメを受け入れ、いっしょに住む仲間として迎えた。こうして、ほかの鳥たちは人間に捕らえられて食べられるのに、ツバメだけは庇護を求めた身として、人間の家の中にまで恐れることなく巣を作るようになったのである。
この話は、先のことを見通す者は、当然ながら危険を退けられるということを教えている。
第350話 自慢するツバメとカラス
ツバメがカラスに言った。「私は乙女で、アテナイ人で、王女で、アテナイの王の娘なのだ。」そのうえ、テレウスのことも、乱暴されたことも、舌を切り取られたことも並べ立てた。するとカラスが言った。「切られた舌でそれほどしゃべるのなら、舌があったなら、いったいどうしていたことか?」
口先で嘘を並べ立てる自慢屋は、自分自身がその嘘の動かぬ証拠となるのである。
第351話 亀と鷲
亀が鷲に、飛ぶことを教えてほしいと頼んだ。それはお前の生まれつきとはおよそ縁のないことだ、と鷲は諭したが、亀はなおのこと熱心に頼み込んだ。そこで鷲は亀を爪でつかんで高々と舞い上がり、そこで放した。亀は岩の上に落ちて、砕けてしまった。
この話は、多くの者が、意地の張り合いから、自分より思慮深い者の言うことを聞き流して、わが身を損なってきたということを教えている。
第352話 亀と野ウサギ
亀と野ウサギが、足の速さをめぐって言い争っていた。そこで日限と場所を決めて、二匹は別れた。野ウサギは生まれつきの速さを頼みにして走ることをおろそかにし、道ばたに寝そべって眠り込んだ。だが亀は、自分の遅さをわきまえていたので、走り続けて休まなかった。こうして亀は、眠っている野ウサギを追い抜いて、勝利の褒美へとたどり着いたのである。
この話は、天性も、それにあぐらをかいていれば、しばしば努力に打ち負かされるということを教えている。
第353話 ガチョウと鶴
ガチョウと鶴が、同じ草地で餌をあさっていた。そこへ狩人たちが現れると、鶴は身が軽いのですぐに飛び去ったが、ガチョウは体が重いせいでその場に残り、捕まってしまった。
同じように、人間の場合も、都市に戦争が起こると、貧しい者は身軽なので、たやすくほかの都市へ逃れて自由の身のまま生きのびるが、金持ちはあり余る財産のせいでとどまり、しばしば奴隷となるのである。
第354話 二つの鍋
川が、土の鍋と青銅の鍋を押し流していた。土の鍋が青銅の鍋に言った。「私から遠く離れて泳いでおくれ。そばには来ないで。あなたが私に触れても、私のほうからその気もなく触れてしまっても、砕けるのは私なのだから。」
強欲な権力者のそば近くに住まう貧しい者の暮らしは、危ういものなのである。
第355話 オウムとイタチ
オウムを買った男が、家の中で放し飼いにしていた。人に馴れていたオウムは、跳び上がって炉の上にとまり、そこから心地よい声で鳴き立てた。イタチがそれを見て、お前は何者で、どこから来たのかと尋ねた。オウムは答えた。「ご主人さまが、このあいだ私を買ってくださったのだ。」するとイタチは言った。「この上なく図々しい生き物だね。来たばかりの身で、そんなに鳴きわめくとは。この家で生まれた私にさえ、ご主人さまたちはお許しにならず、たまにやろうものなら、腹を立てて私を追い払いなさるのに。」オウムは答えて言った。「奥方さま、あなたこそ遠くへお歩きなさい。ご主人さまたちは、私の声には、あなたの声ほどには腹を立てなさらないのだから。」
意地の悪いあら探しで、いつも他人に非を着せようとする人に向けた話である。
第356話 ノミと競技者
あるとき、ノミがぴょんと跳んで、病気で寝ている競技者の足の甲にとまり、ひと咬みした。競技者はかっとなって爪を構え、いまにもノミを押しつぶそうとした。だがノミは、持ち前の跳躍で勢いよく跳ねて逃げ去り、死なずにすんだ。競技者はうめいて言った。「おお、ヘラクレスよ。ノミが相手でこの加勢ぶりなら、競技の敵を前にしたとき、どうやって力を貸してくれるというのか?」
そしてこの話は私たちにも、ごく小さな、危険もない事柄でただちに神々を呼び立てるのではなく、より大きな苦境にあってこそ助けを求めるべきだと教えている。
第357話 ノミと人間
あるとき、一匹のノミが、ある男をさんざんに悩ませていた。男はノミを捕まえて声を上げた。「お前は何者だ? 私の手足をどこもかしこも食い荒らし、みだりに、意味もなく、この私を食い物にするとは。」ノミは叫んだ。「私たちはこうして生きているのです。殺さないでください。大きな悪さなど、私にはできないのですから。」
男は笑って、ノミにこう言った。「お前はたったいま、ほかならぬ自分自身の手にかかって死ぬのだ。およそ悪というものは、小さくても大きくても、そもそもいっさい、生えてくることを許してはならないのだから。」
この話は、悪者は、大きかろうと小さかろうと、憐れんではならないということを教えている。
第358話 ノミと牛
あるとき、ノミが牛にこう尋ねた。「これほど並外れて大きく、勇ましい体でありながら、どういうつもりで、来る日も来る日も人間に仕えているのか? 私など、人間の肉を情け容赦なく引き裂き、その血をがぶがぶ飲んでやるというのに。」牛は言った。「私は人間の一族に恩知らずではいられない。彼らからたいそう大事にされ、かわいがられて、額や肩をしょっちゅうさすってもらっているのだから。」するとノミが言った。「だが、哀れなこの身にとっては、あなたの大好きなそのさすりこそが、この上なくみじめな最期なのだ。運悪く捕まってしまったときには。」
口先で威張る者は、取るに足りないものにさえ打ち負かされるのである。
