0109
かぐや姫の生い立ち
かぐや姫の生い立ち(1)
昔、竹取の翁という者がいた。野山に分け入って竹を取り、さまざまな物を作って暮らしていた。名を讃岐造麿といった。ある日、根元の光る一本の竹を見つけた。不思議に思って近寄ると、筒の中が光っている。見ると、身の丈が三寸ほどの、とても美しい人が座っていた。翁は「朝な夕なに見ている竹の中にいらっしゃるのだから、私の子になるべき方に違いない」と言い、手のひらに載せて家へ連れ帰った。そして妻の嫗に預けて育てさせた。その美しさはたとえようもなかった。たいそう小さいので、籠に入れて育てた。翁はこの子を見つけてからというもの、竹を取るたびに、節と節の間に黄金の入った竹を見つけることが重なった。こうして翁はしだいに裕福になっていった。その子は育てるうちに、すくすくと大きくなった。三か月ほどで一人前の娘ほどになったので、日を選んで髪上げと裳着の祝いをした。帳台の中からも出さず、大切に育てた。その姿の清らかさは世に並ぶものがなく、家の中は隅々まで光に満ちた。翁が病に苦しむときも、この子を見ると苦しみは消え、腹立たしいことがあっても心が慰められた。
かぐや姫の生い立ち(2)
翁は長いあいだ竹を取り続け、たいそう富み栄えた。娘がすっかり成長すると、三室戸斎部秋田を招いて名をつけさせた。秋田は「なよ竹のかぐや姫」と名づけた。それから三日間、盛大な祝いを催し、音楽や舞など、あらゆる遊びを尽くした。男も女も分け隔てなく招き集め、たいそうにぎやかに楽しんだ。
0209
求婚者たち
求婚者たち(1)
世の男たちは、身分の高い者も低い者も、かぐや姫の評判を聞いて、「なんとか妻にしたい。せめて一目見たい」と心を奪われた。家のそばの垣根や戸口にいる者でさえ、たやすくは姿を見られない。男たちは夜も眠らず、闇に紛れて垣根に穴を開け、あちらこちらからのぞき見ようと歩き回った。このことから、夜に女のもとへ通うことを「よばい」と言うようになったという。誰も相手にされないまま家の周りをうろつき、家人に声をかけても取り合ってもらえなかった。それでも立ち去らず、夜を明かし日を暮らす貴公子が大勢いた。思いの浅い者は、無駄に歩き回っても仕方がないと来なくなった。そのなかで、色恋に熱心と評判の五人だけは、昼も夜も絶えず通い続けた。石作皇子、車持皇子、右大臣の阿倍御主人、大納言の大伴御行、中納言の石上麻呂である。もともと、少しでも美しい人がいると聞けば会いたがる者たちだったので、かぐや姫を一目見たいと思い詰め、食事もろくに取らず家の周りをうろついたが、何のかいもなかった。
求婚者たち(2)
手紙を送っても返事はなく、思いを訴える歌を贈っても返歌はなかった。望みがないと思いながらも、霜や氷の厳しい冬にも、焼けつくような夏にも、五人は変わらず通ってきた。ときには竹取の翁を呼び出し、「娘を私にください」と、ひれ伏し、手をすり合わせて頼んだ。だが翁は、「私がもうけた子ではないので、思いどおりにはできません」と答え、月日を過ごした。五人は家に帰って思い悩み、祈りを捧げ、願を立て、諦めようとしても諦めきれなかった。「いくらなんでも、生涯だれとも結ばれないことはあるまい」と望みをつなぎ、懸命に真心を示し続けた。それを見た翁は、かぐや姫に言った。「わが子よ。あなたが神仏の化身のような方だとは思っているが、これまで大きく育ててきた私の心は決して浅くない。翁の願いを聞いてくれないか」。かぐや姫は答えた。「おっしゃることなら、何でもうかがいます。自分が人ならぬ身だとは知りません。あなたを本当の親と思っております」。翁は喜んで言った。「うれしいことを言ってくれる。私はもう七十を過ぎ、今日明日の命も知れない。この世では、男は女と、女は男と結ばれるものだ。
求婚者たち(3)
そうしてこそ家も栄えてゆく。どうしていつまでも独りでいられようか」。かぐや姫は「なぜ結婚などしなければならないのでしょう」と答えた。翁は言った。「たとえ人ならぬ身でも、あなたは女の姿をしている。私が生きている間は今のままでもよいだろう。だが、あの方々は長い年月、ここへ通い続けている。よく考えて、どなたか一人と結婚しておくれ」。かぐや姫は答えた。「たいして美しくもない私なのに、相手の心の深さを知らないまま結婚して、心変わりされたなら、きっと後悔します。どれほど立派な人でも、真心を確かめずに結婚することはできません」。翁は言った。「もっともな考えだ。では、どのような真心を持つ人と結婚したいのか。これほど熱心に通う方々なのだから、どなたも思いは浅くないだろう」。かぐや姫は答えた。「大げさなことを求めるつもりはありません。皆さまのお心は同じように見え、優劣をつけられません。五人のうち、私が見たい物を持ってきてくださった方を、最も志の深い方と思い、その方にお仕えしましょう。そう皆さまにお伝えください」。翁は「それはよい考えだ」と承知した。
求婚者たち(4)
日が暮れるころ、五人はいつものように集まった。笛を吹く者、歌う者、節をつけて唱える者、口笛を吹く者、扇を鳴らす者もいる。翁は外へ出て言った。「このような粗末な家に、長い年月お通いくださり、ありがたく存じます。私の命も今日明日と知れないので、皆さまのなかからよく考えて夫を決めるよう娘に申しました。すると娘は、深いお心を知らなければ決められないと言います。それももっともです。皆さまに優劣はありませんから、自分が望む物を見せてくださった方の志が最も深いとわかり、その方にお仕えすると申しております。これなら公平で、どなたにも恨みは残らないでしょう」。五人も「それがよい」と答えたので、翁は中へ戻って伝えた。かぐや姫は、石作皇子には「天竺にある仏の石の鉢を持ってきてください」、車持皇子には「東の海に蓬莱という山があるそうです。そこには銀の根、黄金の茎、白い玉の実を持つ木があります。その枝を一本折ってきてください」と言った。阿倍御主人には「唐土にある火鼠の裘をください」、大伴御行には「龍の首にある、五色に光る玉をください」と求めた。
求婚者たち(5)
石上麻呂には、「燕の子安貝を一つ取ってきてください」と言った。翁は「どれも難しい物ばかりだ。この国にある物でもない。こんな無理な願いを、どう伝えたものか」と言った。かぐや姫が「何が難しいのでしょう」と言うので、翁は「ともかく伝えてみよう」と外へ出た。そして、「娘はこのように申しております。どうか望みの品をお見せください」と告げた。皇子や大臣たちはそれを聞き、「せめて『この家の周りをうろつくな』と、穏やかに言ってくれればよいものを」と嘆き、皆帰っていった。
0309
石作皇子と仏の石の鉢
石作皇子と仏の石の鉢(1)
石作皇子は、「あの人に会えないのなら生きていても仕方がない。天竺にある物でも、持ってこられないはずはない」と考えた。しかし人を欺く知恵のある人だったので、「天竺に二つとない鉢など、どれほど遠くまで行っても手に入るものか」と思い直した。かぐや姫には「今日、石の鉢を取りに天竺へ旅立ちます」と知らせておき、三年ほどたってから、大和国十市郡の山寺で、賓頭盧の前に置かれ、煤で真っ黒になった鉢を盗み取った。それを錦の袋に入れ、造花の枝につけて、かぐや姫の家へ持ってきた。かぐや姫が不審に思って見ると、鉢の中に手紙が入っていた。広げると、こうあった。「海山を越え心を尽くし、石の鉢を求めて涙を流しました」。かぐや姫が光を確かめると、蛍ほどの輝きさえなかった。そこで、「せめて置く露ほどの光は宿るでしょうに、暗い小倉山で何を求めたのでしょう」と歌を返し、鉢も返した。皇子は鉢を門前に捨て、さらに、「白山のようにまばゆいあなたに会えば、鉢の光も薄れるのでしょう。鉢を捨てても、なお望みは捨てません」と歌を贈った。かぐや姫は、もう返事をしなかった。
石作皇子と仏の石の鉢(2)
かぐや姫は皇子の言葉に耳も貸さなかった。皇子は言い募ることにも疲れ、帰っていった。鉢を捨ててもなお恥知らずなことを言った皇子の振る舞いから、恥を顧みないことを「恥を捨てる」と言うようになったという。
0409
車持皇子と蓬莱の玉の枝
車持皇子と蓬莱の玉の枝(1)
車持皇子も策略にたけた人だった。朝廷には「筑紫へ湯治に参ります」と休暇を願い、かぐや姫の家には「玉の枝を取りに出かけます」と伝えさせて都を下った。仕える者たちは皆、難波まで見送りに来た。皇子はひそかな旅だと言って、近く仕えるわずかな者だけを連れて出発した。見送りの人々が帰ると、旅立ったように見せかけて、三日ほどで船を漕ぎ戻した。あらかじめすべて手配してあったので、当時第一とされた内匠寮の職人六人を呼び集め、人が近づけない家を造り、囲いを三重にして、その中に職人たちとともに籠もった。そして知りうるかぎりの細工を尽くし、玉の枝を作らせた。かぐや姫の求めたとおりの物ができあがると、厳重に隠して難波へ運び出した。それから屋敷へ、「船で帰ってきた」と知らせ、ひどく疲れ果てた様子をして座っていた。大勢が迎えに参上した。玉の枝は長櫃に入れ、覆いをかけて運ばせた。
車持皇子と蓬莱の玉の枝(2)
どこで聞きつけたのか、世間では「車持皇子が、めったに咲かない花を持って帰ってきた」と大騒ぎになった。かぐや姫はそれを聞き、「私はこの皇子に負けてしまう」と胸がつぶれる思いがした。やがて門がたたかれ、「車持皇子がおいでです。旅装のままいらっしゃいました」と告げられたので、翁が出迎えた。皇子は、「命を捨てて、あの玉の枝を持ち帰った。かぐや姫にお見せしてくれ」と言った。翁が中へ運ぶと、枝には歌が添えられていた。「この身は空しくなっても、玉の枝を手折らずには、決して帰るまいと思いました」。かぐや姫がしみじみと眺めていると、竹取の翁が走り込んできて言った。「あなたが求めた蓬莱の玉の枝を、どこにも疑わしいところなく、注文どおりにお持ちになった。もう何の言い訳もできない。旅のお姿のまま、ご自分の邸にも寄らず来られたのだ。早くこの皇子と結婚なさい」。かぐや姫は何も言わず、頬杖をついて、ひどく嘆かわしそうにしていた。皇子は、今となっては異存などあるまいと言わんばかりに、縁側へはい上がってきた。
車持皇子と蓬莱の玉の枝(3)
翁は、皇子の言い分ももっともだと思った。「この国では見たこともない玉の枝だ。今度ばかりは、どうしてお断りできよう。人柄も立派な方だ」などと言っている。かぐや姫は、親の言葉をむげに拒むのも気の毒だと思って、手に入らない品を求めたのに、こんなにも見事に持ってこられたことが悔しかった。翁はもう寝所の支度まで始めた。翁が皇子に、「この木はどのような所にあったのでしょう。不思議なほど美しく、すばらしい物です」と尋ねると、皇子は答えた。「一昨年の二月十日ごろ、難波から船に乗り、海へ出ました。行く先もわかりませんでしたが、願いを果たせずに生きていて何になろうと思い、ただ風に任せて進みました。死ねばそれまで、生きているかぎり旅を続ければ、いつか蓬莱という山に会えるかもしれないと、波に漂いながら漕ぎ進み、わが国を遠く離れました。あるときは荒波にのまれて海の底へ沈みそうになり、あるときは風に吹かれて見知らぬ国へ流れ着き、鬼のような者に殺されかけました。またあるときは、来た方角も行く先もわからず、海で迷い死にそうになりました。
車持皇子と蓬莱の玉の枝(4)
食糧が尽き、草の根を食べたこともありました。恐ろしい怪物に襲われそうになったこともあれば、海の貝で命をつないだこともあります。旅先では助けてくれる人もなく、さまざまな病にかかり、どこにいるかもわからないまま船に任せて漂いました。そうして五百日ほどたった日の朝、はるかな海上に山が見えました。目を凝らすと、海に浮かぶその山はたいそう大きく、高く端正な姿をしています。これこそ探していた山かと思いましたが、恐ろしくもあり、その周囲を二、三日かけて回りました。すると天人のような装いの女が山から現れ、銀の器で水をくんでいます。私は船を下り、『この山は何という名ですか』と尋ねました。女が『ここは蓬莱の山です』と答えたので、うれしさは言葉に尽くせませんでした。『そうおっしゃるあなたは、どなたですか』と尋ねると、女は『私の名は、ほうかんるりです』と言って、すぐ山の中へ入ってしまいました。その山は、どこからも登れそうにありません。麓を巡ると、この世にない花を咲かせる木々が立ち並び、金や銀や瑠璃の色をした水が流れ出ていました。
車持皇子と蓬莱の玉の枝(5)
流れにはさまざまな玉の橋が架かり、辺りには光り輝く木々が立っていました。そのなかでは、この枝はたいそう見劣りする物でしたが、あなたの望みと違ってはならないと思い、折って持ち帰ったのです。山の美しさは限りなく、この世に比べる物もありませんでした。しかし枝を手にすると、もう一刻も早く帰りたくなり、船に乗りました。追い風に恵まれて四百日余りで戻り、昨日、難波から都へ着いたのです。潮にぬれた衣さえ着替えず、ここへ参りました」と皇子は語った。翁はそれを聞いてため息をつき、歌を詠んだ。「代々竹を取って野山を歩いてきたが、これほどつらい節目に出会ったことはない」。皇子は、「長いあいだ苦しみ続けた心も、今日ようやく落ち着きました」と言い、歌を返した。「今日ようやく涙でぬれた袖が乾いたので、数々のつらさも忘れられそうです」。そうしているところへ、六人の男が連れ立って庭へ入ってきた。そのうちの一人が、訴状を挟んだ文挟みを掲げて申し出た。
車持皇子と蓬莱の玉の枝(6)
「内匠寮の職人、漢部内麻呂が申し上げます。玉の木をお作りするため、心を砕き、千日余りも力を尽くしました。ところが、まだ報酬をいただいておりません。どうか賃金をお渡しくださり、弟子たちにも分けさせてください」と言って、訴状を差し出した。竹取の翁は「この職人たちの訴えは、いったい何のことだ」と首をかしげた。皇子は顔色を失い、肝がつぶれそうな様子で座っている。これを聞いたかぐや姫が、「その文を取りなさい」と命じて読むと、こう書かれていた。「皇子は千日余り、私ども卑しい職人と同じ場所に隠れ住み、見事な玉の枝をお作らせになりました。そのとき、官位も与えようとおっしゃいました。近ごろ考えてみますと、これは皇子のお使いになる品で、かぐや姫がお求めになった物だとうかがいました。それで、こちらから報酬をいただきたいと参ったのです」。それを聞いたかぐや姫は、日が暮れるにつれて沈んでいた顔をぱっと輝かせ、翁を呼んで言った。「本物の蓬莱の木だと思っていましたが、こんなあきれた作り話だったのです。早く返してください」。
車持皇子と蓬莱の玉の枝(7)
翁は「職人に作らせた物だとはっきりしたのだから、返すのはたやすい」とうなずいた。かぐや姫はすっかり胸が晴れ、先ほどの歌に返して、「本物かと思って聞いてみれば、言葉だけを美しく飾った偽りの玉の枝でした」と詠み、玉の枝も返した。あれほど皇子と話し込んでいた翁は、さすがに気まずくなり、眠ったふりをしている。皇子は立つことも座ることもできず、途方に暮れたまま、日が暮れるとこっそり出ていった。かぐや姫は訴えに来た職人たちを呼び、「よく知らせてくれました」と言って、たくさんの褒美を与えた。職人たちはたいそう喜び、望んだとおりになったと言って帰った。だが帰り道で、車持皇子は彼らを血が流れるまで打たせ、もらった褒美もすべて奪い取ったので、職人たちは逃げ去った。皇子は、「一生の恥で、これ以上のものはない。かぐや姫を得られなかったばかりか、世の人々に知られることが恥ずかしい」と言って、ただ一人、深い山へ入ってしまった。邸に仕える者たちは手分けして捜したが、亡くなったのかどうかもわからず、ついに見つけられなかった。
車持皇子と蓬莱の玉の枝(8)
皇子は供の者にも行方を隠し、その後何年も姿を見せなかった。このことから、玉の枝の一件で姿をくらますことを「たまさかる」と言い始めたという。
0509
阿倍御主人と火鼠の裘
阿倍御主人と火鼠の裘(1)
右大臣の阿倍御主人は、たいそう裕福で広い屋敷を持つ人だった。その年に来航した唐土船の商人、王卿のもとへ、「火鼠の裘という物を買って送ってほしい」と手紙を書き、家来のなかから信頼できる小野房守を選んで持たせた。房守は港にいる王卿を訪ね、代金を渡した。王卿は手紙を読み、返事を書いた。「火鼠の裘は、わが国にもない物です。話には聞いていますが、まだ見たことがありません。世にある物なら、わが国にも持ち込まれているはずで、手に入れるのは非常に難しいでしょう。それでも、もし天竺から偶然渡ってきた品があれば、富豪の家々を捜してみます。なければ使者に金を持たせてお返しします」。やがて、その唐土船が帰ってきた。小野房守が上京すると聞いた阿倍御主人は、足の速い馬を迎えに出した。房守はそれに乗り、筑紫からわずか七日で都へ着いた。持ち帰った手紙には、こうあった。「火鼠の裘は、人を遣わしてようやく捜し出しました。今の世にも昔にも、めったにない品です。
阿倍御主人と火鼠の裘(2)
昔、天竺の尊い聖人がこの国へ持ってきた品が、西の山寺にあると聞き、役所に願い出て、ようやく買い取ることができました。用意された金では少し足りないと国司の使いが申したため、私が足して買いました。あと金五十両をお送りください。船が戻るときに持たせてください。もし金をいただけなければ、裘を担保として返してください」。阿倍御主人はそれを読み、「何を言うかと思えば、わずかな金のことではないか。必ず送ろう。よくぞ届けてくれた」と喜び、唐土の方角へ向かってひれ伏し、拝んだ。裘を納めた箱は、色とりどりの美しい瑠璃を飾って作られていた。裘は深い青色で、毛先には金色の光が輝いていた。なるほど宝物らしく、その美しさは比べようもない。火に焼けないことはさておき、見た目の清らかさだけでも並ぶ物がなかった。阿倍御主人は、「かぐや姫が欲しがるのももっともだ」と言い、たいせつに箱へ納め、花の枝につけた。念入りに身なりを整え、今度こそかぐや姫の家に泊まることになると思い、歌を添えて持っていった。
阿倍御主人と火鼠の裘(3)
その歌には、「限りない思いの火にも焼けない裘を、涙の乾いた今日こそ着よう」とあった。阿倍御主人は家の門まで来て立った。竹取の翁が出てきて裘を受け取り、かぐや姫に見せた。かぐや姫はそれを見て、「美しい皮のようですが、これだけでは本物かどうかわかりません」と言った。翁は答えた。「ともかく、まず中へお招きしよう。世にも見たことのない裘なのだから、本物だと思いなさい。いつまでもあの方を待たせ、苦しめるものではない」。そして阿倍御主人を招き入れた。嫗も、今度こそ二人は結婚するだろうと思った。翁は、かぐや姫が独り身なのを心配し、立派な人と結婚させたいと考えていた。だが、本人が強く嫌がるのだから、無理強いできないのも当然だった。かぐや姫は翁に言った。「この裘を火に入れ、焼けなければ本物と認め、あの方のお言葉に従いましょう。世に二つとない品だからといって、疑いもなく本物と思い込むわけにはいきません。やはり焼いて確かめたいのです」。翁は「それももっともだ」と言い、阿倍御主人にそのまま伝えた。
阿倍御主人と火鼠の裘(4)
阿倍御主人は答えた。「この皮は唐土にもなく、ようやく捜し出した物です。何を疑うことがありましょう。それでもそうおっしゃるなら、すぐ焼いてごらんなさい」。そこで火の中へ投げ込ませると、裘はめらめらと燃え上がった。「やはり別の獣の皮だったのだ」と人々は言った。阿倍御主人はそれを見て、顔を草の葉のような青色にして座っていた。かぐや姫は「ああ、うれしい」と喜び、贈られた歌への返歌を箱に入れて返した。「跡形もなく燃えると知っていたなら、裘を思いの外へ置いて、離れて見ていたでしょう」。阿倍御主人はそのまま帰っていった。世間の人々は、「阿倍御主人は火鼠の裘を持って行き、かぐや姫と暮らしているそうだ。まだあの家にいるのか」と尋ねた。ある人が、「裘を火へ入れたら、めらめらと燃えたので、かぐや姫には会えなかった」と答えた。このことから、実を結ばないことを「あえない」と言うようになったという。
0609
大伴御行と龍の首の玉
大伴御行と龍の首の玉(1)
大納言の大伴御行は、家中の者を呼び集めて言った。「龍の首には五色に光る玉があるそうだ。それを取ってきた者には、望みをかなえてやろう」。男たちは命令を承り、「ご命令はまことに尊いものです。しかし、その玉は容易に取れる物ではありません。まして龍の首にある玉を、どうして取れましょう」と口々に申し上げた。大伴御行は言った。「主君の使いなら、命を捨てても命令を果たそうと思うべきだ。天竺や唐土にしかない品ではない。この国の海や山にも龍は上り下りする。それなのに、なぜ難しいなどと言うのか」。男たちは、「それなら仕方がありません。難しいことでも、ご命令に従って捜しに参ります」と答えた。大伴御行は笑って、「これでおまえたちも、主君の使いとして名を上げられる。主君の命令に背くことなどできまい」と言い、龍の首の玉を取りに出発させた。道中の食糧や費用として、屋敷にある絹、綿、銭などを残らず取り出して持たせた。そして、皆が帰るまで自分は物忌みをして待つと言い、「玉を取るまでは家へ戻るな」と命じた。
大伴御行と龍の首の玉(2)
男たちは命令を受けて出ていったものの、足の向くまま、思い思いの所へ行こうとした。そして、こんなばかげたことに熱を上げるとは、と大伴御行をそしり合った。与えられた品々を分け取ると、自分の家に隠れる者もいれば、好きな場所へ行く者もいた。「親や主君であっても、こんな見当違いの命令をするものか」と、道理に合わない命令をした大伴御行を悪く言った。一方、大伴御行は、「かぐや姫を迎える家がありふれたものでは見苦しい」と言って、美しい屋敷を造らせた。漆を塗り、蒔絵を施し、色とりどりに飾り、屋根も染めた糸で美しく葺かせた。部屋には、言葉にも尽くせないほど見事な綾織物に絵を描かせ、一間ごとに張り巡らせた。もとの妻たちとは別れ、「必ずかぐや姫と結婚する」と準備を整え、一人で日を送った。遣わした男たちの帰りを昼夜待ったが、年が変わっても何の便りもない。待ちきれなくなった大伴御行は、人目を忍び、舎人二人だけを従えて身なりをやつし、難波の辺りへ出かけた。そして、「大伴御行の家来が船に乗り、龍を殺して首の玉を取ったという話を聞かないか」と尋ねさせた。
大伴御行と龍の首の玉(3)
船乗りたちは「おかしなことを聞くものだ」と笑い、「そんなことをする船などない」と答えた。大伴御行は、役に立たない船乗りどもだ、知らないからそんなことを言うのだと思った。そして、「私の弓の腕なら、龍が現れたらたちまち射殺し、首の玉を取れる。遅い家来どもなど待つものか」と言い、自ら船に乗って海々を巡った。遠くまで進み、筑紫の方の海へ漕ぎ出したころ、激しい風が吹き、辺り一面が暗くなって、船は風に翻弄された。どちらへ向かうのかもわからず、海中へ沈みそうなほど吹き回され、波が船へ打ちかかっては中へ巻き込む。雷は頭上へ落ちかかるように光った。大伴御行は取り乱し、「これほどつらい目に遭ったことはない。いったいどうなるのだ」と言った。船頭は答えた。「これまで長く船に乗ってきましたが、こんなひどい目は初めてです。船が海の底へ沈まなくとも、雷が落ちてくるでしょう。運よく神の助けがあっても、南の果ての海へ吹き流されるに違いありません。情けない主人に仕えたばかりに、むやみに命を落とすことになりそうです」。そう言って船頭は泣いた。
大伴御行と龍の首の玉(4)
大伴御行はそれを聞き、青いへどを吐きながら言った。「船に乗れば、船頭の言葉を高い山のように頼みにするものだ。それなのに、なぜそんな頼りないことを言うのか」。船頭は答えた。「私は神ではありませんから、何ができましょう。風が吹き波が荒れるだけでなく、雷まで頭上へ落ちそうになるのは、あなたが龍を殺そうとお捜しになっているからです。この暴風も龍が吹かせているのです。早く神にお祈りください」。大伴御行は、「もっともだ」と言い、「船頭の神よ、お聞きください。私は愚かで幼稚な心から、龍を殺そうと思ってしまいました。今からは、龍の毛一本にも触れません」と祈りの言葉を述べ、立ったり座ったりしながら泣き叫んだ。千回ほども繰り返したためか、しだいに雷はやんだ。空は少し明るくなったが、風はなお激しく吹いていた。船頭は、「やはり龍の仕業でした。この風はよい方角へ向かう風で、悪い風ではありません」と言ったが、大伴御行は聞き入れなかった。三、四日たつと、船は吹き戻されて浜に着いた。見ると、播磨国の明石の浜だった。大伴御行は、「南の果ての海へ流れ着いたのだろうか」と思い、息をついて倒れ伏した。
大伴御行と龍の首の玉(5)
船の男たちが国司へ知らせると、国司が見舞いに来た。しかし大伴御行は起き上がることもできず、船底に伏していた。松原に敷物を敷き、そこへ降ろしてもらって、ようやく南の果ての海ではなかったと気づいた。やっと起き上がった姿を見ると、重い風邪をひいて腹はひどく膨れ、両目も李を一つずつつけたように腫れていた。その姿に、国司も思わずほほ笑んだ。大伴御行は国司に命じて腰輿を作らせ、うめきながら担がれて家へ帰った。どこで聞いたのか、以前遣わした男たちがやってきて言った。「龍の首の玉を取れなかったので、こちらへ戻ることもできませんでした。玉を取ることの難しさをおわかりになった今なら、おとがめもあるまいと思い、参りました」。大伴御行は起き出して言った。「おまえたちは、よくぞ持ち帰らなかった。龍は雷神の仲間だったのだ。その玉を取ろうとしたために、大勢の者が殺されそうになった。まして龍を捕らえていたら、私はたちまち殺されていただろう。捕らえずに済んで、本当によかった。かぐや姫という大盗人めは、私を殺そうとしたのだ。
大伴御行と龍の首の玉(6)
もうあの家の近くさえ通るまい。おまえたちも近寄るな」。そう言って、家にわずかに残っていた物まで、龍の首の玉を取らなかった男たちに与えた。この話を聞いた、別れたもとの妻は、腹がよじれるほど笑った。色とりどりの糸で屋根を葺かせた屋敷は、鳶や烏が巣の材料にくわえ去り、すっかり荒れてしまった。世間の人が「大伴御行は龍の首の玉を取ってお帰りになったのか」と尋ねると、「いや、そうではない。両目に李のような玉をつけてお帰りになった」と答える者がいた。その「なんとも堪えがたい姿だ」という言葉から、世に例のないことを「あなたえがた」と言い始めたという。
0709
石上麻呂と燕の子安貝
石上麻呂と燕の子安貝(1)
中納言の石上麻呂は、家に仕える男たちに、「燕が巣を作ったら知らせよ」と命じた。男たちが「何のためでしょう」と尋ねると、「燕の子安貝を取るためだ」と答えた。男たちは、「燕をたくさん殺して腹を見ても、そんな物はありません。ただ、子を産むときに出すのでしょうか。人の姿を少しでも見れば、さっと逃げてしまいます」と申し上げた。すると別の者が言った。「大炊寮の炊事場では、棟の突き出た部分にある穴ごとに燕が巣を作っています。そこへ働き者の男たちを連れて行き、足場を組んで上に座らせ、見張らせてはどうでしょう。あれだけ多くの燕がいれば、子を産まないはずはありません。そのとき取らせればよいでしょう」。石上麻呂は喜び、「それはおもしろい。まったく思いつかなかった。よいことを言った」と、まじめな男を二十人ほど遣わし、足場に上らせた。邸からは絶えず使者を送り、「燕の子安貝は取れたか」と尋ねた。だが男たちは、「大勢が上にいるのを恐れて、燕が巣へ戻ってきません」と答えた。石上麻呂はそれを聞き、「どうしたものか」と思い悩んだ。
石上麻呂と燕の子安貝(2)
そのとき、大炊寮の役人で、くらつ麻呂という老人が、「子安貝をお取りになりたいのなら、よい方法を申し上げましょう」と言って御前へ出た。石上麻呂は額をすり合わせるほど近くで向き合った。くらつ麻呂は言った。「今のやり方が悪いので、子安貝を取れないのです。大げさな足場に二十人も上っていれば、燕は恐れて近寄りません。足場を壊し、人を皆退かせてください。そして、よく働く男を一人だけ粗い編み籠に乗せ、綱でつる用意をします。燕が子を産むときに籠を引き上げ、すばやく子安貝を取らせるのがよいでしょう」。石上麻呂は「たいそうよい考えだ」と言い、足場を壊して人々を帰らせた。それから、くらつ麻呂に尋ねた。「燕がいつ子を産むと見分けて、人を引き上げればよいのか」。くらつ麻呂は答えた。「燕は子を産むとき、尾を上げて七回回り、それから産み落とすそうです。七回回ったところで人を引き上げ、そのときに子安貝を取らせてください」。
石上麻呂と燕の子安貝(3)
石上麻呂は喜び、だれにも知らせず、ひそかに大炊寮へ通って男たちに交じり、夜も昼も休まず貝を取らせた。くらつ麻呂の助言をたいそう喜び、「私に仕える者でもないのに、願いをかなえてくれるとはうれしい」と言って、自分の衣を脱ぎ、褒美としてかぶせた。そして、「今夜また、この寮へ来てくれ」と命じて帰した。日が暮れると石上麻呂が大炊寮へ行って見ると、本当に燕が巣を作っていた。くらつ麻呂の言ったとおり、燕が尾を上げて回ったので、男を編み籠に乗せ、つり上げた。燕の巣へ手を入れて探らせたが、「何もありません」と言う。石上麻呂は、「探し方が悪いから見つからないのだ」と腹を立て、「私ほど上手にできる者がいるものか。自分で上って探そう」と言った。籠に乗ってつり上げられ、様子をうかがっていると、燕が尾を上げて激しく回った。そこで手を伸ばし、巣を探ると、手に平たい物が触れた。「つかんだぞ。もう降ろせ。翁、うまくやった」と叫んだ。集まった者たちは急いで降ろそうと綱を強く引きすぎたため、綱が切れ、石上麻呂は大きな釜の上へ仰向けに落ちた。
石上麻呂と燕の子安貝(4)
人々は驚き、駆け寄って抱き起こした。石上麻呂は白目をむいて倒れていた。人々が手ですくった水を口へ入れると、ようやく息を吹き返した。それから釜の上から手足を持って降ろした。「ご気分はいかがですか」と尋ねると、かすかな声で、「少し意識はあるが、腰が動かない。それでも子安貝をしっかり握っているので、うれしい。まず明かりを持ってこい。この貝の顔を見よう」と言い、頭を上げて手を開いた。ところが握っていたのは、燕が巣に残した古い糞だった。それを見て「ああ、何のかいもないことだ」と言ったことから、期待に外れることを「かいなし」と言うようになったという。貝ですらないとわかると、石上麻呂の容体も悪くなった。櫃の蓋に載せることさえできないほどで、腰が折れていた。無分別なことをしてけがをしたと人に知られまいとしたが、そのけががもとでひどく衰弱した。貝を取れなかったことより、人に聞かれて笑われることを日ごとに思い悩み、ただ病で死ぬよりも世間に対して恥ずかしいと感じていた。
石上麻呂と燕の子安貝(5)
かぐや姫はこの話を聞き、見舞いの歌を送った。「長い年月待ったかいもなくなったと聞きましたが、本当ですか」。人がその歌を読み聞かせると、石上麻呂は弱りきった身で頭を上げ、紙を持たせ、苦しみながらようやく返歌を書いた。「貝ならここにあったのに、思い悩んで死んでゆく命を、どうして救えないのでしょう」。書き終えると、そのまま息絶えた。これを聞いて、かぐや姫も少し気の毒に思った。このことから、少しうれしいことを「かいあり」と言うようになったという。
0809
帝の求婚
帝の求婚(1)
さて、かぐや姫は世に並ぶ者がないほど美しいと、帝がお聞きになった。帝は内侍の中臣房子に、「大勢の男が身を滅ぼしても結婚できなかったというかぐや姫とは、どれほどの女なのか。行って見てきなさい」とお命じになった。房子は命を受け、竹取の翁の家へ出向いた。翁は恐縮して家へ招き入れ、面会した。内侍が嫗に、「帝は、かぐや姫がたいそう美しいとお聞きになり、よく見てくるようお命じになりました。それで参ったのです」と告げると、嫗は「では、そのように申しましょう」と言って奥へ入った。そして、かぐや姫に「早く帝のお使いにお会いなさい」と言った。かぐや姫は、「美しい姿でもありません。どうしてお目にかかれましょう」と答えた。嫗が「困ったことを言うものです。帝のお使いを、どうして粗末に扱えましょう」と言うと、かぐや姫は「帝がお召しになることも、ありがたいとは思いません」と答え、どうしても姿を見せようとしなかった。実の子同然に育ててきたものの、気品があって近寄りがたく、きっぱりと拒むので、嫗も思うままに責められなかった。嫗は内侍のもとへ戻り、「残念ですが、この娘はたいそう強情で、お会いするつもりがありません」と伝えた。内侍は言った。「必ずお姿を拝見して戻れと、帝からお言葉をいただいております。
帝の求婚(2)
お姿を見ずに、どうして帰れましょう。帝のご命令を、この世に住む者が聞かずに済ませられるでしょうか。道理に合わないことをなさいますな」と、相手が恥じ入るほど厳しく言った。それを聞いて、かぐや姫はますます従おうとせず、「帝のご命令に背いたというなら、早く私をお殺しになればよい」と言った。内侍は宮中へ戻り、ありのままを帝に申し上げた。帝は「大勢の男を死なせたというのも、なるほどこの気性のためか」とおっしゃって、いったんは諦めた。それでも思いは消えず、自分もこの女の策略に負けるのかと思い、竹取の翁を召して命じた。「おまえが育てているかぐや姫を差し出せ。たいそう美しいと聞いて使いを送ったが、何のかいもなく姿を見せなかった。そのように勝手に育ててよいものか」。翁は恐縮して答えた。「あの娘は、宮仕えすることをまったく承知いたしませんので、困り果てております。それでも家へ戻り、よく言い聞かせましょう」。帝はそれを聞き、「なぜ、おまえの手で育てた者を思いどおりにできないのか。もしその娘を差し出すなら、おまえに官位を与えよう」とおっしゃった。
帝の求婚(3)
翁は喜んで家へ帰り、かぐや姫に話した。「帝はこのようにおっしゃった。それでも宮仕えをなさらないのか」。かぐや姫は答えた。「私はそのような宮仕えは決してしないと決めています。無理に出仕させるなら、消えてしまいます。お父さまが官位をいただいて、私は死ぬだけです」。翁は、「そんなことを言ってはいけない。わが子の姿を見られなくなれば、官位など何になろう。それに、なぜ宮仕えをしないのか。本当に死ぬなどということがあるものか」と言った。かぐや姫は答えた。「嘘だと思うなら、出仕させて、死なずにいるかご覧ください。あれほど深い思いを寄せた大勢の方々をむなしく帰しておきながら、昨日今日お言葉をいただいた帝に従うのは、世間に対しても恥ずかしいことです」。翁は言った。「天下のことがどうなろうと、あなたの命が危ういことこそ最大の問題だ。やはり宮仕えできないと、参上して申し上げよう」。そして帝のもとへ行き、「恐れ多いご命令ですので、あの娘を参上させようと説得いたしましたが、『宮仕えに出されたら死にます』と申します。私がもうけた子でもなく、昔、山で見つけた子です。そのため、心も世の人とは違っております」と申し上げた。
帝の求婚(4)
帝は、「造麿の家は山の麓に近いそうだ。狩りに出かけるふりをして、姿を見られないだろうか」とおっしゃった。造麿が、「たいそうよいお考えです。娘が油断しているところへ急においでになれば、きっとご覧になれましょう」と申し上げたので、帝はすぐに日を定めた。狩りに出る姿でかぐや姫の家へ入り、ご覧になると、光に満ちて清らかな人が座っていた。帝は、これがかぐや姫だろうと思い、近づかれた。かぐや姫が奥へ逃げようとしたので、その袖をつかまれた。かぐや姫は顔を覆ったが、帝は初めによくご覧になっていたので、世に比べる者もない美しさだと思われた。逃がすまいと、連れて帰ろうとなさると、かぐや姫は申し上げた。「私がこの国に生まれた者なら、お仕えもいたしましょう。けれど、私を連れてゆくことは難しいでしょう」。帝は「なぜ難しいことがあろう。やはり連れて帰る」と言い、輿を寄せさせた。そのとたん、かぐや姫は影のように姿を消した。帝は、むなしく残念に思い、本当に普通の人ではなかったのだと悟られた。そして、「それなら、供として連れてゆくことはしない。もとの姿に戻っておくれ。その姿をせめてもう一度見てから帰ろう」とおっしゃった。
帝の求婚(5)
かぐや姫は、もとの姿に戻った。帝はその美しさへの思いを、なお抑えることができなかった。姿を見せる手引きをした造麿を喜び、仕える役人たちには、造麿が盛大にもてなしをした。帝は、かぐや姫を残して帰ることが心残りでならなかったが、魂をそこへ置いてゆくような思いで帰途につかれた。輿に乗ってから、かぐや姫へ歌を贈った。「帰りの道がつらく思われる。私に背を向けてここに残る、かぐや姫のために」。かぐや姫は返した。「草の生い茂る粗末な家で長年暮らした私が、なぜ玉の御殿など望みましょう」。帝はこれをご覧になり、いよいよ帰る気持ちを失われた。心は少しも帰りたくなかったが、そこで夜を明かすわけにもいかず、宮中へ戻られた。ふだんお仕えする女たちを見ても、かぐや姫のそばに近寄れる者さえいなかった。それまで他の人より美しいと思っていた女も、かぐや姫と比べれば人とは思えないほど見劣りした。帝はかぐや姫だけを思い、独りで日々を過ごされた。理由もなく后や女御たちのもとへは行かず、かぐや姫へ手紙を書いては送り続けた。
帝の求婚(6)
かぐや姫も、さすがに冷淡ではない返事を差し上げ、帝と手紙を交わした。帝は美しい木や草を見るたび、それに託して歌を詠み、かぐや姫へ贈った。
0909
月への帰還
月への帰還(1)
こうして互いに心を慰めながら三年ほど過ぎた。その年の初春から、かぐや姫は美しく昇った月を見ると、いつもより物思いに沈むようになった。周りの者が「月の顔を見るのは慎むものです」と止めても、ひとりになると月を眺め、ひどく泣いた。七月の満月の夜には外に座り、深く思い悩んでいる様子だった。身近に仕える者たちは竹取の翁に、「かぐや姫は以前から月をしみじみご覧になりましたが、近ごろのご様子は普通ではありません。深く嘆くことがおありなのでしょう。よく見守ってさしあげてください」と告げた。翁はかぐや姫に、「どうした気持ちで、そのように思い沈んで月をご覧になるのか。楽しいこの世なのに」と尋ねた。かぐや姫は、「月を見ると、この世が心細く、しみじみと感じられるのです。ほかに何を嘆くことがありましょう」と答えた。翁がかぐや姫の部屋を訪ねると、やはり物思いに沈んでいる。翁は「大切なわが子よ、何を思っているのだ。心にかかることは何だ」と尋ねた。かぐや姫が「思い悩むことはありません。ただ、なんとなく心細いのです」と言うと、翁は「月をご覧になってはいけない。月を見ると、物思いに沈むではないか」と言った。それでもかぐや姫は、「どうして月を見ずにいられましょう」と答え、月が出るたび外に座って嘆き続けた。
月への帰還(2)
月のない夕闇には、物思いをしていないように見えた。月が出るころになると、やはり時々ため息をつき、泣いた。仕える者たちは、「やはり何か悩みがあるのでしょう」とささやき合ったが、親をはじめ、だれにも理由はわからなかった。八月十五日の満月のころ、外に座ったかぐや姫は、ひどく泣いた。もう人目をはばからずに泣くので、親たちも「何があったのだ」と騒いで尋ねた。かぐや姫は泣きながら言った。「前々からお話ししようと思っていました。けれど、きっとお心を取り乱されると思い、今日まで黙っていたのです。いつまでも隠してはいられないので、とうとう申し上げます。私はこの国の者ではなく、月の都の者です。昔からの約束があって、この世界へ参りました。今は帰る時となり、今月十五日に、もとの国から迎えの者たちがやってきます。どうしても帰らなければならないので、皆さまが嘆かれることが悲しく、この春から思い悩んでいたのです」。そう言って、激しく泣いた。翁は、「なんということをおっしゃるのだ。竹の中で見つけたときは菜種ほどの大きさだったあなたを、私と背丈が並ぶまで育ててきた。わが子を、だれが迎えに来るというのか。決して許すものか」と言い、「いっそ私が死んでしまおう」と、耐えがたいほど激しく泣き叫んだ。
月への帰還(3)
かぐや姫は言った。「私は月の都の者で、あちらにも父母がいます。ほんのひとときのつもりで、あの国からこちらへ来ましたが、この国では長い年月が過ぎてしまいました。あちらの父母のことも、もう覚えていません。ここでは長いあいだ、皆さまと親しく暮らし、おそばにいることに慣れました。帰れることがうれしいとは少しも思わず、ただ悲しいばかりです。それでも、自分の意志に反して帰らなければなりません」。そう言って、皆で激しく泣いた。仕える者たちも長年かぐや姫と暮らし、気立てが上品で美しい姿を見慣れていたので、別れた後の恋しさを思うと耐えられず、湯水さえ喉を通らず、同じように嘆いた。このことをお聞きになった帝は、竹取の翁の家へ使者を遣わされた。翁は使者に会うと、限りなく泣いた。嘆きのために髪は白くなり、腰は曲がり、目もただれていた。翁はこの年、五十歳ほどだったが、物思いによって一瞬のうちに老人になったように見えた。使者は帝のお言葉として、「ひどく思い悩んでいるというが、本当か」と尋ねた。竹取の翁は泣きながら、「今度の満月の日に、月の都からかぐや姫を迎えに来るそうです。このように尊くもお尋ねくださいました。十五日には兵をお与えください。月の都の者が来たら、捕らえさせましょう」と申し上げた。
月への帰還(4)
使者は宮中へ戻り、翁の様子と聞いたことを詳しく申し上げた。帝は、「一目見ただけの私でさえ忘れられないのに、朝晩見慣れたかぐや姫を失えば、翁はどれほど悲しむだろう」とおっしゃった。十五日になると、帝は諸役所へ命じ、少将の高野大国を勅使として、六衛府から合わせて二千人を竹取の翁の家へ遣わした。家に着くと、築地の上に千人、屋根の上に千人を置き、もとから大勢いた家人も合わせ、すき間なく警護させた。守る者たちは皆、弓矢を身につけていた。母屋の中には女たちを番として置き、嫗は塗籠の中でかぐや姫を抱いて座った。翁も塗籠の戸を閉め、戸口に陣取った。翁は、「これほど守っているのだから、天の人にも負けるものか」と言い、屋根の上の者たちへ、「空にほんのわずかでも何かが現れたら、すぐ射殺してくれ」と命じた。兵たちは、「これほど厳重に守っているところへ、たとえ蝙蝠一匹でも現れたなら、まず射殺し、外へさらしてみせましょう」と答えた。翁はそれを聞き、頼もしく思った。だが、かぐや姫は言った。「戸を閉ざして守り、戦いの支度を整えても、あの国の人とは戦えません。矢で射ることもできません。こうして閉じ込めていても、あの国の人が来れば、戸はすべて開いてしまいます。
月への帰還(5)
戦おうとしても、あの国の人が来れば、勇ましい心を保てる者など一人もいないでしょう」。翁は、「迎えに来る者の目を、この長い爪で突きつぶしてやる。髪をつかんで引きずり落とし、尻をあらわにして、これだけ集まった役人たちの前で恥をかかせてやる」と腹を立てた。かぐや姫は言った。「大声でおっしゃらないでください。屋根の上の人々に聞かれたら、みっともないことです。これまで大切にしてくださった皆さまの真心に、何の恩返しもできずに去ることが残念なのです。長く続く縁ではなかったから、ほどなく帰らなければならないのだと思うと悲しくなります。親孝行を少しもできないままでは、帰る道も心安くありません。それで、この数か月、外に出て、せめてもう一年ここにいたいと願いましたが、どうしても許されませんでした。そのために思い悩んでいたのです。お心を乱すだけ乱して去ることが、悲しくて耐えがたいのです。月の都の人々はたいそう清らかで、老いることもなく、悩みもありません。そのような所へ帰ること自体は、うれしくもありません。年老いて衰えたお二人のお姿を、もう見られないことこそ恋しいのです」。そう言って泣いた。翁は、「胸が痛むようなことを言わないでおくれ。どれほど美しい姿をした使いでも、決して邪魔をさせはしない」と悔しがった。
月への帰還(6)
こうして夜が更け、真夜中ごろになると、家の辺りが昼よりも明るく輝いた。満月を十も合わせたほどの明るさで、人の毛穴まで見えるほどだった。大空から人々が雲に乗って降りてきて、地上から五尺ほど浮いたところに並んだ。それを見た家の内外の人々は、何かに襲われたように気力を失い、戦おうという心もなくなった。ようやく気を奮い起こして弓矢を構えようとしても、手から力が抜け、体がなえた。心の強い者が必死に矢を放とうとしても、矢はよその方へ飛んでいった。だれも戦えず、ただぼう然として見守っていた。立ち並ぶ人々の装束は、何にもたとえられないほど清らかだった。一台の空飛ぶ車を伴い、その上には薄絹の覆いを差しかけていた。そのなかの王と思われる人が、「この家の造麿、ここへ参れ」と呼んだ。あれほど勇んでいた造麿も、酔ったような心地になり、うつ伏せに倒れた。王は言った。「おまえは幼いころにわずかな善行を積んだ。その助けにしようと、かぐや姫をほんのしばらく地上へ降ろしたのだ。その後、長い年月にわたってたくさんの黄金を授けたので、姫の代価を払ったも同然である。かぐや姫は罪を犯したため、このような身分の低いおまえのもとにしばらくいた。今、その償いが終わったので迎えに来たのだ。翁が泣き嘆いても、どうにもならない。
月への帰還(7)
早く姫をお返ししなさい」。翁は答えた。「かぐや姫を二十年余りも育ててまいりました。ほんのしばらくとおっしゃるのは、おかしなことです。どこか別の所に、かぐや姫という方がいらっしゃるのでしょう。ここにいるかぐや姫は重い病にかかり、外へ出られません」。王は返事もせず、空飛ぶ車を屋根へ寄せ、「さあ、かぐや姫。この汚れた所に、どうして長くいられよう」と言った。すると閉ざしていた戸が、たちまちひとりでにすべて開いた。格子も人の手を借りずに開いた。嫗が抱いていたかぐや姫は、外へ出た。だれにも止められず、皆はただ見上げて泣いた。かぐや姫は、取り乱して泣き伏す竹取の翁のそばへ寄って言った。「私も望んで帰るのではありません。せめて、天へ昇るところを見送ってください」。だが翁は、「なぜ、こんなに悲しいのに見送らなければならないのか。私をどうしろというのだ。私を捨てて昇るのか。私も一緒に連れていっておくれ」と泣き伏したので、かぐや姫の心も乱れた。「手紙を残してまいります。私が恋しくなったときには、取り出してご覧ください」と言い、泣きながら書いた。「もし私がこの国に生まれた者なら、お二人を嘆かせないときまでおそばにいたかったのです。それもかなわず、別れてゆくことが、どこまでも残念でなりません。脱いで置いてゆく衣を、形見としてご覧ください。
月への帰還(8)
月の出る夜には、私のいる空を見上げてください。お二人を残して去る私は、空から落ちてしまいそうな心地がします」。そう書き残した。天人の一人は箱を持っていた。一つには天の羽衣が、もう一つには不死の薬が入っていた。天人が、「壺の薬をお飲みください。汚れた地上の物を召し上がっていたので、ご気分が悪いでしょう」と言って差し出した。かぐや姫は少しなめ、残りを形見として、脱いで置く衣に包もうとした。だが天人は包ませず、天の羽衣を取り出して着せようとした。そのとき、かぐや姫は「しばらく待ってください」と言った。「この衣を着た人は心が変わってしまいます。その前に、一言書き残すことがあります」と言って手紙を書いた。天人たちは「遅い」と待ちきれない様子だった。かぐや姫は「ものの道理を知らないことをおっしゃらないでください」と言い、落ち着いて帝への手紙を書いた。少しも慌てた様子はなかった。「これほど多くの兵をお与えになり、私を引き留めようとしてくださったのに、逆らうことのできない迎えが来て、連れ去られることが残念で悲しく思われます。宮仕えをしなかったことも、このように不自由な身の上でしたので、ご理解いただけず、かたくなにお言葉をお受けしなかった無礼な者と、最後まで思われるのではないか。それが心残りでございます。
月への帰還(9)
そして歌を添えた。「今、天の羽衣を着るこのときになって、あなたをしみじみと思い出します」。かぐや姫は不死の薬の壺も添え、頭中将を呼び寄せて渡した。天人が中将へ取り次ぎ、中将が受け取ると、天人はすぐかぐや姫に天の羽衣を着せた。そのとたん、翁を気の毒で悲しいと思っていた心は消えた。この衣を着た人は、物思いをしなくなるのである。かぐや姫は車に乗り、百人ほどの天人を従えて昇っていった。その後、翁と嫗は血の涙を流すほど悲しんだが、どうにもならなかった。かぐや姫が残した手紙を読んで聞かせても、「何のために命を惜しもう。だれのために何をしても、もう何の役にも立たない」と言い、不死の薬も飲まず、そのまま起き上がることもなく病に伏した。頭中将は兵を率いて宮中へ戻り、かぐや姫を戦って引き留められなかったことを、細かく帝へ申し上げた。そして、不死の薬の壺に手紙を添えて差し出した。帝は手紙を広げてご覧になり、ひどく悲しまれ、食事も召し上がらず、音楽の催しもなさらなかった。大臣や公卿を召し、「どの山が天に近いか」とお尋ねになると、ある人が、「駿河国にある山は、都にも近く、天にも近い山です」と申し上げた。帝はそれを聞き、歌を詠まれた。「再び会うこともなく、涙に沈むこの身には、死なない薬が何の役に立とう」。そして不死の薬の壺に手紙を添え、使者にお渡しになった。
月への帰還(10)
帝は調岩笠という人を勅使に召し、駿河国にある山の頂へ手紙と不死の薬を持っていくよう命じた。そして峰で、手紙と不死の薬の壺を並べ、火をつけて燃やすよう教えられた。調岩笠は命を受け、大勢の兵士を連れて山へ登った。このことから、その山を「不死の山」、すなわち「ふじの山」と名づけたという。その煙は、今も雲の中へ立ち昇っていると語り伝えられている。
